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読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
第5話 そして……(その8)



「あ……」
 それは、一瞬のことだった。
 ほんの一瞬の、防御の遅れ。ディルハムの白い血煙に惑わされた、一瞬の判断ミス。
「なら……」
 だが、そんな事で慌てるような彼女ではない。すぅ……っと意識を集中させ、あの
『自動的な力』の発現に備える。
「?」
 しかし……。
 来ないのだ。いつもの、あの感覚が。
 体の奥底から沸き上がってくる、膨大な……そして、どこか懐かしい力の奔流の感
覚が。
(………まさか!)
 限界。
 そんな単語が、少女の頭の中を去来する。
 ディルドも言っていたではないか。あの力は、無限の力ではないと。
(そっか……)
 迫り来る鋼鉄の刃に、少女は久方振りの死を予感する。
 いや、死は、常に自らの傍らにあったのだ。ただ、『あの力』がそれを感じさせな
かっただけ。自らを見守っていた精霊の青年が、伸ばして来る手を跳ね返してくれて
いただけ。
(私……)
 どこか達観したような……そして、どこか懐かしい感覚で、少女はディルハムの剣
をじっと見つめる。
 だが!
「死ぬなっていっただろうがっ! この、大馬鹿野郎ッ!」
 その叫び声と……
 轟ォッ!
 辺りを包む、暴風のごとき疾風の奔流と、体を揺さぶる凄まじい衝撃。
 そんなエネルギーの嵐にきりきりと小柄な体を舞わせる中、彼女は見た。
(ディル……ド? いや、違う……)
 緩い角度を得て二つに折れ曲がった、何か巨大な物体を。
 凄まじい速度で飛来したその物体が、進路上に立っていたディルハムを易々と斬り
裂いたのを。
(ブーメラン……? けど、何でこんな所に……)
 空中で体制を立て直し、屋根の上にひらりと舞い降りるクリオネ。屋根は今の衝撃
波で幾分脆くなっているようだったが、クリオネの体重で崩れるような事はない。
「クリオネ! 無事か!」
「ええ。何とか……ね。けど、あれは何? あなたにはもうあんな力はないって言っ
てたけど……」
 いつもと全く変わりのないクリオネに小さく呆れ気味のため息をつくディルド。風
を起こした疲れが、どっと出てきたような感じだ。
「何かこっちに飛んでくるようだったから、俺の風で進路を少し変えただけなんだが
…。何だったんだろうな、アレ…」
 音速の衝撃波の余波で抉られた大地に、クリオネとディルドは顔を見合わせていた。


「閉じこめられちまったな」
「うむ。まさか、ここまで周到な準備をしているとは思わなかった……」
 苦笑を浮かべたシュナイトに悔しげに答え、マナトは手に提げていた剣を鞘へと収
めた。
 ディルハムの第二波を退けてからは陽動部隊が派手にやっているらしく、新たなデ
ィルハムの部隊が来る気配は全くなかったのだ。その為、シュナイトとマナト、そし
てレリエルの三人は神殿の内部へと突入したのだが……
 入った途端にコレである。
「大将、こりゃ俺でも抜けられねえよ。封雷の爺様なら属性が同じ分何とかなるかも
しれねぇが……無い物ねだりしてもしょうがねえしな」
 退路を塞いでいる雷のカーテンを子細に調べていたレリエルがそう報告してきた。
「ああ。雷撃結界か何かだろうが……。ヴァートは感じないから、霧の大地お得意の
カガクってヤツだろうな……」
 シュナイトの調べていた進路側のカーテンも同じようなものだ。どの程度の威力か
は想像も付かないが、先程試しに投げてみた小さな木の実は見事なくらいに炭化して、
大理石らしい床に落ちた瞬間にはその衝撃で粉々に砕け散っていた。
「力技で何とかって言っても、相手が雷じゃなぁ……」
 いかな天使剣シャハリートとはいえ、材質は金属である。幅が5m程度しかない空
間でそんな剣を景気良く振り回せば雷が誘導されるだろう事は想像に難くない。もし
かしたらシャハリートは雷に強いかもしれないが……それを試すにはリスクが大きす
ぎた。
 ちなみにマナトに至っては全身金属装備だから、近寄る事すら出来ない。
「剣もダメ、レリエルでもダメ、マナトさんもダメ、多分俺の魔法関係も通用しない
だろうから……魔法もダメ。ダメダメ尽くしか……」
 シュナイトは何か考えるように天上を見上げていたが……やがて何かを決意したの
か、上げていた顔を下ろす。
「となると……。これ、しかないか……」
「ダメだっ!」
 瞬殺。
「何だよ。まだ何も言ってないだろ」
 余りにも速攻すぎるレリエルのカウンターに、思わず苦笑を浮かべる眼帯の青年。
「大将の考える事くらいお見通しだ。どーせ、『アレ』使おうって思ってんだろ! あ
のクソ女から押しつけられた『邪眼』をな!」
「何だ。バレてたか」
 ただの苦笑が、今度はバツの悪そうな苦笑に変わった。
 一方のレリエルは怒りっぱなしである。今日は朝から戦いを手伝わされても、不平
一つ言わなかったのに。
「バレてたか、じゃねえよ。それだけは使うんじゃねえ。いーか、絶対に使うんじゃ
ねえぞ! ソレ使ったら大将との縁切るからな!」
 あまりに唐突に機嫌の悪くなったレリエルに、シュナイトは逆に小さな疑問を抱い
た。
「……レリエル。前から気になってたんだケドさ、何でお前ってそんなにこの邪眼を
嫌うんだ? そりゃ、俺だってこんな物要らないけど、何もそこまで嫌うこと……」
「それは…………」
 正論中の正論であるシュナイトの問いかけに、レリエルは言葉に詰まる。
「それは……」
 オ前ノ叔父ノアーサーヲ死ニ追イヤッタ忌マワシキ力ダ。
 そう言えれば、どんなに楽なことか。
 だが、その一言を言ってしまえば、彼……アーサーの帰りを待つソードブレーカー
の家の人間全てを、何よりレリエルの主であるシュナイトを悲しませることになる。
殊にシュナイトの旅の目的は、死んでしまったアーサーを探すことにあるのだから。
 この事だけは、絶対に言えない。
 だから、レリエルはこの予知夢を見た時から、この話に関するあらゆる記憶を彼の
心の奥底に封じ込めてきたのだ。
「知ってても言えるかよ、くそっ!」
「何だそりゃ。レリエル、おいお前ちょっとこっち向けよ」
「……おい」
 と、険悪に雰囲気になってきた二人の間に突然声が掛けられた。
『何だ!』
 思わず同時に機嫌の悪い返事を返してしまう、二人。
「私の剣で突破口を作り、ここから抜ける。一瞬の勝負だからな。準備が良ければ言
え」
 納めていた剣を再び抜き放ち刺突の構えを取ったマナトが、高まる気を強引に抑え
るかのような無理に静かな口調で短く言い放つ。
「マナトさん、そりゃ無茶だ!」
「無理や無茶はバベジに反旗を翻した時より覚悟の上。今更、問題ではない。行く
ぞ!」
 雷のカーテンに向けて猛然と突進を仕掛けたマナトに、シュナイトとレリエルは慌
てて後に続いた。
続劇
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