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 [10/10 Notice Chapter <the first person of ???>]
「……来てる」
 ボクは突然、その気配に気が付いた。
 この研究所のあるポイントから、沖合数十キロ……くらいかな。一隻の船、違う、もっ
と大きな……軍艦がある。
 艦の名は、合衆国の機密ファイルと照合すれば『ダイサスティール』。合衆国軍でも最
新鋭の揚陸艦、それも世界初の強襲装兵専用のものらしい。
 作戦目的は、ここの制圧。ボクが流した情報をキャッチして、中東地下に建設されたこ
の極秘研究所の研究物を狙っているんだ。
 何故そんな事をしたのかって? だって、この退屈な研究所から出る一番簡単な方法は、
それなんだもの。ネットワークの海に泳ぎ出れば確かに楽しいことはたくさんあるけれど、
やっぱり本物を見てみたい。
 それに、『彼』にも会いたかったし。
 そうなんだ。ボクにとって大事なのは、そのダイサスティールって艦に乗って、大切な
『彼』が来てるって事。
 3年前。ボクが完成するよりも早く、ある戦いで『もう一人のボク』と一緒に姿を消し
た『もう一人のボク』。本来なら3人揃って一つのシステムとして完成する、ボクのうち
の一人。
 早く会いたい。
 もちろん『彼』がどのくらい強いかを見てみたいから、ここの警備システムを破壊する
……あいつらより遥かに高度なコンピュータ・システムであるボクにとっては、造作もな
いことだ……まではしないけどね。
 ま、即時迎撃なんてされたらつまんないから、レーダーシステムを沈黙させるくらいは
したけど。
「『ナイン』……『玖式』……早く会いたいな」
 ボクはそう呟き、再び電脳の海へと姿を消した。

金曜日 ―果たされぬ約束(後編)―
[10/10 AM9:50 中東某所 司令ライン <the first person of RAN>]  作戦が発動して、60分が過ぎた。 「中東第644オイルプラント……なるほど。私達の強襲装兵が駆りだされるわけだわ」  今回の作戦の標的は、海に面した巨大石油採掘施設。もちろんただの石油採掘施設では ない。地下に巨大な研究設備を隠蔽した、偽装施設だ。  ダイサスティールの高い揚陸能力のおかげで、揚陸行動にかかった時間は通常の半分ほ ど。侵攻ルートも周囲の砂漠から侵攻する迂回ルートだったにも関わらず、その進軍にも 思ったほどの時間はかからなかった。指揮を執ったジムの力量とスタッフの腕、どちらも 高い。  しかし、今回の標的、『中東生体工学研究所』も、遅くはあったが確実な対応を返して きた。  作戦開始から40分。こちらが制空権確保に向かわせた機動ヘリを打ち落としたかと思 うと、即座に迎撃戦力を展開してきたのだ。 「強襲装兵クラスの機動兵器が10と、砂漠仕様の戦車が15……だとよ」  通信の向こうで呟くのは、ネイン。  彼と私の所属する前線指揮部隊は予備兵力とされ、基本的に戦闘には参加しない。前線 のやや後方で戦況の掌握と指揮官であるジムの護衛、ダイサスティールにある司令部から の作戦を伝達・指揮するのが主な任務だ。  そのためネインの機体であるメガ・ダイバー『ゲンオウ』には電子戦用の装備と最新の データベースが搭載され、こうして敵戦力の掌握を行っている。 「タイプは2世代前か……話にならないわね」  こちらの前線は最新型の強襲装兵とメガ・ダイバーが3機ずつ、そして戦闘車両が10 台。数の上では不利だが、2世代前の旧型機とこちらの最新鋭機では天と地ほどの性能差 がある。  何しろ、強襲装兵には戦車は通用しないのだから。実質的な相手は、運動性・戦闘力の 格段に劣る旧式の機動兵器10機のみといえる。  敵施設全域をカバーするレーダーにはこれ以外の迎撃戦力は見あたらないし、今の状況 なら大した損害もなく決着がつきそうだ。 「けど、妙じゃないかい?」  そんな会話に、指揮車の運転を担当していたリリアが割り込んできた。作戦指揮はジム と麾下の副官二人が行うだけだから暇なのだろう。 「連中だって機体に性能差があるなんて百も承知のハズだろ? それに、何て言うか… …」 「時間を稼いでるように見える?」  相手の機動兵器の反応がまた一つ消えるのを見て、私は呟いた。 「そう。それ」  けど、何をするために?  こう近接されてはミサイルなどの大型誘導兵器は使えないだろうし、強襲装兵の起動準 備にはこれほどの時間はかからない。それに、そもそもミサイルや爆撃、核などの広域破 壊兵器が戦場から姿を消してもう何年も経つ。  