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 異変が起きたのは、それから一週間ほどしてからの事だった。
「というわけで、悪い知らせよ」
「……そうなのか?」
 珍しく真剣そうなシマネに一龍も短く言葉を返す。……が、相変わらずワラ束と馬の毛
にまみれているあたり、緊張感はあまりない。
「アンタといると調子狂うわ……スイちゃんも大変ね。こんなのが英雄で」
「そうですか?」
 小さく首をかしげるスイの格好も一龍と似たようなもの。一緒に仲良く働いていたのが
手に取るように分かる。
 似たもの同士か、と軽く笑っておいて、シマネは今がそんなのんきな会話をしている場
合じゃないことを慌てて思い出す。
「じゃない。襲われたのよ、ポザネオが!」
 一龍の傍らで息を呑む声が聞こえた。
 英雄以外は女性ばかりの存外に穏やかなこの世界で『襲われた』と言えば、相手は1つ
しかない。
 蟲だ。
 この世界の住人を犯し、蹂躙し、破滅をもたらす、相容れぬ『敵』。
 奇声蟲。
「緊急連絡があってね、回せる奏甲は全部回して欲しいって。ウチからもフォイアロート
3機と……アンタのシャルラッハに出てもらう。OK?」
 シャルラッハロートの改装は幸いなことに3日ほど前に終わっていた。その次の日に絶
対奏甲を相手の組み打ちを行い、微調整も済ませてある。出撃するのに何の問題もない。
「4機か?」
 ふと疑問に思い、呟く一龍。
 確か、この団には5人の英雄がいたはずだ。1人は自分自身、3人はフォイアロートの
3人、そして……先日組み打ちの相手をしてくれた重絶対奏甲『プルファ・ケーファ』の
英雄。
「単に運用上の問題よ。シャルラッハくらいならフォイアロート3機で運べるけどね。こ
ちらの護衛もいるし、プルファは何せ重いから」
 耳を澄ませば、既に歌姫達の声が聞こえるのが分かった。その歌声の伴奏のように響く
独特の低い駆動音は、件の重絶対奏甲『プルファ・ケーファ』のもの。他の4機の出撃を
支援するつもりなのだろう。
「そうか」
「ミーティングは10分後よ。それまでに2人とも、そのワラ束だらけの格好を何とかな
さい。OK?」


 短いミーティングを終え、絶対奏甲の操縦席に収まった一同に渡されたのは、自分たち
の腕時計だった。
「時間は合わせてあるわ。電池はさっき入れたばかりだから大丈夫だとは思うけど……。
向こうで3年くらい替えてない人は自己申告して」
 各機からの返答はない。一龍も時計の電池は半年前に替えたばかりだから、大丈夫だと
踏んでおく。
「それじゃ……あ、ちょっと!」
 拡声器を通していたシマネの声が、一瞬だけ荒れた。
 何が起こったのか一龍が把握するよりも早く、彼の操縦席に飛び込んでくる影が1つ。
「一龍さん!」
 スイだった。
 初めて一龍と共に戦ったときと同じように、彼の膝の上に身軽に腰を下ろしてくる。た
だし、あの時と違うのは、それが彼女自身の意志でという一点だ。
「一龍! アンタ、スイちゃんがいくら可愛いからって、戦場にまで連れてく気!? と
りあえず置いてきなさい!」
「……ああ言ってるが?」
 普通、歌姫は後方の安全圏で絶対奏甲の動作支援を行う。英雄の為に歌われる歌姫の歌
に距離は意味を成さないし、もっと単純に戦場が危険だから、という意味合いもある。
 どちらかと言えば、先日の一龍とスイの戦い方のほうがイレギュラーなのだ。
「……連れて行ってください」
 だが、スイは小さく首を横に振るのみ。
 一龍の膝に腰を下ろしたまま、自らの意志を固めるかのように拳を強く握りしめている。
「ポザネオには……姉様達がいるんです」
 故郷の神殿で家族も同然に暮らしてきた姉たちが、そこにはいるはずだ。
 自分のように英雄と出会えたのならばいい。けれど、それもならないまま蟲たちに襲わ
れたとしたら……?
 どうせここにいても、姉達の事が気になって一龍のサポートにはならないだろう。なら、
付いて行った方がいくらかマシなはずだ。 
「……そうか」
 重いプルファよりも軽快な駆動音が響く中、一龍はそう言っただけで操縦席の扉を閉め
た。
「ちょっとアンタ! 一龍! 何やってんの!?」
「スイが行くというのなら連れて行く。問題は?」
「あるわよ! 大アリ!」
「……行かせてやれ、シマネ」
 そんなシマネの声に割り込んだのは、肩に獲物を捕らえた大鷲の記章がマーキングされ
たフォイアロート・シュヴァルベの声だった。3機あるフォイアロートの隊長機で、この
輸送団に所属する絶対奏甲隊の長も兼ねている男だ。
「ちょっと、そんな事……」
「2人が決めたんなら問題ないだろう。それより時間が惜しい。お前ら」
 隊長の指示で、歌姫達の声と3機のフォイアロートの駆動音が少しずつ上がっていく。
 やがて6つのハーモニーが最高潮に達したとき、真紅の騎士達はふわりと空中へ浮かび
上がった。風に舞う羽毛のごとく、重量など感じさせない穏やかな動きでゆっくりと45
度のターン。
「ワイヤー確認終了。一龍、ちゃんとスイちゃんを抱えてろよ?」
 各機の両手に提げられているのは2本ずつのワイヤーだ。計6本の鋼の綱は、一龍のシ
ャルラッハの各所に繋がれている。
「……承知」
「出るぞ!」
 その瞬間、空が白く染まった。
 三騎の紅い騎士達が全身を覆うほどに巨大な純白な翼を一瞬で広げ、各々羽ばたきを一
つずつ打ったのだ。
 三重奏の羽音は周囲に鋭い疾風を巻き起こし、さらに三重奏をもう一つ。その疾風に乗
って自重だけで数トンは下らぬはずの翼の騎士達は、一気に青い大空へと舞い上がってい
く……。


 30分の飛翔に10分間のインターバルを挟み、トロンメルの空を進軍する事3時間ば
かり。
「あれが……」
 目の前に広がる海とそこに浮かぶ大きな島影を見て、操縦席のスイは小さく呟いていた。
 ポザネオ島。
 それが、その島の名前。
 この世界の統治者である黄金の歌姫とその下に位置する評議会のある、世界の中心のさ
らに中央。
 そこに今、姉達はいるはずだ。
(無事なら良いけれど……)
 そんな少女の固く握られた手に、大きな手がそっと添えられた。
「一龍さん……」
 頭上からの言葉はない。ただ、両手を包む大きな手の温かさに、握って白くなっていた
拳の力が少しだけ緩む。
「本隊の指示は、適当に遊撃しろって事だ。ってなわけで、もう1回休憩を入れて一気に
集会場に突入する。いいな?」
「了解」
 隊長機の指示に3人の英雄と1人の歌姫が答え、やがて4騎の絶対奏甲は戦場へと突入
していく。
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