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3.

 橋上のオープンカフェで軽い朝食を食べながら、少年は静かに呟いた。
「それらしい様子はない……かぁ」
 少年の席はカフェでもやや奥まった場所、通りが見渡せる位置にある。見張りがてらに朝食を食べているのだが、目当ての人物が通る様子はない。
「本当に、この街にいるのかなぁ」
 向かいの席に座っていた少女が、通りの反対側を眺めながら自信なく呟いた。
「ナンナ様も後継者の連中もいるはずだよ。少なくとも、表からは出ていないし……」
 裏の出口から、それらしい人物が出ていった、という情報も入っていない。
「大丈夫だよ、エミュ。きっと見つけるから」
 力なく呟く少女の頭を軽く撫でてやり、少年はぎこちなくも笑みを浮かべてみせる。
 それに安心したのか、エミュの表情がいくらか和らいだ。
「……お邪魔だったかの」
 そこに姿を見せたのは、犬族の老爺とネコ族の少女だった。こちらも朝食の皿を手に、隣の席に腰を下ろす。
「ええ。少し」
 老犬の冷やかしに苦笑を返しておいて、少年は彼らの現状を手短に報告する。
 少年も老犬も、状況はほぼ同じ。
 進展無し、だ。
「ふむ。レアルの情報網でも掴めんとなると、今日も地道に探すしかあるまいの……」
 手がかりが一つも無い以上、できるのは最も基本的な作業だけ。
「せめて、ナンナ様が後継者に捕まっていなければ、こちらにも手の打ちようがあるんだけどね……」
「じゃな。それは祈るしかあるまいの」
 探知系の魔法でも使えれば状況は変わってくるのだろうが、残念ながら四人の中に魔術師はいない。
「もっとも、素手でウシャスに重傷を負わせた相手じゃ。そんな輩からナンナ殿を奪える者など、そうはおらんじゃろうが……」
「だね……」
 いるとすれば近衛級の騎士くらいだろうが、セルジラのサンクリフ王は外遊中。彼らも王についてビッグブリッジにはいないはずだ。
「とりあえず、まずはガイドを雇って橋の下を探してみるよ」
「うむ。儂もルティカと橋の上を洗い直してみよう」
 気分転換にもなるしね、と穏やかに笑い、レアルはカップに残っていたお茶を一気に飲み干した。


 ギルドの窓から入ってきたヒューロに掛けられたのは、ネコ娘のジニーの声だった。
「ヒューロ、お客さん来てるよ。ご指名」
「あ。ジニー、ギルは?」
「んー。今朝から街の外に出てるよ。長くなるみたいだけど、急ぎ?」
 ギルは冒険者としての経験もある優秀なガイドだ。案内の範囲が広くなり、ビッグブリッジを出る羽目になる事もたまにある。
「ちょっと用があったんだけど、いないならいいや」
 ギルにナンナの事を話しておこうと思ったのだが、いないなら話しようがない。ジニーに話すとややこしくなりそうだったので、後に回す事にする。
「じゃ、お客さんよろしくね」
 軽く手を振り、待合室を兼ねたホールへと向かう。
「ああ、昨日はどうも」
 待っていたのは片目の少年と金髪の少女の二人組。昨日案内したばかりのカップルだった。
「実は、ちょっとお願いがあってね」
 今日の二人の格好は、前回と違ってシャツにハーフパンツという軽装だ。旅行者というより、セルジラの住人の格好に近い。
「橋下街で人捜しをしたいの。キミ、下に住んでるんだよね?」
「やっぱり冒険者さんだったんスか」
 前に案内した時も、端々にそれらしい様子は見えた。
「まあ、そんなところかな」
 その時はプライベートな用事だと思って気にしなかったのだが、今回は本腰を入れて活動する、といったところなのだろう。
「ちょっと用があるんで、夕方まででいいッスか?」
「へぇ。ヒューロくんがそんな事言うなんて珍しい。デートでもするの?」
「……ジニー!」
 意地の悪い笑顔と共に話を混ぜ返すネコ娘を睨み付けた。そんな事を言うためだけに、彼女はホールに降りてきたのか。
「いいよ。君の都合に合わせるよ」
 そんな様子がおかしかったのか、片目の少年はくすくすと笑いながら少年の肩を叩いた。
「そのぶん、しっかり案内してもらうけどね」
「ええ。了解です」
 商談は、成立した。


「さる名家の令嬢でね。君に名前や外見を教えるわけにはいかないんだ」
 それが、探索を始めたレアルの最初の言葉だった。
「了解ッス」
「……いいの!? それで」
 不条理な条件をあっさりと了承したヒューロに、むしろ驚いたのはエミュの方だ。
「その手の話はよくあるんですよ」
 名家なら体裁を気にするし、商家なら仕事の評価に関わる場合がある。
 そんな時は、探索は依頼主に任せ、ヒューロは道案内と情報収集の交渉役しかしないのだ。
「物分かりが良くて助かるよ」
「慣れてますから」
 それだけ返し、ヒューロは心当たりのある場所への移動を開始する。


続劇
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