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7.ルーレット☆ルーレット

 突き上げられたのは拳。
 震わすのは、叫び。
「第一回チキチキプレゼント争奪ツイスターバトルたいかいーっ! 野郎ども、くじを開けぇぇぇっ!」
 奇妙な柄の描かれたマットをばさりと拡げる晶の合図で一同が拡げるのは、先刻配られた三角くじだ。
「一番は誰と誰ー?」
 どうやら同じ番号が書かれた者同士が組になって勝負するらしい。進行を司るらしいボードを手にするハークの問いに、道場の隅の方にいた少年と少女がすっと手を上げてみせる。
「最初は維志堂くんと撫子ちゃんかぁ……」
 だが、どちらも浮かべているのは怪訝そうな表情だ。明らかにその場……というか、晶のテンションについて行けていない。
「なあ………ついすたーって、何じゃ」
「え? 良宇くん、ツイスター知らないの?」
 もともと良宇はこの手の冗談を言うタイプではない。真顔で問うているからには、つまりはそういうことなのだろう。
「知らん。宇宙人か?」
「それはベム……」
「……それも違いますから」
 真紀乃の言葉に祐希がため息と共に遮れば、良宇の傍らにいた撫子も申し訳なさそうな表情でこちらを見るだけだ。
「あの……わたしも、あまり詳しくは……」
「いいんだよ、撫子ちゃんは。悪いのは全部、こんなマイナーなゲームを持ち込んだ晶ひゃわわーっ!」
 うなだれる撫子を庇おうとするハークだが、もちろんそんな台詞を最後まで口に出来るはずもなく。
「誰が諸悪の根源ですって!」
「ちょっと、そこまでは言ってないでしょ。合ってるけど」
「…………まあいいわ」
 ハークの口元から指を離さないまま、晶はどうしようかと思考を開始。ツイスターは説明しながらプレイして面白いゲームというわけではないし……。
「じゃ、最初は次のペア……森永くんとキースリンさんにやってもらいましょっか。森永くんは知ってるわよね、ツイスター」
 微妙に表情を強ばらせた祐希の様子を見逃すはずもない。リアクションがあったということは、即ちその要因……ゲームのルールを知っているということだ。
「それでは、よろしくお願いしますね。祐希さん」
 何の警戒もなくプレイフィールドとなるシートの上に足を運ぶ自身のパートナーに、祐希の表情は冴えないまま。
「あの、キースリンさん。ツイスターって……ご存じですか?」
 周囲の様子からすると、メガ・ラニカ出身者の反応は良宇や撫子と似たようなもの。要するに、ツイスターがどんなゲームか知らないということだ。
「………さあ?」
 その予想は、案の定当たっていたようで……。
「そう……ですか」
 かといってここで断るのも不自然だ。早めに負けるのも嘘くさいし、とにかく後にツッコミの要因を作らないようにするために……。
(と、とにかく、頑張ってフォローしないと……)
 祐希も内心の決意を隠したまま、シートの上へと踏み出していくのだった。


