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−Prologue−
 夜。  あらゆる存在をその内側に包み込み、覆い隠すもの。  そして、ここにも……  「ここまでで構わぬか? これ以上近付くと…」  大きな岩に腰掛けたままでそう言ったのは、一人の鎧の騎士。闇色の全身鎧をまと っているため細かい所は分からないが、声だけで判別するならば、若い男のようだ。  「いえ、ここまでで大丈夫です。後は私一人でも何とかなると思いますし…」  騎士の会話の相手は、一人の少女。  14、5歳くらいだろうか。肩までの長い髪は夜のように黒く、肌は雪のように白 い。その容姿は独特の意匠の施された白い衣裳とあわせ、何かの神官か巫女のような 神秘性を漂わせていた。  「ワイヴァーン。貴方ともしばらくお別れなのね…」  少女は少し淋しそうに呟くと、騎士が腰を下ろしている岩へと白く細い手を伸ばす。  その瞬間。  ギ…ィ………  岩が、動いた。  先程まで『岩』だったものは、巨大な鎌首をもたげ、少女の方へその金属質の装甲 に覆われた頭をゆっくりと巡らしていく。  動きという命を得たその姿は、紛れもなく『竜』。  「ワイヴァーン。兄様の事、お願いね」  しゅぅぅぅぅっ……  ワイヴァーンと呼ばれた『竜』は、少女に返事をするかのように白い息を吐く。  「さて、と。私はそろそろ戻る。『王国』の…いや、我々の運命はお主に掛かって いるといっても良い。くれぐれも慎重に…相手をよく見て行動するのだぞ」  黒鎧の騎士…少女の兄はそれだけ言うと、活動を始めた自らの竜・ワイヴァーンへ と合図を送った。  「はい」  ゆっくりと巨大な翼を広げていくワイヴァーンを見遣りながら、少女は返事を返す 。  辺りには、何時の間にかにか霧が起こり始めていた。  「兄様! 兄様も気をつけてくださいね!」  だが、少女のその声は聞こえたのだろうか。  白い霧を起こしつつ、漆黒の夜空へと舞い上がった飛竜の背中に座している鎧の男 へと。  竜と男が夜の闇の中へ消えるまで、さほどの時間はかからなかった。



読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
第0話 Ignition Key(その1)



 『ユノス=クラウディア』という街がある。
 エスタンシアの降下した地・モンド=メルヴェイユのさる街道添いにある宿場街だ。
 周囲を乱気流の吹く険しい山地に囲まれており、街道以外にはまともな侵入経路な
ど見当らない。この天然の要害とも言える地形は、コルノやプテリュクスの侵略を防
ぐ絶好の防壁として機能していた。さらに、今はエスタンシア大陸がある。敵とも味
方とも知れない未知数の力を秘めたこの浮遊大陸が睨みを効かせている以上、コルノ・
プテリュクス両陣営とも、うかつな侵略行動は絶対に不可能なものとなっていた。
 すなわち、コルノやプテリュクスから独立している街と言う事になる。歩いて数日
の所にあるエスタンシア大陸から入ってくる冒険者も併せ、旅人の数は非常に多い。


