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読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
第3話 そして、巻きおこる嵐(その6)



 「ふぅ………」
 力無くベッドに横たわったまま、ユノスはほぅ、と一息を吐いた。
 すぐ傍ではルゥがこれまた小さな寝息を立てて眠っている。
 朝からいきなり膨大な数のお客さんの相手をしたのだ。体力的に自身のあるアズマ
などならともかく、ユノスやルゥなどでは『そんな仕事は朝飯前』というわけにもい
かない。
 今日はクローネの配慮で夕方のまた忙しくなる時間帯まで休憩という事になってい
るが、そう毎日このローテーションというワケにもいかないだろう。
 「けど……」
 疲れすぎて眠れないのか。それとも何か考え事でもあるのか。
 「早くあの事、みんなに言わないとな……」
 ごろりと寝返りを打つと、ルゥの寝顔が目の前に来た。
 「ルゥちゃんだって勇気を出して、私に話してくれたんだもん。ルゥちゃんのご主
人さまの私も、もっと頑張らないと……」
 夕方からはまた忙しくなるだろう。ユノスは早く眠りにつくため、そっと瞳を閉じ
た。


 「ザキエル、大丈夫……?」
 「は、はい。何とか……大丈夫……ですぅ」
 図書館の机の上に腰を下ろし、ザキエルはふぅ……と、小さなため息を付いた。
 「良かった」
 先程よりは調子も良くなったらしいザキエルを見、ティウィンは穏やかな笑顔を浮
かべる。
 「けど、大きな図書館だな……」
 この街の規模にしてはやけに大きな図書館だ。まあ、ユノス=クラウディアはいく
つかの街道の分岐点に位置するような街だから、これ程の規模があってもおかしくは
ないのかも知れないが。
 「マスター。ザキエルはしばらくここで休んでますから、何があるか見てきたらい
かがです?」
 自らの主の瞳が好奇心で輝いているのくらい、ザキエルにも分かる。
 「けど……」
 ティウィンとしては、ここに小さなザキエルを置いていくのは心配なのだ。だが、
連れていっては休めないし、ここまで気を使ってくれているザキエルを困らせるよう
な事もしたくない。
 「おや? そこに居られるのは、ティウィン様では……?」
 と、そこに掛けられたのは、一人の男の声だった。


 「さて。終わったな……」
 台拭きを水が出ない程まで絞り終わると、カイラは水の入っているバケツをひょい
と手に取った。
 「助かった。礼を言う」
 「何。困った時はお互い様だ。そう気にするな」
 ナイラの礼に短く答え、カイラは大地亭の奥へと消えていく。これから何かやる事
でもあるのだろう。
 「さて……と。それじゃ、俺もちょいと出掛けてくるか」
 腕まくりしていた服を直しつつ、シュナイトもそう呟く。今日はもともと図書館に
行ってフォリントと仕事をする予定だったのだ。妙に本格的になった掃除のおかげで
多少時間はロスしていたが、そう言うことにこだわらない研究バカのフォルのこと。
ちゃんと謝れば問題はないだろう。
 「おーい、レリエル〜。ちょっと出掛けるよ〜」
 部屋で寝ている筈の相方を呼びに、シュナイトは階上に消えてしまった。ナイラは
知る事はないが、これから『出掛けたくない』とゴネるレリエルとの一悶着があるに
違いない。
 「さて……と。私は何をしようか……」
 さりげなくやる事の無くなってしまったナイラは、誰もいなくなってしまった大地
亭の酒場を見遣り、ぽつりと呟いた。


