連作[4/6] [2012/06/12] 仰いだ空に掛かるのは、瓦礫と化したコンクリートのビルディング。 「何発残っておる」 男の問いを遮るのは、リノリウムの床を弾く跳弾の音の群れだ。 「……あたしはあと三発」 「俺も、あと十秒掃射出来りゃいいくらいッス」 半ば崩れ落ちた廊下に響く悲鳴に半瞬だけ祈りを捧げ終えれば、返ってきたのはそんな心許ない言葉たち。 「左様か」 思い描くのは、戦場の地形と、相手の戦力。 そして、そこから導き出される最良の戦術だ。 逃亡が最良である事などとうに理解していたが、相手の容赦ない弾雨を前に、逃げられる道など既に亡い。 彼我の戦力差は圧倒的。 もう残された手数はさしてない。 (……突貫か) 短絡的な作戦と知ってなお、援護射撃のある十秒に掛けて突っ込むか、それとも。 だが男達には、考える時間すらも与えてはもらえなかった。 次にリノリウムに響いた音は、今までの跳弾とは全く異質な音だったからだ。金属質の跳ねた後に、からからと床を滑り来る音の正体は……。 「伏せ……!」 その正体を確かめる間も、ろ、まで叫ぶ暇も無い。 ぐわりと全身を揺らす衝撃に、爆風の熱が覆い被さってくる。最後の支えを吹き飛ばされて、崩れ落ちる回廊から転がるように後退すれば、同じようにやってきたのは……。 「……お前だけか」 問いに、女は小さく頷いてみせる。 十秒の掃射支援も、これで喪われてしまった。 「…………」 もう数える気にもなれない一瞬の祈りにさえ割り込んでくるのは、敵の掃射の銃声だ。 最後の砦たる廊下を抜かれて、身を隠す場所さえも残されてはいない。 「あーあ。最後のメイクがこれとはね」 一瞬一瞬に身を隠す場所を変えながら、三発だけ残った拳銃を手に女は小さくぼやいてみせる。 「死化粧など、縁起でも無い」 この戦争が始まる前は、女はモデルをしていたと聞いた。 豪奢なドレスとメイクに身を包み、ランウェイを気取って歩いていた彼女が、今は拳銃と軍服に身を包み、戦場を生き残るために歩いている。 どうしてこうなってしまったのか……それは、この戦に巻き込まれた男にも分からない。 「なら、助かる方法でもあるっていうの?」 「諦めなければな」 男が構えるのは、銃ですら無い。 戦場では鬼神とも悪魔と呼ばれた無双の彼ですら、この状況を覆す術など見いだす事も出来なかったが……かといって諦める事だけは、彼の選択肢に有りはしなかった。 「フタイテンとか、ハイスイノジンって言うんだっけ? あんたの国では」 彼の国にも訪れた事があるのだろう。聞きかじりの言葉でそう呟き、女は僅かに言葉を止める。 「そうだ。失敗したらハラキリするのよね」 「切腹は痛いから……」 既に男の国では廃れきった風習に、苦笑を浮かべ……その唇の端が、そのまま凍り付く。 目の前の女性の口元は、皮肉げに微笑んだまま。 そして、そこから上がない。 跳弾の音に男がより大きな瓦礫に飛び込むのと、メイクする顔さえ失った骸が倒れ込むのは、ほぼ同時。 銃弾の雨はまだ止まぬ。 敵戦力は未だ健在、圧倒的。 対するこちらの戦力は、男一人。 武装は女の残した銃弾三発と……。 「…………あの世での切腹は、痛くないものかの」 剣代わりのスコップを構え、戦場最後の侍は、敵陣へとその身を躍らせていく。 お題:『メイク』『短絡的』『切腹』 |