 くるりと回るのは、進行を司るボードに据え付けられた矢印だ。ルーレットの上を軽快に回転していたそれは、やがてルーレットの一点を指して停止する。
「じゃ、次はキースリンさん、左足を赤に」
 ハークが掛けたのは、シートの上、奇妙な体勢で絡み合っている少年と少女に向けて。
「え、ええっと……左足、ですか」
「左足を赤だねー」
 シートに並ぶのは、緑黄青赤のドットの列。そして今のキースリンの左足は、赤とは真反対の緑の位置にある。
(あぅぅ……祐希さん、どうしましょう……)
 キースリンが困り顔で掛けたのは、絡み合うパートナーに向けて。
(どうしましょう……)
 今の体勢から足の位置を変えれば、キースリンは大きく足を開くことになる。
 彼女がスカートを履いているから困っているわけではない。いや、もちろんそれも問題なのだが、それよりさらに問題なのは……。
(と、とにかく、キースリンさんはスカートの中が見えないように。そう、僕の足の間を上手く通して下さい……)
(こ、こうですの……?)
 祐希の足でスカートの裾を押さえるようにして、キースリンはそっと緑のドットを細い足先で踏みつける。
 周囲が(もっと楽な体勢で通せばいいのに……)と思っているのは明らかだったが、キースリンのスカートの中を見せないように必死なのだと思っているのだろう。その事について野次を飛ばす者は流石にいない。
 それはある意味外れてはいないのだが……。
「わぁあぁぁっ!」
 その無理に保っていたバランスも、あっという間に限界が来る。
「きゃっ!」
 キースリンの上に祐希がのし掛かるような形で、絡み合う二人はシートの上に倒れ込んだ。
「あーあ。森永くん、だらしないわよー?」
「ははは………。すみません、キースリンさん……」
「いえ……。こちらこそ、ありがとうございました」
 苦笑いの祐希に、キースリンもわずかに頬を赤らめて答えてみせる。もちろんそれも、お互いの言葉の意味と、周囲の捕らえた言葉の意味は大きな隔たりがあるはずだった。
「じゃ、次は……」
 審判の晶が向けたのは、本来トップバッターとしてシートの上に乗るはずだった二人だが……。
「………破廉恥じゃ。破廉恥すぎる……」
 撫子はいつも通りだが、良宇は顔を真っ赤にして動きを止め、ただぶつぶつと口の中で言葉を転がしているだけだ。
「………良宇くんが壊れてるから、次は三番のボクと……もう一人の三番は冬奈ちゃんだったよね!」
 どうやら進行役もプレゼント争奪戦に加わる気らしい。ハークは満面の笑みでくじを掲げてみせる。
「え? 三番は冬奈とあたしでしょ」
 だがそんなハークに少し驚いた様子で返したのは、同じく進行役の晶だった。
「へ? でも、三番のくじはここに………」
 先程くじを開いた時には、確かに三番と書いてあったはず。その後で冬奈が三番と言ったのを聞いていたから、組み合わせも間違いないはずだ。
「それ五番。セイル君とだね」
「……………いや、ちょっと……え!?」
 ハークの手の中にあるくじは、晶の指摘通り確かに五番と書いてあった。縦に棒を書き加えられた跡も、他の仕込みがあった様子もない。
 もちろんハークが、女の子とツイスターが出来るチャンスを自ら手放すはずもなかった。
 なのに、手の中のくじは確かに五番。
 向こうのテーブルで黙々と料理を食べているセイルの脇に置かれているくじと、同じ番号だ。
「イカサマだ! イカサマ師がいる!」
「ツイスターの順番決めくらいでイカサマする奴なんかいないわよ。ほら冬奈! ハークくんは審判お願いね!」
 三番と書かれたくじをポケットにねじ込んで、晶はシートの上へ。それに続くように、冬奈もしぶしぶといった様子でシートの上へと乗ってくる。
「おかしいなぁ……」
 確かに最初に開いた時は五番ではなく三番だったはず。こんな技が使えるのはハークの知る限りこの場に一人しかいない気がするが、彼女があえてそんな事をするメリットも、特にはないはずなのに。
「ねえ、ハークくん」
 そんなハークに掛けられたのは、真剣な声。
「どしたの、リリちゃん」
「その五番のくじ、ボクと変えてくれないかな!」
 真剣どころか、鬼気迫っていた。むしろ目など血走ってすらいる。
「そ、それはいいけど……リリちゃんの相手って?」
 リリの気持ちはもちろん分かるし、男とツイスターなど楽しくも何ともないから、交換すること自体は問題ない。だが、相手は……。
「七番だから、ファファちゃんだよ」
「ファファちゃんか……」
 料理の置かれたテーブルでひとりジュースを飲んでいる少女を見遣り、小さくその名を呟いてみせる。
 ファファのパートナーは、あの冬奈だ。
(究極の選択だなぁ……)
 男相手のツイスターか、それとも女の子相手でも後で殺されそうなツイスターか。
 男相手も嫌だが、殺されるのももちろん嫌だ。
「ほらハークくん! 早く!」
「わかってるってば! とりあえずリリちゃん、これ!」
 シートの上で急かす晶にそう答え、とりあえず五番のくじをリリの七番と交換することにする。
「ありがと、ハークくん!」
 男相手よりは、地獄の前に天国が見られるだけでもマシだろう。
 そう自分に言い聞かせながら、ハークはルーレットの矢印を弾いてみせるのだった。


 そんな狂乱の四月朔日道場から一歩外に出れば、そこに広がるのは広い庭。
 最盛期には、道場に溢れるほどの門下生を抱えていた四月朔日家である。道場で練習するスペースの取れない門下生達が鍛錬を進められるよう、植えられた木の間も普通の庭園よりはるかに広く取ってある。
「ツイスターなんかやってられっか。恥ずかしい」
 そんな庭を歩きつつ。少年が傍らの少女に向けるのは、照れ臭そうな仏頂面。
「あ、レイジくんは知ってるんだ?」
「……前に図書館で資料探してた時にな」
 たまたま空いていたパソコンで、色々流し見ていた時のことだ。もちろんその内容のインパクトから覚えていただけで、細かいルールなどはよく知らないのだが。
「で、だ。ンなこたぁどうでも良い」
 通路に沿った飛び石の上で足を止め。
「なんでおめぇまでいんだよ! 悟司!」
 振り返ったレイジが指差すのは、やはり百音の傍らに立つ細身の姿だ。
「百音とお前を二人っきりにさせてたまるかよ。……レイジなら、そうしないか?」
「………ま、そりゃそうか」
 言われれば、分かりすぎるほどによく分かるひと言だった。
 もし同じ立場にレイジが置かれたなら、間違いなく悟司と同じ事をしていただろう。
「え、ええっと………二人とも?」
 恋敵兼親友兼戦友という少々ややこしい二人の妙なタイミングのやり取りに、百音はわずかに面食らいつつ。
「というわけでさ、百音。この際だから、この前の返事……聞かせてくれないかな?」
「え、えええ……っ!?」
 悟司の次の一撃に、今度こそ言葉を失った。
 慌てて視線を向けるのは、もう一人の少年へだが……。
「そうだな。年を越してまで引っ張りたくもねぇしなぁ……」
 飛んできたのは援護射撃は援護射撃でも、悟司のための援護射撃だ。
「あぅぅ……ま、待つって言ったのは……?」
 だが、思わず口にしたその瞬間、そのひと言はむしろ墓穴だったと気付く百音。
「そりゃ、待つとは言ったけど……クリスマスの時にでも、って言った気もするんだけどな」
 そうだった。
 確かに病院での告白の時、悟司はそう付け足したはず。
「待つにも限界ってものがあらぁな。俺も、悟司もな」
 あの時は既にレイジは病室にいなかったが、ぽつりと呟いた言葉の意味は、もちろん百音も理解できないわけではない。
 だから。
「じゃあ…………」
 百音は小さく言葉を転がし、二人の前へと向き直る。
 背筋を伸ばしても、少年達の瞳はどちらもそのさらに上に。
 この一年で、少女と少年達の差は一層増えた気がするが……慌てて思考を切り替える。
「恨みっこナシだぜ。いいな、悟司」
「……分かってるよ。それはまた、別の問題だろ」
 庭の向こう、道場から飛んでくる喧噪もわずかに途絶え。
 百音は、この二ヶ月の間に考え抜いた答えを紡ぎ出す。