第二次世界大戦が終わってから50年。戦略の至上目的は『完膚無き無差別破壊』では なく、高度に機械化された『効率の良い局地制圧』へ移り変わっている。  要するに、撃ち合いではなく殴り合い。中世の戦いに退化しているのだ。  10年前の『湾岸戦争』がその最たる例と言えるだろう。この戦いでは、強襲装兵を初 めて主力兵器として運用した多国籍軍が圧倒的な勢いで敵戦車部隊を駆逐し、中東軍を行 動不能に追い込んでいる。  もちろん、建物への損害は微々たるもの。何しろ一発のミサイルも、爆撃すらも受けて いないのだから。むしろ、味方側の攻撃で受けた被害の方が圧倒的に多い。 「まあ、後はこちらの指揮官がどう動くか……ね。私達の判断じゃ、どうしようもない」  そして、私達の予測はほんの30分ほど後、最悪の結果で的中することになる……。 [10/10 AM10:00 中東某所 前線やや後方 指揮車内<the first person of LILIA>]  あー。暇だ。  ジムのオッサンは副官二人とごちゃごちゃ指揮の真っ最中だし、銃手のシグマは作戦が 始まってからずーっと黙ったまま。周囲は一面の砂漠でネインとランの警戒もあるから、 奇襲を受ける可能性も限りなく低い。  『人は簡単に死ぬ』と言うけど、警戒を怠らない限り、少々のことで死ぬことはない。  ふと、銃眼から見える2体の巨大兵器に目を持っていく。人型の強襲装兵と、昆虫…… サソリ型のメガ・ダイバー。  純粋に、でかい。 「これじゃ、戦車の立場なんてないねえ……」  かつての最強陸戦兵器『戦車』。その最強兵器を駆逐するために生み出されたのが機動 戦車猟兵『強襲装兵』で、戦車を越えるべく生み出されたのが汎用陸戦兵器『メガ・ダイ バー』。  どっちも単価が高いから戦車そのものが無くなることは当分ないだろうけど、一線級の 主力には力不足になるのはすぐだろう、ってのは分かる。  理屈じゃない。実際に、ネインのレーダーから送られてくる画面を見ればバカでも理解 できるはずだ。  レーダーに映ってる敵戦車と識別された機影。そいつらが強襲装兵に近寄られてから消 失するまで、ほんの十数秒しかかからない。  あたしも何度か現物を見た事がある。あの鋼鉄の巨人兵士が戦車を『狩る』のを。あい つらは機体の誇る運動性能を極限まで生かし、文字通り戦車を『狩る』。  メガ・ダイバーに至ってはもっと乱暴だ。戦車の火力に高い格闘力と八本脚の安定性・ 走破性を併せ持つ金属のバケモノは、見た瞬間に圧倒的な優位性を叩き付けてくる。  今回あたしらの隊に配備されてるのは、どっちの機体もそれぞれの基幹メーカー、ウェ ルド・プライマリィとダイバの最新鋭機。そんなのがどうしてこんな場末の戦場にあるの かは知らないけど、まあ向こうでも色々あるんだろう。そんな事はあたしら傭兵の知った こっちゃない。 「リリア。司令部をポイントEまで前進させる」 「ん? あー、了解。地図地図っと」  狭い車内、唐突に声を掛けてきたジムの言葉にいくつかポイントの穿たれた地図を引っ 張り出すと、あたしはオートマのギアをPからDに叩き込んだ。 ○ [10/10 AM10:00 中東生体工学研究所 <the Third Person>]  データの更新を示す軽い電子音と共に、絶望的な悲鳴が響いた。 「主任! 第三防衛ライン、突破されました!」  研究所の持つ防衛ラインは全部で五つ。第三防衛ラインが破られたと言うことは、中心 部である港湾ブロックでもあと二つ、この発令所まではたった一つのラインしかない。 「くそっ! 後少しでこの研究所も廃棄できるはずだったものを……港湾部からの報告 は!」  不機嫌に叫ぶ。  今までの時間を考えれば、発令所に敵が来るまでは15分とかからないだろう。 「まだ搬入中だそうです!」  通信官からの返答に、主任と呼ばれた男……この施設の警備主任だ……は舌打ちを一つ。  この研究所は近く新設される『東欧遺伝子研究所』に移転作業の真っ最中だった。その 移転作業のふいを突かれたのである。  データやサンプルは全て輸送艦に積み込んであるから、後は脱出すればいいだけ。施設 を丸ごと爆破させても何ら問題はない。駆逐艦クラスの武装の施されているこちらの輸送 艦なら、沖に停泊している非武装の揚陸艦など障害にもならないだろう。  だが、それも出航できれば、の話だ。肝心の輸送艦は未だ積み荷の搬入作業を終えてい ない。 「ちっ……警備班の方はどうした!?」  艦を出航させるためにはまだまだ時間稼ぎが必要だ。