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[5/15 PM 0:31 帝都外縁北 住宅街]
−何故だ……−
 それは、動揺を隠すことが出来なかった。
 己を含めて三つあったはずの『本体』の反応。それが、今や己一つになってしまってい
る事を。そして、帝都の各地に放った分身達の反応が全く無くなってしまったことを。
 いや、それだけならまだいい。分身達が消えた事は不審に思うだけで、損害自体は何一
つ無いのだから。それに別の本体の相手は『U』であり、そして玖式の試作型。負ける可
能性は十分に予測されたことだ。なくなった分の補充さえ行えば、それで何とかなる。
 むしろ、プロトナインに敗北した事は今の新たなる力……ドリルクラッシャーと『螺殺』
……を学習できただけでも成果ありと見るべきだ。
 問題は、そこではなかった。
−何故、我が意に従わぬ……−
 問題は、内にあり。
 自分は新たな力を『8つの頸』に施したはずなのに。
−何故、7本しか頸が変質せぬ……−
−理由はよく知っているはずでしょう?−
 その声は、唐突に響いた。
−シグマ・ウィンチェスター! 汝か!−
 シグマ・ウィンチェスター。
 2番目の守護神にして、失敗作の烙印を押された存在。2ヶ月ほど前、復活した直後の
『ザッパー』を相手に敗北を認め、自らの一部となったもと傭兵。
 今回の作戦立案と本体の一人を使った帝都空港での作戦は、彼の意識が担当している。
−汝、復讐の意はどうした? 目の前の相手を倒すことこそ、我と汝の復讐の一つでは…
…−
 こちらに猛然と攻めかかってくる白い巨神の攻撃を牽制し、捌きながら、ザッパーは鋭
い声を上げた。こう書くと片手ざまに巨神の攻撃を避けているようにも取れるが、実際の
玖式の攻撃は時雨や大穿神よりはるかに素早く、重い。『螺殺』と螺旋の破壊の力を得た
8つ頸のザッパーで、ようやく互角なのだ。
−ああ、あれはどうでもよくなったのデスよ−
 あっさりとそう言う、シグマ。
 先程、ネインに吐露した彼等に対する怨念に似た想い。父のせいで道を狂わされ、後に
同じ条件・同じスタート地点に立ちながら全く違う道を選ばざるをえなかった不条理なわ
だかまりは、帝都に来てからより強く感じられたものだ。
 それが、今はさっぱりと無くなっている。
−……空港で何があった? 汝の記憶、我に伝わって来ぬ……−
 本来なら3体の本体の記憶は共有されているはず。だからナインと戦っている本体が穿
九郎の技を使うことが出来るし、他の本体の敗因を知ることも出来るのだ。
−同じ守護神同士、馬鹿にしてもらっては困りますネ。アナタが思うほど、基本性能に差
などありまセンよ……−
 だが、空港に向かったはずの、シグマに管理を任せた本体の記憶はほとんど伝わってこ
ない。
 何がここまでシグマを変えたのか。それとも、最初からザッパーが見ていたシグマは偽
物だったのか……。
−獅子身中の虫とは良く言う!−
 主人格たる己に対する裏切りなど、信じられるものではなかった。
 しかしその裏切りを敢行した本人は己の人格が消されるなどと考えてもいないのか、さ
らりと言葉を続ける。
−まあ、アナタとの契約も有効デす。『ナイン』を倒す事だけは、引き受けまショウ−
−消えるのは汝よ! ……愚……!−
 ザッパーは言葉をそこで止めざるを得なかった。
 『8本の頸』が完全な連携を見せて動き、眼前に迫っていた『玖式』をズタズタに引き
裂いたのだ! カウンター気味に放たれた手刀に頸の何本かがはね飛ばされたが、与えた
損害の方がはるかに大きい。無論、ザッパー本人の全く意識しない行動だ。
 そこに至って、ザッパーは初めて何者を吸収したのか、悟っていた。
 相手は『守護神』。廃棄されたとは言え、己の意志を持った自分と同格の存在。獣の本
能しか持たぬ『フォース』や、所詮人間でしかない『猪熊ナガレ』とは根本的に違う存在
なのだ。
−な……汝……何……を……−
 圧力を感じる。まわりから、じわじわと。
 支配者であるはずの己。その自分の支配できる領域が狭まっていくのが分かる。
−ですが、アナタを滅ぼす命令の方が優先度が高いもので……申し訳ナイ−
 そんな内での葛藤をよそに、ボロボロになりつつも立ち上がる玖式。己と同等の力を持
つ『草薙領域』あればこそ、絶対攻撃の力『英霊剣』の衝撃波を受けても致命傷には至ら
なかったのだろう。
 光の刃『草薙』を構え、再びこちらに走り出す。すでに再生が十分な域に達しているの
か、動きは先程と変わりない。
−ワ……我も……バスターも……なん……じに……利用……し……おおおおおおおおお
おっ!−
 『玖式』の突貫。左肘を先にした、鋭い、そして全体重と全ての機動を叩き込んだ渾身
の突き。迫り来る螺旋の頸はその勢いを止めきることは出来ず、次々と弾かれていく。
−ナイン……アナタを許さないのも、嘘というわけではありませんでしタよ……−
 弾かれた頸を瞬時に巡らせ、玖式のがら空きの背後へ螺旋の連撃を殺到させる。無数の
関節で構成された頸なればこその、自在な一撃だ。
 だが、それの半分は玖式の『左腕』で弾かれていた。残りの半数は半身となった玖式の
横を空しく過ぎるのみ。
 左足を軸に、玖式の機体は半回転。
 急停止の衝撃と未だ止まらぬ推進力、機体が軋むほどの遠心力の全てを右の手刀に込め、
渾身の一撃を叩き付けたのだ!
−ク……バス……ター…………−
 その全霊の斬撃が自らの体を切り裂くよりわずかに早く、ザッパーはこの世から消滅し
た。
 そして、
−サヨウナラ……ラ……サン……−
 絶対破壊の手刀に引き裂かれた、ザッパー……シグマ・ウィンチェスターも……。


