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4.話を、聞いて

 魔法世界とは、時も空間も隔てた彼方の地。
 春の訪れを待つ、何も植えられていない刈田に響き渡るのは、本来ならばその世界には居ないはずの存在が放つ咆哮だ。
 黒い竜。
 天の気とマナによってのみ生まれたなら、それは天候竜と呼ぶべきだろう。けれど、マナの内に含まれる負の気の影響を受けてその身を黒く染めた竜は……そう呼ぶべきではないはずだ。
「維志堂くん! そこですっ!」
 飛行魔法を使える騎士によって無人の刈田に誘導されたそいつに向けられるのは、五メートルにも及ぶ長大な刃。
 無論、華が丘山の山頂に奉じられている神剣ではない。
 メガ・ラニカの秘儀によって複製された、精巧なレプリカである。
「おう! でえええええええええええええいっ!」
 内に封じられた魔法は、バランス制御の一つだけ。けれど幾重もの魔法によって強化された良宇の力が加われば、黒竜の鱗さえも切り裂く強力な刃となる。
「よし! よくやった!」
 良宇のカウンターに体勢を崩した黒竜を囲むのは、騎士達の構えたレリックの刃。短くも激しい戦いの後……闇に消えていくのは、黒く染まった天候竜だった存在だ。
「お疲れ様、良宇」
 そんな役目の一端を果たした良宇の肩に置かれたのは、短めの騎士服をまとった青年騎士の手だった。
「いえ。……まだまだです」
 マナと天の気によって生まれる天候竜に、死という概念はない。滅ぼされたとしても元のマナと天の気に戻るだけで、再び日が昇って天の気が高まれば、辺りのマナとの間に新たな竜の肉体を創り出す。
「マーヴァさん。この竜退治って、いつまで続くんですかね……」
 新たな肉体を得た竜にも、マナに混じった悪神の負の気は少しずつ溜まっていく。そして負の気が限界を超えれば、竜は何度でも黒化する。
「さあな。大魔女や魔法庁の研究者達も研究してはいるらしいが……」
 悪神から漏れ出すマナの流出量を増やしたおかげで、世界の崩壊は食い止めることが出来た。しかしマナの本質が封じられた神から漏れ出した力の欠片である以上、竜の黒化の頻度が増えてしまうのはある意味仕方ないことではあるのだが……。
「オレ達の仕事は、現われた竜からみんなを護る事じゃ」
「ま、そういうことだな」
 騎士の言葉に頷いて、良宇は大太刀と腕甲に掛けた魔法を解き、元のストラップへと戻してみせた。魔法の重ね掛けによる疲労か、ずしりと両肩に重い感覚が伝わってくる。
「……けど、祐希は本当に騎士を目指すのか?」
 傍らで細身の長剣を構えていた祐希は、メガ・ラニカから出向している青年騎士に荒い息を吐きながら頷くだけだ。
「軍師の方が向いてると思うんだけどなぁ……」
 判断力も知識も、この歳にしては十分すぎると言って良いだろう。経験は流石に足りないが、それはこれからの戦いで嫌でも身に付けることが出来る。
 その経験を自身のものに転化する技術も、ちゃんと持ち合わせているように思うのだが……。
「キースリンさんを守れるくらいには、なりたいですから」
「……まあ、気持ちは分かるけどな」
 キースリンは生まれながらの騎士の家系だ。さらに言えば、ハルモニア家秘蔵の神器の優秀な使い手でもある。
 そんな彼女を守れるほどの実力となると、果たしてどれだけの修練が必要なのか……。
「さて。なら竜も浄化したし、帰るか。二人とも、学校まで送ってくよ。どうせ彼女らを送って帰るんだろ」
 竜の消滅を確認し、マーヴァ以外のハルモニアの騎士達も撤収の準備を始めている。
 既にこの二ヶ月で、十度を超える出動があった。展開も撤収も慣れたものだ。
「歩いて帰るから大丈夫ですよ」
「ついでだから気にするな。それに……」
 自分の四駆の方へ二人の騎士候補生を追いやりながら、華が丘高校魔法科のOBは小さくため息を吐いた。
「好きな女に一度突き放されると…………辛いぞ?」


 壁に背をもたせかけ、レムが吐くのは長い息。
 既に体表を走る雷も、周囲にあふれ出す風もない。
「大丈夫……ですか?」
 傍らにいた真紀乃の言葉に、少年は小さく頷いてみせる。
「ああ……」
 つい先ほどまで頭を揺さ振っていた黒い気は、嘘のように消え去っていた。誰かが……おそらく、街に駐留しているハルモニアの騎士団が……黒い気の源を退治してくれたのだろう。
 瞳を閉じれば、意識の内に感じる黄金の鳳は静かにこちらを見つめているだけ。華が丘に少しずつ蓄積されていく黒い気に応じて暴れ出す事はあるが……その暴走の度合いは、蚩尤を再封印した頃の激しさからすれば比べるべくも無い。
「それに最近は、こっちの話も聞いてくれるようになったからな……」
 今はまだ、鳳の言いたい事を理解できるほどではないが……少なくとも、向こうはこちらの言葉を理解してくれている。こちらが向こうの言い分を理解できるようになる時も、レムさえ諦めなければ、いつかきっと来るはずだった。
「まあ、まだしばらくはこんな感じだろうけど………真紀乃さん」
 呟き、ゆっくりと手を伸ばす。
「これからも、一緒にいて……くれるかな?」
 先ほどの言葉と、今の言葉。
 その二つを繋げ合わせられないほど、子門真紀乃は鈍感な少女ではなかった。
「…………」
 そして、彼女の回答は……。


続劇

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