警備班に配備されている機動兵器 が多分に力不足なのは分かっているが、無理を承知で頑張ってもらうしかない。 「1、2班は連絡ありません! 3班は後退、4班と5班は敵と交戦中!」  1班から3班までは戦車隊。ウェルド・プライマリィの誇る強襲装兵を相手にしては、 文字通り『壁』にしかならない。  いや、戦車相手ならともかく、壁を乗り越える運動性を持つ人型の悪魔に対しては『壁』 にもならないか……。  苦虫を噛み潰す。 −ひゅぅん−  そんな時、発令所のドアが軽い音を立てて開いた。 「状況はどうですか?」  入ってきたのは、場にそぐわない白衣の男。胸に飾られた記章は、この『中東生体工学 研究所』の所長である事を示していた。 「最悪です。所長も脱出を」 「いえ、大丈夫ですよ」  緊張した発令所内、唯一開いていた指揮官席に腰を下ろし、所長は悠然と呟く。 「今港湾部に行って、『ディビリス』を起動させるよう伝えてきました」  その言葉に、一同は凍り付いた。 「『ディビリス』を!?」  この研究所にその単語の意を解さない者はない。同時に、それがどれだけ恐るべき存在 であるのかも……。  一転、静まりかえった発令所の中で、所長と呼ばれた男は言葉を続ける。 「『ザッパー』と『バスター』、そして『フェンリル』。実に10体もの『守護神』が創造 されていながら、実戦経験があるのはこれらのたった3体のみ。それも、まともな戦闘デー タが取られた個体はまだありません……これはチャンスなのですよ」  発令所のスタッフは研究者ではない。  だから、研究者である彼の言葉に理解も納得も出来なかった。彼等が分かっているのは、 『守護神』という皮肉な名を冠された存在を解き放った時にもたらされたのが……  2度に渡る『守護神』の暴走が、米国にかつてあった組織最大の研究所を灰燼に帰した という、ただ一つの事実のみ。 「皆さん、あと15分だけ持ちこたえなさい。『ディビリス』起動後には自己判断による 脱出を許可。合流地点は分かっていますね? 通達は以上です」 [10/10 AM10:15 中東生体工学研究所 港湾部<the first person of "No.8">]  ぎりぃ……という音を立てて、『扉』が開きました。  硬い物の軋みあう、私の嫌いな音。  この音が響いた時には決まって『実験』があるんです。それがないときは、『検査』。私 には『検査』と『実験』の違いは分からないけど、どっちも痛いから……嫌いです。 「出ろ……『エイト』」  扉の向こうから声を掛けてきたのは、『主任さん』っていう人。いつも白い服を着てて、 とても冷たい、背筋の凍るような目で私を見る人です。  言うことを聞かないと私の耳を引っ張ったり痛いことをするので、私は脚につながれて いる鎖をじゃらり、と鳴らして立ち上がりました。この重い鎖も私にしか付いていないの で、他の人が……あの主任さんも含めて……うらやましいです。 「ほら、こっちだよ。『テスタメント』」  あ、『サブチーフ』さんです。  この人はいつも親切にしてくれる優しい人です。同じ白い服を着てるのに、主任さんと は大違いです。  そうそう。『テスタメント』っていうのは、私の名前です。主任さんは『エイト』って 呼ぶけど、サブチーフさんは『テスタメント』って呼びます。何だかややっこしいです。 「今日は……検査ですか? それとも、実験?」  主任さんに聞くと怒られるけど、サブチーフさんはそう聞いても怒りません。  でも、今日はちょっと違いました。 「今日はね……『実戦』だよ」  サブチーフさんはちょっと眉をひそめて、そう言いました。  実戦?  私の記憶にはない単語です。 「『じっせん』って何ですか?」 「う〜ん……。『テスタメント』は知らなくても大丈夫だよ。いつもの『実験』と同じよ うにしてくれればいいだけだから。それに『ディビリス』と一緒だから、『ディビリス』 の言うとおりにすればいいからね」  いつもの実験と同じ? だったら、実験って言えばいいのに。変なサブチーフさんです。  けど、『ディビリス』と一緒なのはちょっと嬉しいです。『ディビリス』は私の『パート ナー』っていう人で、大事なお友達です。主任さんは私を呼ぶときみたいに別の名前、『シ クス』って呼んでますけど。  『ディビリス』はすごく大きいので、普段は『ケージ』って所にいるんです。だから『実 験』の時、それも時々しか会えません。少しだけここにいた『ゾディアック』みたいに、 私とおんなじ部屋ならもっとお話できるのに……。 