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読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
第5話 そして……(その16)



Act:7 「ただいま」

 たゆたう意識の中、少女は静かに眠っていた。
「ユノス……ユノス……」
 優しく掛けられた声に、混濁していた意識をゆっくりと覚醒させる、少女。
「バベジ……様?」
 懐かしい声だ。たった数週間聞いていないだけのはずなのに、妙に懐かしく感じて
しまう。
「ユノス……。目覚めないのですか?」
「私……バベジ様がいれば……」
 懐かしい声にその心を預けたまま、少女は再び眠りに就こうとする。何だか、凄く
眠たいのだ。このまま眠ってしまえば、とても気持ちいいに違いない。そう思えるほ
どに。
「本当に、そうですか? 本当に……」
 だが。
 とても眠いのに、どうしても眠りの中へと落ちて行けない。
「本当……に?」
 眠気で充満した心の中に浮かんでくるのは、人の顔、顔、顔。たった数週間前に知
り合っただけのはずなのに、妙に懐かしい、顔達。
――絶対……絶対帰ってきてね!――
「ごめん。バベジ様……私、行かなきゃ。もう、二度と会えないかもしれないけど…
…私、バベジ様のこと、大好きだったよ」
 つい、と伸ばされた手が少女の体を掴んで軽く引き上げ、そのまま優しく抱きしめ
てくれた。
「その気持ちだけで、十分です。私も、貴女のことが大好きでしたよ」
 静かな抱擁。
 そして……少女はその腕を軽くほどき、『彼』に向けてにっこりと笑顔を浮かべる。
「それじゃ、行くね」
「ええ。気を付けて行ってらっしゃい。……ユノス・クラウディア。天と地を繋ぐ名
を持つ、我が愛しき娘よ!」


「霧の大地が……」
 天を駆ける巨大な闇色の竜の上、シークは小さく呟いた。
 元は、巨大な火山の火口だったのだろう。そこに蓋をするように土地を築き、街を
建て、神殿を築いた。地下にある膨大な炎と地下水から得られる蒸気をふんだんに利
用した、古代の文明……霧の遺産。
 大地の奥に眠る力とは、良く言ったものである。
 だが、主を失った古代の遺産の何と脆きことか。
 蓋となっていた巨大な平野は今ではその面影すらなく崩れ落ち、溶岩の中へと沈み
かけている。火口中央で霧の大地を支えていた柱……即ち、バベジの柱も既に折れ、
大地の奥へと飲み込まれていた。
 あと数時間もすれば、残された僅かな大地も完全に溶岩の中へと没してしまうだろ
う。
「形ある物はいつか滅びる……確かに、そうは言いますが……」
 今は天空に浮かぶエスタンシア大陸も、いつかはこうなる定めなのだろうか。そし
て、我が故郷の美しき森も……
「おい、シーク」
 そんな感慨に耽っていると、落ちないようにと抱きかかえていたナイラから声が掛
けられる。
「これは……」
 慌てて我に返るシークはナイラの指す方向を見て……思わず感嘆の声を上げた。
 霧の大地を飲み込まんとしていた溶岩が、中央から物凄い速度で固まっていくでは
ないか。
 冷えた溶岩はただの岩塊となり、辺りで炎を吐いていた火山もその雄叫びを鎮め、
半ば飲み込まれかけていた霧の大地やバベジの柱は奇妙なオブジェへとその姿を変え
る。
「あれが、ユノス様……炎の巫女の、真の力……」
 ぽつりとそう呟いたナイラは、何かを吹っ切ったようにシークへと声を掛けた。
「シーク。あの霧の大地の中心へ行けるか? ユノス様……ううん、ユノスは多分そ
こにいる!」
  少女は、瞳を開いた。
「ここは………?」
 辺りを見回しても、その光景に全く見覚えがない。
 分かった事は、ここが岩の転がる荒れ地である事と、今自分はそこに寝転がってい
る…という事くらいだ。
 少女はごつごつした岩地から半身を起こし、あたりを不安げに見回す。
 しばらくすると、岩地の向こうから誰かの足音が聞こえてきた。さらに少しすると、
そこの向こうから何かの影が現れた。
 そこにいたのは、一人の女性。
「ユノスちゃん……」
 女性はそう声を掛けてくる。二十代半ばだろうか。優しそうな印象を与える女性で
ある………そして、その表情は少女の知った顔だった。その向こうから駆けてくる一
団も、みんなよく知った顔。
「ナイラさん……ルゥちゃん……みんな……」
 涙目でしがみついてきた女性とその後に飛びついてきたカティスの少女に、少女は
明るい笑顔で答える。
「……ただいま!」
 その穏やかな光景を、強い熱に晒され、醜く変形した小さな眼鏡だけが静かに見守
っていた。
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