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「……来い!」
 迫り来る閃光に白き戦士は槍を構えた。帯状の器官を丸めて先を細めた長槍はもろそうに見えるが、テラダイバーと同じだけの強度を誇る。
「……往くぞ!」
 槍を構えた白に蒼き闘士は拳を構えた。蒼い鋼鉄の筋肉が震え、膨脹し、徐々にその色を強め、光さえ弾かぬ漆黒に染まっていく。
 片や拳、片や槍。
 交差し、打ち砕き、貫く。
「なっ……!」
 放たれた声は、同時だった。
 槍の色は赤。迫り来る蒼の胸板を貫いて。
 拳の色は蒼。突如として漆黒の力を失って。
「ぐ……っ」
 ずるり、と二本の槍から2mの巨体が滑り落ち、血まみれのリキオウははるか大地へと落下していった。


テラダイバーリキオウ
第13話
『黒き閃光? 漆黒のダイバー』


「お早う」
 迎えられた静かな声に答える様子もなく、少年は乱暴に腰を下ろすだけだった。
 美しい貌を不機嫌に歪ませた少年にそれ以上声を掛ける事も出来ず、仮面の少年は端末に再び向かい合うのみ。緑の光に包まれた研究室は既に往時の姿を取り戻しており、昨日の大破壊の面影は微塵も見られない。
「やあ、お疲れ様。昨日は大変だったようだな」
 しゅっと空気の抜けると音をさせて開いた分厚い扉。その中から投げかけられたのは、陰鬱な緑の輝きに不似合いな軽い声だった。
 仮面の少年にしたものと同じ反応を示す美少年に、やれやれと軽く肩をすくめてみせる茶髪の青年、風成。穏やかな仮面の少年とは対照的などこかおどけたような様子に、繊丸の表情がさらに険しくなる。
「やれやれ。そう睨むなよ、繊丸」
 様子を変えない少年に苦笑し、風成も端末の前へと腰を下ろす。
「……日美佳は?」
 その段階で、ようやく繊丸は口を開いた。
「実験室に居るよ。っつーかお前、気持ちは分かるが壊しすぎだぞ。ありゃ」
 無論、それが昨日の大破壊を示しているのは明白だ。
「……お前の時もそうだったろう?」
「あ? そうだっけか?」
 風成の愚痴を軽く受け流し、反撃を受けた風成自身もおどけた様子で軽く受け流す。この地下数百メートルの世界で狂った実験を続ける事に何ら心の痛みを感じていないのは、その会話からも明らかだった。
「まあ、どうせ失敗作どもだ。大事なものさえ壊さなけりゃどーでもいいけどさ。なあ?」
 ヘラヘラと薄笑いを浮かべながら風成は隣の少年に同意を求めるが、仮面の少年はちらりとその様子を見、黙ったまま。こちらにもやれやれと肩をすくめ、茶髪の青年は面倒くさそうにコンソールを叩いた。
 操作に応じ、空気の抜ける音と共に分厚い扉がすっと開く。


 緑色の光に包まれた神殿だった場所。かつては数百の怪異に彩られた狂気の巣窟も、狂気の代弁者たる被造物がなければただの研究プラントでしかない。
 空のガラス筒が無数に立ち並ぶ整然とした研究施設。それが今のこの広間の姿だった。
「昨日はどうも」
 その中央に立つスーツの女に、繊丸は声を投げかける。
 不機嫌どころではない。敵意……否、殺意すら籠められた、それでいて落ち着きを保った声。鋼の理性が内に暴走する狂気を危うい所で押さえつけているのだ。
「私を殺さないのですか?」
 穏やかに放たれたその問いを、繊丸は無視。
 今彼女を壊してしまっては彼の研究に重大な支障が出てしまう。己の内に渦巻く憎悪を押し殺してでも成し遂げる価値が、意味が、これからの実験には秘められているのだから。
「では、始めましょうか」
 その繊丸の内心を知ってか知らずか。女は背後に立つ柱に向き直り、ただ一つ培養液の注がれたそれに、そっと手を伸ばした。
 ふわり、と大気が流れ、鞠那日美佳のスーツの裾が軽くはためく。
 空調ではない、人工の風以外の『力』が生まれているのだ。
「風成。データ収集開始」
「はいはい。やってますよぅ」
 スピーカーから茶髪の青年の軽い声が流れるが、実験場の中にいる者達は気にした様子もない。
 ただただ、彼らの注意は柱の中にのみ注がれている……。