 くるくる回る矢印が止まった時、その先端が指しているのは緑と手のアイコンだった。
「次は晶ちゃん、右手を緑」
「はいはーい」
 こんな事もあろうかと……そもそもツイスターを持ってきたのは彼女だから、こんな事もあろうかとも何も無いのだが……ジーンズ姿の晶は、ハークの指示にひょいひょいと軽く右手を伸ばし。
「ってちょっと冬奈! あんた、またおっぱいおっきくなってんじゃないの!?」
 触れた冬奈の胸の感触に、思わずそんな声を上げてみせる。
「ちょっ! こら、あんたが触るのはあたしのおっぱいじゃなくて緑でしょうが!」
「あててんのよ!」
「そこで言う台詞じゃない! ってか男どもは見るな!」
 顔を真っ赤にした冬奈の叫びに、男子達は思わず視線を逸らすだけ。
 しかもここは四月朔日家の武術道場、即ち冬奈のホームグラウンドなのだ。もし冬奈と視線が合いでもしたら、間違いなく命はない。
「み、見てませんよ……!」
「ちょっと、あたしが体を張ってやってるサービスシーン、見てないってどういうことよ!」
「後で殺されるサービスシーンなんて罠以外の何物でもないだろうが! 死亡フラグなんてもんじゃねーぞ!」
 レムの言葉にその場に残っていた全ての男子が深く頷いてみせるが、そんな理屈が通用する晶ではない。
「ったく、だらしないわねぇ……」
 だが。
 さらに理屈の通じない乱入者が、少女達の絡み合うシートの上に踏み込んできた。
「どーん!」
 いや、跳び込んできた。
「ひゃっ! ど、どしたのよ、ファファ……!」
「ちょっとぉー! 晶ひゃん!」
 少女達のもとに力一杯ダイブをぶちかましておいて、ファファはそのままシートに転がる冬奈にしがみつく。
「冬奈ちゃんのおっぱいは、わらひのなのー!」
 そのまま冬奈と晶の間を遮るようにその小さな体を押し込んで……。
「んぅぅぅっ!」
 無理矢理自身の唇と重ね合わせたのは、転がる冬奈の唇だった。
 まるで彼女を自らの所有物だと宣言するかのようなアグレッシブな行いに、女子はおろか、視線を逸らしていた男子達さえさすがに思わず見入ってしまう。
 シートの上。体をよじり、唇を擦りつけ合う長い長いキスのあと……。
「ん………ぷは、んぅ、ちょ、ちょっと、お酒臭いわよ、ファファっ!」
 ようやくファファから解放された冬奈の口腔に広がるのは、甘いような苦いような、アルコールの香り。
 目の前のパートナーの顔をよく見れば、大きな瞳はとろりとうるみ、頬もいつにも増して紅く染まっているではないか。
「おしゃけなんか、のんれないよぅ!」
 もちろん、ろれつの回っていないその言葉で確定だった。
「これ……。誰ですか、お酒なんか持ってきたの!」
 ファファの席の辺りに転がっていた瓶のラベルを確かめれば、それは明らかにアルコール入りのそれである。
(あれ………? この瓶…………)
 けれどそうは言ってみたものの、祐希はその瓶にはわずかに見覚えがあった。家から差し入れで持ってきたシャンメリーによく似たそのラベルは……。
(いや、でも僕が買ってきたのは、確かにジュースだったはず)
 スーパーのクリスマスコーナーで買ってきたものだし、アルコール度数も確かめた。そもそもいくら田舎の華が丘でも、明らかに未成年の祐希にアルコールを売ってくれる店があるはずもない。
 ということは……。
(…………………忘れよう。クリスマスだしな)
 幸い周囲の誰も、お酒が持ち込まれたことについて気にしている様子はない。
 恐らくはすり替えられただろう事、そしてその犯人については容易に見当がついたが、祐希はそれを心の奥にそっとしまい込むことにした。


続劇

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