 「へぇ……色んな本があるなぁ……」
 この図書館はモンド=メルヴェイユ各地の本を集めた図書館らしく、ティウィンに
は読めない地方の文字で書かれている本が大半を占めていた。が、読める本の中には
古代の神話の書物などの彼の興味を誘う物がいくつかあった。
 それらの本を適当に眺めつつ、少年は図書館の中を巡っていく。
 ちなみに、ザキエルはこの図書館の司書の男に面倒を見て貰っていた。ソードブレ
イカー領出身だというその男の姿を、ティウィンは幼い頃の記憶の中で何となく覚え
ていたからだ。
 「あれ?」
 そんな中、書架と繋がった部屋の前で、ティウィンは足を止めた。
 たまたま半開きになった扉の向こうに、何かがあるのだ。
 「何だろう、これ……」
 そこにあったのは、3mはありそうな鋼鉄の塊。
 「鎧……かな?」
 小さく呟き、まさかとその考えを否定する。全高3mもある巨大な甲冑だ。そんな
物を着られる人間などいない。
 「あ、でも、ゴーレムとかなら着られるかも。でもなぁ……」
 腕の切断面からは、何やら金属製らしい管や無数の針金が見えている。ティウィン
にはゴーレム作成の知識など無いが、少なくともその針金の束がゴーレムを作る時に
必要だとは思えない。
 まあ、これこそがこのユノス=クラウディアを騒がせている『歩くプレートメイル』
……ディルハムの姿なのだったが、この街に来てまだ3日しか経っていないティウィ
ンがその事を知るはずはなかった。
 「何だろうなぁ……」
 ディルハムをかじりつくように見回しているティウィン。そんなだから、彼は背後
からやって来た影の気配に気が付かない。
 「貴方、この『ディルハム』に興味がありますか?」
 「わぁっ!」
 突如掛けられた声に、ティウィンは慌てた声を上げた。


 「ねぇ、アズマくん」
 「ん? 何だ?」
 大地亭の廊下をモップがけしながら、アズマはラーミィに相槌を返す。
 「休憩時間になったら、ちょっと付き合って欲しいんだけど……」
 対するラーミィは窓拭きだ。廊下には窓は沢山あるから、仕事をするには事欠かな
い。
 「……何するんだ?」
 モップ掛けが終わったのだろう。もう一枚あった雑巾をひょいと取り、アズマはラ
ーミィの隣の窓を拭き始めた。 
 「あのね、召喚魔法を使ってみるんだ」
 先日ガラから聞いた話。それが、ラーミィにはいたく気になっていたのだ。別にガ
ラの占いを信じていない……というわけではないのだが、やはり各々の精霊から直接
物事を聞いてみなければ真実は分からない。
 「? お前、そんな魔法使えたっけ……?」
 外壁の僅かな足がかりを頼りに、アズマは窓の外側を拭いている。端から見れば危
険極まりない行為だったが、ラーミィはその事に慣れているのか、特に口を挟みはし
ない。
 「うん。この間からちょっとずつ練習してたんだ」
 最初にディルハムが現れた日あたりから、少しずつ練習していたのだ。大地亭には
精霊使いはいなかったから、ほどんど独学のようになってしまっていたが。
 「ディルハムが最初に出た日って……先週じゃないか。そんなんで精霊なんか呼び
出して大丈夫なのかよ……」
 言葉では驚いているが、アズマの体勢は少しも乱れない。その程度の事で体勢を崩
すようでは、格闘家としてもまだまだ……といった所なのだろう。
 「だから、アズマくんに一緒にいて欲しいんじゃない」
 ほんの少しだけ顔を赤らめつつ、ラーミィはぽつりと呟く。アズマがいれば、失敗
確実な魔法でも、もしかしたら成功するかも知れない。そんな想いが、ラーミィの中
にはあった。
 「……休憩時間の間だけな」
 照れくさいのか、ラーミィの方を見ずにアズマは答える。通りの向こうに買い出し
から帰ってきたらしいラミュエルの姿が見えた。
 先日から二日も無理に休みを貰ってしまったから、これ以上は休みを取ることは彼
のバイトという立場上、出来ない。それに、もし出来たとしても今の大量の客がやっ
てくる状態の大地亭で休みを取るなど、アズマの性格上無理だろう。当然ながら、無
断欠勤出来るほどアズマはスレてはいなかった。
 「うん。分かった」
 そんなアズマの性格はよく分かっている。多少寂しくはあったが、精一杯のアズマ
の心遣いにラーミィは元気良く答えた。