 変化は、唐突に起こった。
「……っ!」
 突如として実験場内に立ち込める気配。殺意を秘めた繊丸でもなく、気配を殺す日美佳でもない。質量すら感じさせる圧倒的な存在感、むせ返るような破壊の意志が、二人しかいない実験場に突如として噴き出し、荒れ狂う。
 強い意志を持つものでなければ精神を侵されていただろう程の、強靱な意志。
「……これだ」
 強意の源は中央から。
 日美佳が力を注いでいる、硝子の柱から。
 その内側、黒く染まった影から、放たれている。
「そうだ! この力だ!」
 空間に放たれた強烈な意志にディスプレイのブラウン管が弾け飛び、冷徹に計算を続けていた電子機器が炎を上げる。培養器のエアポンプが鈍い唸り声を上げ、培養槽に過剰なまでの酸素を送り込んだ。
 それもやがて飽和し、粉砕する。
 流出する電解液に大気から通電し、周辺の機器を巻き込んで炸裂と破砕が輪唱する。
「きゃあっ!」
 小さく叫び退く日美佳を構う様子もなく、繊丸は歩を進めた。
 砕け散るガラスの雨の中。いつの間にか白い姿に転じたセンマルは、障気すら放つ黒い澱みへしゅるしゅると電磁の帯を構える。
 ひゅっという軽い音が連続し、紫電をまとった豆粒ほどの弾丸が無数に空を切った。
 そこには一片の容赦も加減もない。テラダイバーと化したセンマルは無言でレールガンを連射する。速射する。だが、ギガダイバーすら一撃で貫く超電磁の弾丸を連続で受けつつも、黒い澱みは吹き散らされる気配もなく、微動だにすらしない。
「亡びろ……っ!」
 弾幕に次ぐ弾幕。放電すら伴う力の嵐が広間に狂い、弾幕の巻き添えを食らった周囲の空の筒も片っ端から砕け散っていく。
「これが……テラダイバーの真の力か」
 やがて、無数の弾丸を呑み込んだ闇がわずかに欠けた。その内に浮かんでいるのは、漆黒に染まった異形の腕。
 人に在らざる筋肉と色彩を持つ、二の腕で断ち切られた人型の腕。
 テラダイバー・リキオウがかつて失った、蒼い腕と同じ物。
「僕が目指すのも、ここなんだよ……。出来損ないと蔑まれた僕が、本当の力を手にするんだ……」
 やがて弾幕に侵食され始めた黒い腕を目にし、少年は狂ったように笑い続ける。


「あーあ。やりすぎだろ、センマルの野郎」
 ディスプレイに流れ込むデータを確認しながら、風成はやれやれとため息を吐いた。
 一時はセンマルを圧倒するほどに力を放っていた黒い腕も、無数の弾幕を受けて既に原形を留めていない。もちろん、それに巻き込まれた周囲の研究機材も原形を留めていなかった。黒い腕がこの世から完全に姿を消すまでセンマルの乱射は止まらないだろう。
「あっちの姉さんもいい女だったのに。勿体ねえ」
 まだ生き残っているカメラからの映像も、ノイズと硝煙で鮮明さを失っている。弾幕の中心にいた日美佳も無事では済まないはずだ。
「やれやれ……いい加減、潮時かねぇ。ここも」
 いまだ狂笑し続けるセンマルを冷ややかな視線で見下ろし、風成は肩をすくめた。


 その扉一枚隔てた空間。地上と地下数百メートルを繋ぐエレベーターホールで、仮面の少年は携帯電話を手にしていた。
「ああ。そう……」
 繊丸や風成と話す時の無機質な声とは違う、穏やかな口調。正しい知性と誠実な心を感じさせる、まともな人間の言葉。少なくとも、こんな場所でこんな研究に身を投じている者には出せないであろう声だ。
「なら、リキオウは無事なのか。良かった」
 センマルにやられた時はさすがに心配したから。そう呟き、仮面の少年はほっと一息をつく。それは狂科学者の言葉ではなく、友の無事を案じる少年の言葉。
「それで……鞠那さんも、俺達の側に来ないか?」
 話の相手は鞠那。
 鞠那静。
 瀕死の力王を助け出し、今は自分の家で休ませているという。
「日美佳さんや繊丸も心配してる。返事はまた今度で良いから……考えておいてよ」
 力王、繊丸、静。その三人と知り合う彼は……。
「うん。じゃあ、また学校で」
 電話を切るとポケットにしまい、傍らに置いてあった缶ジュースを代わりに取る。
 それを口に運ぶ為、防毒防疫の施されたマスクを外す、仮面の少年。
 ジュースで喉を潤した少年は、誰あろう……。


 再び廃墟と化した部屋から出て来た繊丸に、仮面を外した少年は声を掛けた。
「繊丸」
「何だい? 誠一」
 誠一。荒柴誠一。通称、セイキチ。
「力王は無事だそうだよ。今、鞠那さんの所で再生中だって」
 力王の旧友にして繊丸の協力者。
 狂気の実験に手を染める、三人の少年が一人。
「……そうか。静さんの所に……」
 仇敵の旧友からの報告に小さく呟き、繊丸は静かに瞳を閉じる。
 日美佳からそういう報告は受けていないから、おそらくは静の独断なのだろう。
「そうでなくてはね……力王」
 親友が仇敵と通じている事に対する想いはない。ただそこに潜むのは、ねじ曲がった歓喜だ。まだ力王と戦う機会がある。殺す機会が残っている。
 そう思うだけで、日美佳に抱いたどす黒い怒りも薄まる気がした。
「それで、どうするんだい? 俺はそろそろ、避難先に向かおうと思ってるけど」
 対する誠一は置いてある鞄を手に一言。彼の住んでいる家の一帯は避難勧告を受けているから、そろそろ避難場所に向かわないと色々面倒な事になる。
「ああ。実験も終わったし、好きにしたまえ」
 既に繊丸の興味は誠一にはない。それどころか取れたばかりの実験データを確認する事もなく、エレベーターホールへと歩を進めている。
「おいおい、繊丸。データは良いのかい?」
 おどけたような風成にも取り合う様子はない。ホールへの分厚い扉を開き、ついでに誠一が通ったのを見届けてからすっとその扉を閉じる。
「……へぇへぇ。好きにしな。俺は日美佳さんと愉しくやってるから」
「好きにしろ」
 そして繊丸とセイキチは、地上へ通じる一本の道へと姿を消した。
 彼らのもう一つの世界へと戻る為に。



−次回予告−

 リキオウが死んだ。

 蒼き守護神が失われた時、明かされるのはギガダイバー達の真実か?
 それとも、白き刺客の目論見か?

 最強のギガダイバーが姿を見せる時……。
 漆黒の破壊神が今、目覚める!

 次回 テラダイバーリキオウ
 第14話『台場の血の呼び声 テラダイバー復活』
続劇
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