[5/15 PM 0:35 帝都外縁北 住宅街]
 戦闘終了からわずか10分。帝都港湾部にあった巌守穿九郎の姿は、外縁北に移ってい
た。
 ビルを飛び越え、高圧線の上を疾走し、驚異的な脚力と最短ルートを選び出す直感を駆
使してここまでやって来たのだ。
 その黒い快男児の脚が、何かを感じ、止まった。
 急停止で黒の白衣は舞っているというのに、足下の高圧線は一寸も揺らがぬ。それどこ
ろか堅い大地と同じく、穿九郎の長身を支えているではないか。完璧な重心制御力であっ
た。
「間に合わなかったか……」
 未だ黒き残像を残しつつ、ぽつりと。港湾部にて巨大怪物を撃破した誇らしさなど何一
つ無く、むしろその表情には悔恨の色が濃い。
(義弟の死を前に、何も出来ぬ……。これも運命だというのか……予言者よ! ウィアナ・
パナフランシスよ!)


[5/15 PM 0:35 帝都外縁北 住宅街]
「音印……せん……ぱい……?」
 遥香は目の前に広がる光景を、呆然と眺めていた。
「そんな……嘘……ですよね?」
 完全に力を失った巨獣『ザッパー』を貫く、『玖式』の右腕。肘の付け根までめり込ん
だそれのまとう光の刃は鋭角化・巨大化しており、『ザッパー』を完全に両断する形になっ
ている。
 そして、『玖式』の全身を貫く、『ザッパー』のドリル化した5本の頸。衝撃波をまとっ
た断末魔の螺旋は、『玖式』の全身を容赦なく引き裂いていた。先程見せた桁外れの再生
能力も機体損傷のおかげで効力を失っているのか、働く気配がない。
 シグマの予言通り、完全な相打ちであった。
「せんぱい、せんぱいっ!」
 雛子に抱きすくめられつつも、半狂乱で叫ぶ遥香。ここがビルの屋上だと言うことも忘
れて走り出しかねない勢いだ。いや、雛子が押さえていなければ、間違いなく走り出して
いただろう。
「せんぱいっ!」
 ぎ……ぃ……
 と、わずかなタイムラグの後、遥香の叫びに応じるかのように、玖式の左腕がゆっくり
とあがってきた。破損した各所から濁った油を吹きながら、指の半数が欠け、残りも異様
に歪曲した平手を立ててみせる。
 軽い謝りを示す、『ゴメン』のポーズだ。
「アンタ! そんな……趣味悪いよ!」
 雛子の絶叫に軽くがくり、とずれ、その衝撃で手首の関節が崩れ、落ちた。地面に落ち
た手首はアスファルトにぶつかるや、砂となって風に吹き散らされていく。
 フェイズ6。
 限界を超えた力。再生の力が消えた今、自らの形を変容すらさせた力に機体が耐えきれ
ず、自己崩壊を起こしているのだ。
「……ごめん。ネインのやつ、遥香さんのCD壊しちゃったから……顔、会わせ辛いって」
 そんな中、ようやく響いてくる、ナインの声。
「そ、そんなものどうでもいいですから! 戻ってきてくださいよ! 先輩! まだ脱出
できるんでしょ!」
 返ってきたのは、少し寂しそうな声だった。
「そうもいかないんだ。いちお、こいつとの決着、つけとかないとね……」
 半ば崩れた左腕が輝き始め、その先に光り輝く左手を生み出す。最後の一撃とばかりに
それをザッパーに叩き付け……
「それじゃ、雛子さん。遥香さんのこと、よろしくね……。あと、遥香さん。音印が、君
のこと……」
 その言葉を残し。
「好きなら……アンタが守りなさいよ! この、ばかぁっ!」
 『玖式』と『ザッパー』を中心とする白い爆光が、あたり一帯を包み込み、広がっていっ
た。

第7話 終劇
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