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sun-day stories
[2004/2/23]


 タンポポの咲き乱れる堤防で、僕は赤い自転車を止め、スタンドを立てた。右手の封筒の住所をもう一度確かめて、ようやく覚えたこの辺の地図と照らし合わせる。
「土手って、ここ……だよねぇ」
 お客様から預かった郵便物なはずのそれは、茶色く変色し、ボロボロになっていた。
 名誉の為に言うけれど、僕達郵便局員の扱いが悪いわけじゃない。英字で書かれた最初の住所には『転送』のハンコが押されていて、上に貼られたシールに別の住所が書いてある。もう見えなくなってるけど、その上にもさらにその上にも、転送先の住所を書いたシールと転送印が押されているに違いない。
 層になる程のシールを貼られ、無数の手を経てここまでやって来た手紙なんだ。これは。
 その一番上にあるのは、不思議な事にこの街の堤防の上。誰かに聞こうとあたりを見回せば、ちょうど土手に人が座っている。
「あのー。ちょっとお伺いしたいんですが」
 振り向いたのは外国人の男の人だった。金髪に大きな帽子、茶色いベスト。古い洋画で見るカウボーイみたいだけど、彼が提げているのは拳銃じゃなくて銀色の小さな水筒だ。
「この近所でリオンさんという方の家をご存じありませんか? 郵便なんです」
 カウボーイさんはちょっと考えると立ち上がり、こちらに歩いて来た。小柄な僕の手を取り、身をかがめるようにしてボロボロの封筒の宛先をちらりと見る。
「……俺だわ。あと、ダンデライオンね」
 ひょいと手紙を取り、身を起こすカウボーイ……じゃなくてダンデライオンさん。身長差のせいで、僕は上を見上げる形になる。
「すいません! 英語って、どうも苦手で」
 しまった。慌てて帽子を脱いで頭を下げる。
「何だ。嬢ちゃんか。道理で小さいと思った」
 封筒を開けて中身を読んでいたダンデライオンさんは、こちらを見て小さく笑う。
「え? あ、はい。一応……あ」
 帽子を脱いだ時にピンが外れたのか、帽子に押し込んでおいた髪が肩に流れている。
「遅いのはいいよ……もう間に合わねえし」
「え? 間に合わないって……?」
 気になってそう聞くと、ダンデライオンさんの方から手紙を見せてくれた。
「あ……」
 英語の苦手な僕でも見た瞬間に理解できた。
 それは配達し慣れた同窓会の招待状だったからだ。返信期限どころか、会そのものもとうの昔に終わっている。
「悪い。別に文句言う気はなかったんだが」
 失態だ。それも、とんでもない大失態。名前を間違えるどころの騒ぎじゃない。
「でも……ごめんなさい。本当に」
「俺達も根無し……いや、根はしっかり張ってるか……、まあ世界中をフラフラしてる奴ばっかだから」
 ぽんぽん、と僕の頭を軽く撫で、ダンデライオンさんは穏やかに笑っている。
「それより、探すの大変だったろ」
 そう言って、水筒をひょいと差し出す。
「まだまだ寒いから、暖まるぜ?」
 不思議そうな顔の僕に水筒のフタを渡し、中身を注いでくれる。言われるまま湯気の立つそれを口に。
「美味しい……珈琲ですか? これ」
 インスタントでも、挽き立てのサイフォンでもない、不思議な味だ。でも、美味しい。
「タンポポで淹れられるの……知らないよな。まあ、気に入ったなら、どうぞ」
 その時さっと春の風が吹き、気の早いタンポポの綿毛が春の土手にぶわっと舞い上がる。
「ひゃっ……」
 思いのほか強い風に覆った瞳を開けた時、ダンデライオンさんと手紙はどこへともなく姿を消していた。
 押し付けられた水筒とタンポポコーヒーだけが、僕の手の中で穏やかに湯気を立てている……。


お題:タンポポ・帽子・メール

< 単発小説 >

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