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 大気を震わせ、閃光の槍が迸った。
−アアアアアアアアアァァァァァァァァッ!−
 猛然と叩き込まれた槍の一撃は目の前に立ちふさがる力の防護壁を鋭く打ち砕き、その奥にある頑強な灰色の筋肉まで一息に刺し貫く。
 容貌なき顔から、悲鳴。
「やれ」
 あまりの痛みに守りを失った2mの戦士に対し、かけられたのは無慈悲な一言。くずおれる灰の戦士の四肢に、ぎらついた3対の鋼の刃が容赦なく襲いかかる。
「データ集計完了。完成です」
 やがてその言葉に、3匹の異形は歓喜の叫び声を上げた。
 血に濡れた巨大なハサミを、天に掲げるようにして。


テラダイバーリキオウ
第08話
『逆襲のゲンオウ』


「なにーっ!」
 小飼春人は、力王の話を聞くやあたりを震わせる大声を上げた。
「……ンだよ」
「ンだよ、じゃねえだろうが。何でそれを早く言わねんだ!?」
 周りは何事かと思ってこちらに視線を寄越すが、声の主がハルだと知るや、もとの自分達の会話に戻っていく。ハルの声が大きい時は決まってろくな事じゃないというのは、クラスの常識だ。
「必殺技を覚えたって、お前バカだろ!?」
 声を落としても周囲には丸聞こえなのだが、力王はあえて気にしない事にした。こんな話を聞いても、周りはアニメかゲームの話だろうと思ってくれるだろう。
「知らねえよ。勝手に出たんだから」
「それで済まされるか。普通、必殺技って言えば特訓! これしかないだろ」
「…………」
 力王は無言で周囲に助けを求めた。
 少なくとも、このクラスにはハル以外に3人の協力者がいる。
 だが。
「……あきらめろ」
 ハルのヒーロー好きを知る少年は、そう言っただけで読んでいた医学書へ視線を戻し。
「……」
「……」
 二人の少女は、無言か、きまり悪そうにそっぽを向いたまま。
「渡る世間は鬼しかおらんのか……」
 ぼそりと呟く力王の肩に、ぽんと手が置かれる。
「な。特訓にいい場所があるんだって」
 満点の悪魔の笑顔が、そこにあった。


 放課後。嫌がる力王を無理矢理引きずって、ハルはある場所を目指していた。
 うっそうと茂った森の中、獣道のような細い痕跡を通り。
 上部に有刺鉄線の巻かれたフェンスの穴を抜け。
 最後に待つ、ごつごつと切り立った岩山を登れば……。
「いい場所だろ?」
 そこは、広い荒れ地だった。
 学園都市の資材を切り出した採石場跡で、今は台場の研究所が重機や戦車の試験場として使っているのだという。動作試験のある間は警備も厳しくなるが、普段は誰もいない。
 もちろんスケジュールは、研究所に勤める父親の手帳からこっそりと調査済だ。
「……違法って言わんのか、これ」
 急な斜面を滑り降りながら、力王はそれだけ呟いた。
「大丈夫だって。こっそりやれば」
 だが、ハルの言葉はあながち間違ってはいない。あの圧倒的な力、できるものならモノにしておきたい……力王にも、それくらいの思いはある。
「まあ、な。それじゃ、行くか。……ダイブ!」


 それとほぼ同時刻。
「……侵入者だと?」
 大型の輸送用トレーラーの中で、老人は秘書からの報告を受けていた。
「はい、元応様」
 答えたのは美しい女性だった。艶やかな黒髪に、地味だか清楚さを感じさせる薄い化粧がよく似合っている。ただ一つ残念なのは、彼女がまとっているのがブランドのスーツではなく、作業性を重視した飾り気のないツナギだということか。
 美女は作業服には不似合いな細い指で携帯電話を胸ポケットに納めると、ブリーフケースから数枚の資料を取り出す。
「特務課に任せておけ」
「いえ、それが……」
 そう言って傍らの元応に差し出した書類は……。
 先日の蒼い戦士のもの。
 テラダイバーと呼称される、謎の戦士のものだ。
「……なるほど」
 元応はそう言うが否や、美女の胸元へ乱暴に手を伸ばした。
 美女が反応する間もなく程良くふくらんだ胸を押さえつけ、ポケットの上から番号をプッシュ。通話ボタンを押してから、コールの始まった携帯をようやく抜き取る。
 老人が耳元に携帯を持ってくるのと、コールがつながるのはほとんど同時だった。
「儂だ。うむ。訓練は変更、奇襲攻撃を掛ける。3番機は後で構わん。ネインの2番機を優先せよ」
 それだけ言って携帯を再び秘書の胸元へ。
「日美佳。3番機の件、何とかなっておろうな?」
「……はい。かしこまりました。元応様」
 荒い息を吐きながら、鞠那日美佳は鈍い痛みの残る胸元から再び携帯を取り出した。