 そんな街から、この物語は始まる。


読者参加型プライベート・リアクション
ユノス=クラウディア
書いた人 新井しーな

#0 Ignition・Key


 長い街道。
 その道を、一人の少女が歩いていた。心なしか歩調に元気がない。
 「はぁ………」
 そして、ため息を一つ。
 「どうして……」
 少女はため息を付いた原因である荷物袋を担いでいた背中から降ろし、恨めしそう
に見遣る。
 根本的な不覚。
 「どうして、袋に穴が開いていたんだろう…」
 そう。少女の荷物を入れる袋には、大きな穴が開いていたのだ。無論、中に入って
いた荷物…特に食料は、少しずつ、ほんの少しずつ袋の穴から外へと流れ出していた
りする。
 ちなみに言えば、食料は最低でも一週間分は用意していたはずだった。それほど食
べない少女の事だから、ほんの少し節約すれば十日以上は保っただろう。
 ま、今はそれどころではないが。
 「兄様には大丈夫だって言ったのに……全然大丈夫じゃない……」
 そう。少女は竜の騎士と会話していた、あの少女であった。
 「飲まず食わずでもう三日……」
 まだ幼い部類に入るであろう顔つきも、着込んでいる純白の神官衣も、ちゃんとし
ていればかなりの神秘性…というか、風格のようなものを感じさせるであろう。だが、
今はその表情にも元気がなく、神官衣もだらしなく着ているだけ。幼い容貌も併せ、
今の彼女はクイズで100人に聞きましても、85人くらいは『ただの欠食児童』と
答える事うけあいだろう。
 「はぁ。お腹…空いたな………」
 人間お腹がすくと性格が荒んでくるという噂は本当らしい。少女の目つきはかなり
緊迫している。
 というか、ヤバい。
 「………」
 少女は獲物にロックオンをかけた猛禽類の様な鋭い視線のまま、無言で両手を無造
作に突き出した。両の掌の延長線上にあるのは、のんびりと青空を飛ぶ一羽の鳥の姿
だ。
 きゅぅぅぅぅん………
 少女が単音節の短い呪文を唱えた瞬間、突き出した両手に『力』が集まり始めた。
 真紅の光の球体の姿を取った『力』の威力は放たれてみなければ分からないが、ど
う控えめに見積もっても、目標の鳥を叩き落とす程度の威力はあるだろう。無論、丸
焼けではなく、消し炭に変える程度の威力…という事だが。
 ぅぅぅぅん………
 だが、その『力』が放たれることは無かった。
 少女が呪文による魔力の束縛を、その場で解き放ったのだ。
 「けど、鳥なんて食べられないもの……。はぁ」
 またため息。さっきから何回目だろう。
 「もう少し進めばどうにかなるかもしれないし……」
 少女は、再びとぼとぼと歩き始めた。