 
 「ザキエル……? はて……どこかで……」
 図書館の見物に行ったティウィンに代わってザキエルの相手をしている司書は、小
さく首を傾げる。
 「そうだ、グラハイン公の所の守護天使ではありませんでしたかな?」
 この図書館の司書がティウィンの故郷であるソードブレイカー領を出て、既に数年
の月日が過ぎていた。だが、ある程度の情報は伝わってくるものだ。いくら僻地のソ
ードブレイカー領とは言え。
 ちなみにグラハインは、ティウィンの父親の実家である。司書の記憶では、ザキエ
ルの宿る剣『シャハリート・封嵐』はソードブレイカーではなく、グラハインに置か
れていたはずだったが……。
 「あ……」
 と、そのザキエルの雰囲気に気が付いたのか、司書は慌てて口をつぐんだ。筋肉質
な体付きの割に、意外と細かいところに気が付く男である。
 「何か失礼なことをお聞きしたようですね。すみません……」
 大きな体を窮屈そうに屈め、司書は頭を下げた。2mに達するような筋肉質の巨漢
がほんの15センチほどの妖精に礼を尽くしているのは意外に滑稽な光景だったが、
当の司書は大真面目だ。
 「何はともあれ、姫……じゃなかった、ティウィン様の事、宜しくお願いします。
シュナイト様もティウィン様も、我が国の大事な方々ですからね」


 「そうなんですか……『霧の遺産』……」
 フォリントの言葉を思わず反芻するティウィン。
 目の前にあるこの巨大な鎧は、シャーレルンと同じか、それ以上昔の文明の遺産だ
という。大地の奥に眠る力を操り、不死身の戦士を生み出した古代の超文明……。
 「その古代文明の遺産が、どうしてこんな所に?」
 当然と言えば当然の疑問だろう。装甲表面の融解面が新しいのはともかくとして、
内部の金属の部品だってそれほど古い物には見えない。
 「そこを私は研究しているのですよ」
 抱えていた大きな麻袋をどさり、と置き、フォリントはそう答える。
 その振動で、固定の甘くなっていた麻袋の口から何種類かの果物がこぼれ落ちた。
特に種類は決まっていないようで、そのバリエーションは様々だ。
 「知り合いから頂いたのですが、食べますか?」
 手を伸ばしたらたまたまバナナだったので、フォリントはそのままバナナを食べ始
める。好き嫌いもないのだろうが、どちらかと言えば、食に対するこだわりがない方
なのかもしれない。
 「いえ、僕は遠慮しておきます」
 飲食の可能な図書館など、ティウィンは今までに見たことがなかった。本というも
のは高価で貴重なものだ。弁当などで汚されたからといって、そう簡単に買い換える
事は出来ないのだから。
 「そうですか」
 渡そうと思っていたパイナップルをごとんとテーブルの上に置き、フォリントはバ
ナナの残りを食べ始める。
 「もう少しすれば他の人も来ると思うのですが……。良かったら、貴方もこのディ
ルハムの事を調べてみませんか?」
 「え……? いいんですか?」
 あまりに唐突なフォルの申し出に、ティウィンは呆気に取られたように返事を返す。
研究屋というのは多かれ少なかれ些細な事を気にしない人間だ……というのは何とな
く知っていたが、まさかここまで唐突かついい加減なものだとは思わなかったのだ。
 「別に構いませんよ。少なくとも、やる気の有りそうな方は歓迎しますし」
 フォルの口調ではそれなりに何か考えがあるようではあった。しかし、聞く人が聞
けば全く物事を考えていない発言だと言うことが分かるだろう。
 「あ、フォルさん。遅くなっちゃいました。すんません」
 そこに飛び込んできた、声。
 「遅いですよ、シュナイトさん。まあ、僕も今来た所だからいいですが」
 フォルは苦笑しつつ、眼帯の青年に応じる。一応非難の声は上げておくが、フォリ
ント自身は特に気にしているわけではない。
 「あ、シュナイトさん。今日から僕たちに協力してくれる事になった……君、名前
は何ていいましたっけ?」
 結局この男は、ティウィンの名前すら聞いていないのだ。古代遺産の研究という重
要そうな仕事の責任者(らしい人)がそんな事でいいんだろうか……とティウィンは
思ったが。
 そんな考えは、フォルに紹介された青年を見た瞬間、どこかへ行ってしまった。
 「兄様……?」
 「ティウ……何でここに?」
 思わず凍り付いてしまった二人。
 「おや。お知り合いですか」
 動きを止めた二人を見て、学者バカの青年は不思議そうに首を傾げた。


 「さて……と」
 ラーミィは握っていた両手をぱっと広げると、朗々とした声で呪文の詠唱を始めた。
 足下に描かれているのは、奇妙な文様の折り重なった複雑な図形。
 これから、精霊の召喚を始めるのだ。
 「ラーミィ。あんま、無理すんなよ」
続劇
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