 精神を研ぎ澄ませる。
 護る意志。ミナやセイキチ、ハル達の顔を思い浮かべながら、拳を握り、引く。
 護る。ただ一つ決めた信念を胸に秘め、腰を落として構えを取った。
 集中。
 集中。
 さらに深く、集中。
 ……だめだ。
 力の気配はまるでない。
 小さく息を吐き、リキオウは構えを解いた。
「なー」
 かけられた呑気な声に、後ろを向く。
「ホントは必殺技なんて、デマだったんじゃねえのか?」
 首を横に振る。
「いや、俺もお前が嘘つかないって知ってるけどさぁ。なんつーか、必死のパンチがたまたまいいカンジに当たっただけ、とかさ」
 わずかに首を傾げた。テラダイバーになっている間は喋れないが、付き合いの差か、雰囲気でハルは分かってくれているらしい。
「ほらな。ま、それも必殺技っちゃぁ必殺技だけどよ。出来れば、ビームでぶっとばすとか、パンチの連打で相手を粉々にするとかだと、かっこいいよなぁ……」
 再び首を、ゆっくりと横に振る。
「あ、てめ! 今呆れたな! くそ、今度学校でおぼえてやがれ!」
 その瞬間、リキオウの動きが止まった。
「ん?」
 拳を握り、静かにあたりを見回す。周囲の気配を感じるかのようにじりじりと足を開きながら、腰を落とした。
「……敵か?」
 答える代わり、構えを取ったまま、右腕をゆっくりと水平に伸ばすリキオウ。
 まるでハルを護ろうとするかのように。
「わかった」
 言葉にせずとも分かる。ハルは座っていた岩からひょいと飛び降り、リキオウの背後の森に向かって駆けだした。
 その様子を横目でちらりと確かめ、リキオウは再び前を向く。
 いつの間に姿を見せたのか。
 2匹の鋼鉄のサソリが、そこにいた。


「……何!?」
 あっさりと空を抜けた拳に、リキオウは目を疑った。
 ハルが戦闘領域から抜けたのを感じるやいなや、目の前のサソリに向かって突撃をかけたのだ。
 8mを越えるサソリは小回りがきかない。2mしかないリキオウがほぼ密着した距離で格闘戦を挑めば、攻撃できる隙など生まれはしないと踏んだのに……。
 それがどうだ。
 拳を振るうわずかの隙に相手は機敏に後に下がり、それと同時に2本のハサミで猛攻を仕掛けてくる。それをかわそうとさらに突っ込めば、相手は即座に跳躍。空いたスペースに残る一方のハサミが襲ってくる。
 下がれば、飛ばないサソリが間合を詰めてくるだけだ。
 わずかな隙に敵の足運びを見れば、4対ある脚を同時に使ってはいない。2対だけで基本の機動と跳躍を行い、残る2対で動作の急速な補正を行っている。
 4対の脚を個別に操りながら、ハサミでの猛攻。どちらも相当な修練を積んだ動きなのは素人目にも明らかだ。
 少なくとも、前に戦った鈍重なサソリとは明らかに別物。
「ちぃ……っ!」
 バックステップを踏んだ所に、鋭いハサミの突き込み。
 受け止める。
「なっ!」
 以前は造作なく止められた手に凄まじい衝撃が走った。
 弾かれた衝撃に受け身も取れず、地面にゴロゴロと転がる蒼い戦士。
「……超振動のブレードを受け止めるか。なるほど、大したシールドよ」
 巨大なサソリは重厚な老人の声でそう呟き、両のハサミを大地に触れさせた。
 ばぢっ!
 鋭い音が響き、ハサミの触れた大地が爆ぜる。
「生物非生物を問わず、ゲンオウの刃はあらゆるものを切り裂く。お主の体とて……同じ事ぞ!」
 リキオウの中で、誰かがヤバいと叫んだ。
 あのハサミの対抗手段が思いつかないうちは勝ち目などないと悟った。少なくとも、あの『ストライカー』が使いこなせるまでは……。
 大振りのハサミを紙一重でかわし、大きく膝を折る。
 即座、跳躍!
 一瞬でハサミの攻撃圏外へ離脱し、そのまま高空へと……。
「……ぐっ!」
 その時。
 唐突に腹を穿った熱さにリキオウは無言の悲鳴。
 青い空を、一条の閃光が切り裂いていた。
 閃光の源を赤くなった視界に求めれば、尻尾を天高く掲げた3匹目のサソリの姿がそこにはある。
「伏兵……かよ……くそっ!」
 声にならない呻き声を上げ、蒼きテラダイバーは灰色の大地へと堕ちていった。


