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読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
第5話 そして……(その6)



Act:4 存在意義を守るために

「バベジ……さん? あの、霧の大地の神様ですか?」
 ティウィンの問いに、霧の向こうに立つ青年は少し困ったような表情を浮かべると、
やがて小さく頷いた。
「一応、神と呼ばれていた事もありますね。今はこのベースの力を少しだけ借りて、
彼の手からひっそり隠れるだけの存在ですが。この姿といい、ただの亡霊ですよ」
 青年……バベジの姿は見えるが、触れる事は出来ない。ティウィンの足下に設えら
れた小さな明かりを利用し、立ちこめる霧に自らの姿を映しだしているのだ。
 それは、わずかな風の流れにすら存在を脅かされる、幻よりも儚き存在。
「けど、バベジさんってあの神殿にいるんじゃなかったんですか? だったら、ユノ
スちゃんは誰に会いに……?」
 そう。神殿にいるバベジに会うために、ユノスは神殿へと向かったのである。しか
し、その肝心のバベジがここにいるという事は……。
「あ、ユノスちゃんっていうのは……えっと……ユノスちゃんって言うのは偽名で、」
 と、ユノスが偽名を使っていた事を思い出す。仮の名前で彼女の名前を言われても、
バベジは誰のことか分かるまい。
「ユノス……偽名?」
 バベジはティウィンの言葉にしばし首を傾げていたが、ようやく何やら思い当たっ
たのか、自分の隣に一人の少女の姿を映し出す。
「……いえ、その名前でちゃんと識別できますよ。この娘でしょう?」
 服装がやや違っていたが、その少女は間違いなくユノスだ。何故バベジがユノスの
名前を知っているのだろうかとティウィンは疑問に思ったが、今はそれよりも重要な
問題が山積みだったので特には気にしなかった。
「そうですか……。姫は、あいつの元へ……。芳しくありませんね」
 頷くティウィンにバベジは小さくため息をつくと、傍らのユノスの姿をふいとかき
消す。
「少し、今の状況を教えて頂けますか? ここに隠れているだけでは、全く情報が入
ってこないもので……」


「姫。お早いお帰り、歓迎いたしますぞ?」
 その口調は、いつもの彼とは全く違っていた。
「あなたは……誰? バベジ様はどこ!」
 いや、言動だけではない。玉座に腰を下ろすその横柄な態度、冷淡な雰囲気。姿と
声こそは同じであるものの、彼は彼女の知っている霧の大地の守護者ではなかった。
「これは異な事を。この我こそがバベジ。この霧の大地の神ですぞ? まあ、今は皇
帝と名乗っておりますが……」
「違う! 貴方はバベジ様じゃないっ!」
 ユノスの叫びに動いたのは、ルゥ。
 だっ! っと駆け出し、そのままバベジ……もとい、皇帝が居を構える玉座に向け
て猛然と襲いかかる。
 だが。
「にゃぅっ!」
 ルゥの一撃は目標であるはずの皇帝ではなく、その階の手前の床を打ち抜いたでは
ないか!
 少女の拳から放たれた衝撃で砕け散った金属と硝子の破片が大理石の床へと散らば
り、台座に腰を下ろした皇帝の姿が消えていく中、ルゥはカティス特有の身軽な動き
でユノスの元へと戻る。
「ルゥちゃん、よく投影機のある場所、分かったね」
 そうなのだ。玉座に映し出された皇帝の姿は立ちこめる蒸気をスクリーンにした虚
像にしか過ぎない。だが、ユノスはそれを知っているが、ルゥはそれを知らないはず
だ。
「あのね、あのバベジっていう人の気配が全然ないし、足下から変な音がしたから…
…」
 どうやらとりあえず殴ってみた口らしい。何となくやってしまう辺りが彼女らしい
問えば彼女らしいのだが……まあいいだろう。
「なるほど……。あくまでも逆らうか……」
 普段の温厚なバベジとは全く違う声で、嗤う皇帝。投影機が破壊されて姿は消えて
も、まるで台座に皇帝が座っているかのように彼の声だけが響き渡る。
「声は……そこからだよっ!」
 再び拳を繰り出すルゥ。
 カティス族の耳は、ユノス達の耳よりも遙かに精巧に出来ている。その耳に捉えら
れた立体音響設備が、一つずつ確実にルゥの拳によって打ち砕かれていく。
「ククク…………」
 だが、バベジの嗤い声は止まらない。既に台座から聞こえるようには再現されなか
ったが、ある時はあちら、またある時はこちらと、ルゥの拳が音響設備を打ち砕く度
に位置を変え、王の間中に響き渡る。
 そして。
「これで、最後だぁっ!」
 最後の音響設備をルゥの拳が貫いた、その時。
「にゃぁぁっ!」
 壁から突如放たれた雷の鞭が、ルゥの小さな体をしたたかに打ち据えた!
「ルゥちゃんっ!」
 慌ててルゥに駆け寄るユノス。鞭が当たる瞬間に咄嗟に身をかわして致命傷は避け
たらしく、大したダメージではないようだが……。
――我とてこの永き刻をただ安穏と過ごしていたわけではない。大地の奥の力から天
空の果ての力を取り出す術とて、ほれこの通り……――
 半壊した最後の音響設備から皇帝の声が響いた瞬間、再びどこからともなく雷が放
たれる。
――神に逆らうものは、全て滅ぼしてやる。そして、我はこの力を以てあらゆる世界
の神に……。それが、我が主の望み……ククク……ク……ク……――
 氷の大地亭でカウンターに立つ美しい女性から習った結界の術でその雷を防いだユ
ノスは、完全に沈黙した嘲笑の源をキッと睨み付けていた。
続劇
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