 暗い夜道を、一人の女性が歩いていた。
 銀髪に紅い瞳を持った彼女の歳は良く分からない。外見だけなら20代にも見える
し、雰囲気も加味すればもう少し上のようにも見える。小さな竪琴を抱えている所を
見ると、流しの吟遊詩人か何かなのだろう。
 その女性がふと、足を止めた。
 辺りに漂い始めた、白い霧に気付いたからだ。
 …がしゃ
 そして、何かの音。
 吟遊詩人を長く続けてきた彼女だから気付いたであろう、ほんのかすかな音。もち
ろん、彼女にはその音の正体すらも分かっていた。
 重厚な金属片の集合体……鎧の擦れ合う音だ。
 「誰よ。こんな時間にフル=プレート着て歩くような非常識な人は」
 小さな声で呟き、気配を感じる方向…そして、霧の濃い方向へゆっくりと振り向く。
 そこに、居た。
 3mはあろうかという、巨大なフル=プレートの騎士が。
 「あたしに何か用かしら? 歌の仕事の依頼だったら、今日はもう店仕舞いなんだ
けど……」
 紅の瞳で相手を見据えたまま、女性はそう問い掛ける。
 しかし、その問い掛けに対する返事は、ない。
 いや、それどころか、腰に佩いていた剣を抜き放ったではないか。
 「剣舞の依頼? 悪いけど……そういうのって、あんまり受け付けてないのよね…」
 相手の力が未知数な以上、本職の戦士でもない彼女が戦う事など出来はしない。だ
が、相手の手が分からない今の状態では逃げる事も難しいだろう。
 しかし女性は、腰に佩いていたサーベルを引き抜いた。戦う為ではない。時間を稼
ぐため、生き残るために、だ。その程度の腕ならば、自信が無いわけではない。
 しゅぅぅぅぅっ…………
 気を蓄めるかのように、辺りに漂う霧の密度がほんの一瞬増す。
 刹那。
 フル=プレートが、動いた。
 3mの巨体+全身鎧という重厚な外見とは裏腹に、その動きはかなり速い。その斬
撃を女性は寸での所で受け流す。
 「へぇ…。意外とやるわね……あたしも」
 予想以上に重く速い一撃を受け流せた事に自分自身感心しながら、女性は呟く。た
だ、二撃目はかわしきれないだろう。業物のサーベルには傷一つないものの、腕には
重い痺れが残っていた。
 「あーあ。ダンナでないと、勝てないかぁ……」
 小さな声でそう愚痴る。しかし、普段いるはずの彼女の相棒は不運にも別行動であっ
た。
 (そういえば、あの人と再会したときも、こんな状況だったな…)
 そんな絶体絶命の危機のはずなのに、女性は思わず笑みを洩らす。もちろん諦めた
わけではない。彼女にとってこの程度の状況は、絶体絶命というほどのものではない
のだ。
 「さて。勝てないケンカはしないに限る…ってね。さっさと逃げようっと」
 そう呟いた女性が転移呪文を放とうとした、その時。
 突然、刎ね飛ばされた。
 フル=プレートの、頭が。
 3mに及ばんとする、長大な刀の一閃で。
 それを放ったのは、女性の頭上から降ってきた黒い影。
 そして響く、乾いた音。
 女性の目の前に残されたのは、首から上を失ったフル=プレートの巨大な体躯のみ
だ。
 「へぇ………」
 影に向かって、女性は思わず感嘆の声を洩らす。
 恐るべき剣勢と技量。
 しかし、影の正体は女性の相棒ではない。得物自体が全く違うし、第一体のライン
が細すぎる。さらに密度を増してきた霧のせいで詳細は分からないが、多分……女だ
ろう。
 (へぇ……。あの人以外に、こんな事する物好きがいるなんてね…)
 本当はもう二人くらい心当たりがあるのだが、それはこの際放っておいて、女性は
影に声を掛けた。
 「貴女は?」
 問い掛けられた影は、無言。黒い覆面の奥に隠された瞳は、女性の方を見てすらい
ない。
 無言のまま、頭を飛ばされたフル=プレートの方をじっと見据えている。そのただ
ならぬ雰囲気を察し、女性も口をつぐんだ。
 訪れる、静寂。
 いや。静寂は訪れなかった。
 がしゃ……がしゃ……
 霧の中で、金属片の集合体の動く音だけが石畳に跳ね返る。この場にいる金属の集
合体は、『あれ』しかいない………はずだ。
 「風を、起こせるか?」
 刀を構えていた影が、突然口を開いた。女性の耳に聞こえてきた声は、若い女の声。
多少愛想がない気はするものの、綺麗な澄んだ声だ。
 「あの鎧の方に向かって起こせばいいのね?」
 女性の簡潔な問いに、影は無言で首肯く。その間も、視線はフル=プレートのいた
方へと向けられたままだ。
 「風よ!」
 女性の呪文の詠唱が終わると同時に巻き起こった風は、辺りに淀んでいた霧を吹き
飛ばしていく。
 しかし、霧が晴れた時…
 「冗談……」
 フル=プレートの姿は無かった。飛ばされた兜も、3mはあろうかという巨大な鎧
自体も。
 後に遺されたのは、巨大な轍……何か金属の塊が這ったような跡……だけ。鎧はす
り足で逃げたのだろうか? 女性は適当にそう見当をつける。
 「逃げたか……。ナーガを使った……いや、シュケルでないならサーペントの方か
……」
 遺された轍を眺めながら影は意味不明な言葉を呟くと、異様な長さを持つ刀を鞘へ
と収める。
 「悪いけど、今のアレの事、何か知ってるんでしょ? 関係者への説明くらいはあっ
てもいいと思うんだけどな?」
 今の状況を怖がっても恐れてもいない女性は、影へそう声を掛けた。しかし、影は
女性を無視したまま、天へ向かって一声放つのみ。
 「はぬ…まーん?」
 その単語は女性が今まで一度も聞いた事のない抑揚と発音を持っていた。吟遊詩人
として世界中を旅した事もある彼女の記憶をもってしても…だ。
 女性がその言葉に気を取られた一瞬の間に、薄くなった霧が再び立ち篭め始める。
 がしゃん……
 しかし、今度はフル=プレートは現われなかった。
 僅かな金属音と共に現われたのは、巨大な獣。
 「さ…猿? けど、あんな大きなの…」
 現われたのは、3mはあろうかという一匹の巨大な猿。その猿が、影が現われたの
と同じ場所…屋根の上から飛び降りてきたのだ。戦に使われるのだろうか、全身に鋼
鉄の鎧を身に付けているという異様な風体で。
 「貴女は誰!? それに、あの鎧とか、その猿って一体何なのよ!」
 猿の背中へと飛び乗る影に向かってそう声を掛ける女性。その態度には、この状況
に置かれても全く臆した様子がない。大したものである。
 ぎぃぃぃ………っ……
 猿は鋼鉄の鎧に覆われたその体を限界近くまで歪め、その反動で一気に屋根の上ま
で飛び上がった。凄まじいまでの身軽さで、巨大猿と影はそのまま姿を消す。
 「我が名はナイラ。『伝承の地』の民よ、気を付ける事だ!」
 晴れていく霧の中、影の放ったその声だけが、暗い夜の街に響き渡っていった。
続劇
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