 大地に崩れ落ちたまま、リキオウはいまだ熱を持っている腹に手を当てた。
 じりじりと焦げついた痛みを残す外縁を過ぎると、指が空を掻く。
 貫かれているのだ。
 腹が。
 わずかに身をよじると、指先には熱い液体が絡み付いてくる。色は分からないが、灼かれた傷痕から大量の出血があるらしい。
「……やれやれ」
 いつもだ。
 ハルの誘いに乗って、ロクな目にあったためしがない。
 緊迫した場面でそんなことをふと思い、リキオウは表情のない顔で苦笑した。次の瞬間には、出血の痛みに苦笑がひきつる。
 そういえば、ハルはうまく逃げ切れただろうか……。
「拍子抜けだな」
 ふと、腕が取られた。
 何かで二の腕が挟まれている。厚く硬質な何か。
 ……サソリのハサミの一つだ。
 片腕を挟まれたままゆっくりと引き上げられていく。
 痛みと出血のせいで視界が暗く、力が入らない。力が抜けるまま首を落として下を向くと、赤い血溜まりが広がっていた。
「完全なるメガダイバーの前では、所詮この程度か」
 喋っている内容はよく分からない。
 ただ、俺の血も赤いんだな……とだけ、思った。
「では、さらばだ。出来損ないの覚醒者よ」
 その声と同時。
 沈黙していた大バサミが再び震え、ぱちりと閉じられる。
 蒼い腕だけが宙を舞い、絶叫があたりに響き渡った。


 痛い。
 痛い。
 痛い。
 腹が痛い。腕が痛い。全身が痛い。
 貫かれ。断ち切られ。打ち付けられ。
 痛い。熱い。熱い……。
 憎い。
 老人が。サソリが。ハルが。
 憎い。
 壊す。
 砕く。
 ……破壊してやる。
 ……破壊してやる!


「……ほう」
 幽鬼の如く立ち上がった蒼い戦士を見て、元応は感嘆の声を上げた。
「そうでなければな。テラダイバーよ」
 鋼鉄のハサミに超振動を与え、ガードの出来ない右側から攻め立てる。容赦などない。命中の手応えを得るや、戦車すら握りつぶす握力を持ったハサミを瞬時に閉じさせた。
 鈍い、硬質なものが砕ける音が響く。
 砕かれたのだ。
 サソリの腕が。
 テラダイバーの、『右腕』で。
「な……っ」
 赤い、血走った目で、蒼の戦士はサソリを見据える。
 その腹にも貫かれたはずの穴などなく、血に染まった下半身だけがかつてのダメージを物語っていた。
「……バカなっ!」
 ゆらりと、右腕を振りかぶる。再生した腕に生まれるのは、圧倒的な力の奔流だ。
 ストライカー。
 破壊の渦が、振り回されることなく静かにそこにある。
 それが叩き付けられた瞬間、真の力を得たはずのサソリは内側から爆ぜ、粉々に砕け散った。猛烈な爆発の中にあっても、蒼き狂戦士は全くの無傷。
 全てを砕くため、狂戦士は新たな咆吼を上げた。


 真紅に染まった意識の中、力王は周りを見渡した。
 赤。赫。紅。
 炎の赤。大地の赫。そして、血の紅。
 破壊の跡。
 その中にゆっくりと舞い降りる、灰色の姿ひとつ。
 敵か。
 無機質な瞳に映る灰色の異形は、その意志に対してゆっくりと首を振った。
−心配しないで−
 伸ばされる手とことばに、半ば無意識に灼熱する躯を委ねる。
 フェムト。
 心のどこかで、誰かがそう呟くのが分かった。
−私は、味方だから−
 穏やかな流れ。冷たい手の感触は、どこか静に似ていた……。



−次回予告−

 台場繊丸。
 台場力王の弟だ。

 リキオウ。
 それは、破壊のテラダイバーの名。

 センマル。
 それは、狂気のテラダイバーの名。

 次回 テラダイバーリキオウ
 第10話『繊丸 白きテラダイバーの狂気』
続劇
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