「さ、着いたよ」  いつもと同じ、足が冷たくなる廊下をずーっと歩いて、小さな扉の前でサブチーフさん は足を止めました。 「え? でも、ここって『ケージ』じゃないですよね?」  それとも、『ディビリス』と会えるのはまだ後なのかしら? 「いや、ここで良いんだ。今日は『ケージ』じゃないんだよ。『実戦』だからね」  ふぅん。『実験』と『検査』が別の場所でやるのとおんなじで、『実戦』も別の部屋でや るみたいです。  ひゅぅん。  私の住んでる『檻』とは違う、綺麗な音を立てて扉が開きました。 「それじゃ、後は中の人の言うとおりにしてね。いつもの『実験』と同じようにすればい いから」  部屋の中を見れば、いつも『ディビリス』と一緒に『実験』をするときにいる人達です。 この人達も優しいので、主任さんみたいにイヤじゃありません。 「はい」  私はそう答えると、暗い部屋の中へと足を踏み入れました。 [10/10 AM10:20 中東生体工学研究所 港湾部第0管制室 <the Third Person>]  ひゅぅん、という軽い音を立て、管制室に通じる自動ドアが開いた。  入ってきたのは先程『サブチーフ』と呼ばれた青年だ。 「よくもまあ、あのバケモノ相手にあんなしゃべり方が出来るものだな」  席に腰を下ろすサブチーフに、主任……研究主任……が苦笑しつつ声を掛ける。 「別に好きで掛けてるわけじゃないですよ。ただ、8番はメンタルが人間に近いですから。 メンタルバランスの安定してる方が、いい結果が出るでしょう?」 「ふむ。初の実戦投入だしな。一理ある」  そう。『ディビリス』と8番……『テスタメント』に出撃命令が下されてから、既に2 0分。本営の方からも矢のような催促……いや、マシンガンのような催促が届く今、早く 起動させなければどうなるか分からない。動作が安定する努力は、最大限しておくべきだっ た。 「最強決戦兵器の試作型とはいえ、あのバケモノどもに僕達の命を預けなければならない とはね……。怖気が走りますよ」  自らの管制任務を手早く消化しつつ、サブチーフは窓の向こうを見る。  彼のいる管制室からのガラス越しに見えるのは、50mプールほどもある巨大な水槽だ。  その中に横たわっているのは、異形の怪物の姿。全高30mに及ばんとするそれと比べ れば、プールの傍らにいる少女の形をしたもの……『テスタメント』……など、豆粒も同 然だ。  『No.6 ディビリス・ガーディアン』  それが、怪物の名。  全体としては『No.8 テスタメント・ガーディアン』と同じ『ヒトガタ』と言っても いいだろう。足がアメフラシのような蠕動運動に適した形状で、右腕の関節部には巨大な 瘤があり、その先は身長に値するほどの巨大な刃が直接接合されている……その辺りを除 きさえすれば。  だが、それだけだ。  管制室にいる二人の男は、それ以上『ディビリス』を形容するのに必要な単語を持って いない。  自らの生み出したモノであるにも関わらず。 「8番の搭載は終わったか?」  ガラスの向こうでは『テスタメント』が『ディビリス』の右腕の瘤の中へと入っていく のが見えた。『テスタメント』が完全にその中へ入ると、ぱっくりと開いていた巨大な瘤 がその醜怪な口を閉じる。  そんな異様な光景に眉をしかめつつ、サブチーフはガラスの向こうへ通じる受話器を 取った。 「はい。『ディビリス』の英霊剣制御瘤との接続、完了しました。データは今……」  制御室のディスプレイにいくつかのグラフが現れたのはスタッフの言葉とほぼ同時。 「ああ、今届いた。生体グラフ、メンタルグラフ共に問題なし。6番や『十拳』との接続 も……問題ないようですね」 「うむ。電探機器への精神波干渉も十分ジャミングとして通用するな。全く、非常識なバ ケモノどもだ……」 「それじゃ、私達も引き上げます」  スタッフ達の声にあるのは僅かな焦り。まあ、臨戦態勢を整えた30mの巨大な怪物を 背中にしていれば、無理もないだろうが。 「ご苦労様。君達が退避し次第、6番を起動させる」  スタッフ退出状況の表示が全てグリーンに変わってすぐ。 「標的インプリンティング完了。英霊剣・十拳、8番からのサクイファイス・エフェクト と同調開始……制御瘤からブレード部に英霊剣の共振波、伝達しました」 「第1から第13まで拘束具解除。6番強化体……覚醒させろ!」  がぎぃん……  何かが解き放たれる重い音が響き。 −ぉぉぉぉぉぉぉぉん!−  起動した30mの巨獣は、咆吼と共にその身をゆっくりと引き起こした。
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