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30.定められた歴史の先へ

 辺りを包むのは、白い靄。
 全方位を白に覆われたそこは、メガ・ラニカと地上世界の狭間にある世界。
「これが……時の迷宮の中……」
 そんな場所があることは先日の陸達の件やルーナの話で知っていたが、実際に入ったのは始めてだ。
 92年頃はメガ・ラニカへの入国審査も厳しく、地上世界の学生程度では入ることも許されない。もちろん、メガ・ラニカへの通路となるゲートも同じ事だ。
「向きはこっちで合ってるんだよな? 水月」
「ええ。そうよね、ハークくん」
 既にハークはポケットからコンパスとメモ帳を取り出し、辺りの位置の確認を始めている。
「そうだよ。ちゃんとメモしてあるから、大丈夫」
 どうやら確認が終わったらしい。携帯の時計を確かめて、ゆっくりと歩き出す。
「携帯の電源が切れてる奴いるか? いれば予備バッテリー、出すけどよ」
「みんな電源切ってましたから。大丈夫です」
 92年の華が丘では通話もメールも使えないから、せいぜいカメラ代わりに使う事くらいしか用事がない。もっともそれも他の人間に見つかると大変なことになるため、携帯で写真を撮っている者はそれほどはいなかったのだが。
「召喚魔法も大丈夫だな……おし」
 自らの天馬の反応が返ってきたことに嬉しそうにしながら、レイジもハークについて歩き出す。
 そんな一同の中で首を傾げていたのは、柚子だ。
「携帯……? 何を携帯するんです? その小さいのですか?」
 ゲーム機にしても小さく見えるし、かといってコードレスフォンならば親機がないとどうにもならないはずだ。
 まさか親機がこの大きさになっているなど、1992年育ちの少女には想像もつかない。
「……まあ、細かい話は向こうに付いてからするわ」
 そもそもパソコンもそこまで一般化してない時代の相手だ。口で言っても信じてもらえないだろう。


 黒い竜の重殻が、青い空に溶けていく。
「これが天候竜の黒化ってやつか……」
 古い書物で、伝説の地アヴァロンを滅ぼしたと伝えられてはいたが……噂や伝説の類だとばかり思っていた。まさか本当に存在し、なおかつ自身の目の前に現われるなど……。
「封印を解いた蚩尤の悪意が貯まるって事は……ちょくちょくこんな事が起きるのかしら?」
 理屈の上ではそうなる。こうして倒せば、倒した悪意がどうなるのかは分からなかったが……さしむき、話の通じない相手であれば倒していくしかない。
「さあ? まあ、そうなったらこうやって倒すだけだよ」
 大剣を背中に戻し、はいりは自らの変身を解こうとして……。
「あ、ちょっと待った」
 それを止めるのは、ルーナだ。
「ちょっとさ。白いのがいる間に頼みたい事があんだけど……あたしの記憶って、消せないか?」
「………記憶を?」
 はいり達のその様子に、ルーナは変な誤解を与える発言だったと気付く。
「……柚の事じゃねえよ。さっきのゲートの場所の記憶と……あたしの子供が出来るって記憶な」
 柚子の事を忘れたいなど、そこまで彼女も弱くない。むしろ、十六年後には意地でも出迎えるつもりでいる。
「誰の子供か知らないけど、さすがにちょっと気まずいからな。……出来るか?」
 ついでに言えば、ある程度は相手の見当も付いているのだ。どこをどうやったら彼と結ばれるのかは分からないが、思考より先に手が出る彼女のことだ。ロクな事にならないのは目に見えている。
「うん。封印をするくらいなら、大丈夫だと思う」
「そうだ、はいり。私たちの成長を止める事って出来る?」
「………あ。それ、あたしも!」
 ローリの言葉に手を上げるルーナに続き、葵や菫も手を上げてみせる。
 十六年も経てば、はいり達も三十代だ。どんな姿になるか想像もつかないが……少なくとも、柚子が容易に識別出来る姿でないのは確かだろう。
「……無茶言わないの。ルーナと私だけで十分よ」
 ただでさえ、大半の者が華が丘高校の教師を目指さなければならないのだ。ローリだけならまだしも、はいりも葵も小さいままとなれば、いくら何でも不自然すぎる。
「わかった。やってみるよ」
「頼む。………ンだよ。今更なに泣いてんだよ」
 剣を構えたはいりの目に浮かぶそれに、ルーナは思わず苦笑い。
「だって……もう泣いて良いって思ったら………ふぇぇ……」
 どうやら記憶や成長を制御する前に、少女の涙を止める必要があるらしい。
「はいはい……今日は一緒に泊まってあげるから。あの写真も現像しなきゃいけないし。……みんなもいいわね?」
 もっとも、それを嗜める葵やルーナの目も、同じような状況になっていたのだけれど。


 白い世界は、どこまで行っても白いまま。
 方向と移動時間を確認しなければ、あっという間に迷子になってしまう。
「………あの。未来って、どうなってるんですか?」
 そんな中、傍らの百音にそっと声を掛けたのは柚子だった。さすがに既に変身を解き、私服姿になっていたが……一重の腕環は填めたままで、いつでも有事に対応出来るようになっている。
「どうなってるって……まあ、色々と……」
 あまりに漠然とした質問に、問われた百音も微妙な表情を浮かべるしかない。
 ファッションか、華が丘高校の事か、それとも……。
「出たら、すぐ封印を調整するんですよね?」
「……そういう事か。今、はいり先生達がゲートで大魔女達を食い止めてるから……それを何とかしてから、封印の調整かな」
 替わってくれた悟司の説明に真剣そうに頷く柚子だが、さすがにはいり先生という単語には間の抜けた「はぁ」という相槌を打つだけだ。どうしても彼女の知る元気な少女と、教師という単語が結びつかないらしい。
「ホントに大丈夫なんだろうな、ハーク」
「大丈夫だってば。確か、この辺りだって……」
 だいたいの位置と移動時間での計算だから、漠然とし過ぎていることこの上ない。もちろんこの時の迷宮では、最高レベルの精度ではあるのだが……。
「あれじゃない?」
 やがてリリが見つけたのは、白く輝く出口らしき場所。
「ここが……ゲートの出口……」
 今度の出口は、華が丘とメガ・ラニカを繋ぐ正規のゲートだ。通路の魔法も施されており、92年に出たときのように時差や場所がバラバラになることはないはずだ。
「はいり先生や先輩たち……大丈夫かな」
「祈るしかねえだろ。……ここでツェーウーに祈るってのも、微妙な話だけどよ」
 しかも、最終目的はその神様の封印の調整である。加護を祈れば逆にバチが当たりそうだったが……古代の神様が良い意味でいい加減である事を期待するしかない。
「晶ちゃん。腕環、ちゃんと持ってるよね」
「さすがに持ってるわよ」
 ハークの言葉に、晶がポーチから取り出したのは四重の腕環。ポーチの一番上に入れ、すぐにはいりに渡せるように構えておく事にする。
「なら、行くぜ!」
 そして少年達は、世界を繋ぐ門を抜け……。


続劇

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