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13.土曜日の朝に

 時の迷宮……そしてメガ・ラニカへと至る異空間の正門は、華が丘山の中程にある。
「どうなってんだ……これ」
 その入口付近に姿を見せた少女は目の前に広がる光景を目にして、それ以上の言葉を放てずにいる。
「まあ、見ての通りよ」
 少女の問いに答えるのは、細身の杖を提げた銀髪の女性。
 珍しく自身のレリックを取り出した、華が丘高校の養護教諭だ。
「それよりいいの? 柚子葉さん。魔法庁の魔女がこんな所に来て……」
「来てるのは魔法庁の魔女じゃなくて小鳥遊柚子葉個人だから大丈夫だろ。コレも使わねーしな」
 呟いたその手の中にあるのは、六角形の金属盤。
「ああ、錬金術部として来てんなら、使ってもいーのか?」
 言い直してはみるが、彼女の武装錬金は他の物以上に魔法が使えない場所でこそ意味を持つものだ。仮に起動させたとしても、マナの溢れる華が丘ではその効果はほとんどない。
「まあ、その辺りの判断が出来てるならいいけど」
 目の前の光景を後方で見守りながら、華が丘高校の養護教諭はまだその場から動こうとはしないのだった。

 華が丘高校の朝が早いのは、2008年でも1992年でも変わらない。
 県内では中の上ほどの実力とはいえ、やる気のある運動部は早朝トレーニングを始めているし、冬のコンクールやイベント参加を前にした吹奏楽部や演劇部も始業前のわずかな時間を惜しむように練習を行っている。
「じゃあ、菫さんには……」
「うん。相談したら、明日か明後日にはこっちに来てくれるって」
「そっか。今日帰ったら、電話しとこうと思ったんだけど……」
 そしてそれは、秋に至るまでの支度を必要とする園芸部も同じ事。
「あ、ローゼさん! おはようございます!」
 華が丘高校園芸部ただ一人の部員が花壇に着いたときには、既にそいつは作業を始めていた。
「やあ、早かったね」
「……先に来て作業してる奴に言われたくないわよ」
 ルーナの嫌味にもその表情を……仮面に覆われた彼の表情を伺う術があれば、の話だが……変えることなく、鍬を手にしたマスク・ド・ローゼは現われた少女達に軽く手を振ってみせる。
「………誰? これ」
 そんなローゼを指差したのは、昨日の作業にはいなかった三人目の少女。
 柚子の家に泊まっていた、葵である。
 柚子とルーナが園芸部の朝の仕事に出ると言うから、手伝いがてらに付いて来てはみたものの……。まさか、こんなドッキリがあるとは思わない。
「マスク・ド・ローゼと申します。よろしく、美しいお嬢さん」
 優雅な動作で差し出された薔薇を何となく受け取りはしてみるものの、葵の表情が怪訝の二文字から変わることはない。
 鍬を持って畑仕事をしている、マントと仮面の男だ。
 悪いヤツではなさそうだが、怪しいことには変わりない。
「昨日から、花壇の手入れを手伝ってもらってるの」
「見かけは怪しいけど、中はそれほど怪しい奴でもないぜ」
 お人好しの柚子はともかく、何だかんだで警戒心の強いルーナもいいというならそういう事なのだろう。ならば、他人の趣味をどうこう言う必要はない。
「まあ、二人が良いならいいけど……」
 見かけばかりでやる事なす事彼女をイライラさせっぱなしのパートナーの事を思い出しつつ、葵も手伝いを開始する。


 兎叶家の朝食は、昨日のパンの残りだった。
 当然ながら、賭けレースで払い出される賞金は、生徒達の出し合った額以上にはならない。さらに言えばその賞金は胴元の取り分を引いた残りを分配するわけだから、勝負の結果がどうあれ胴元には一定の額が残る事になる。
 レースが盛り上がれば、自動的に胴元の取り分も増える。
 つまり目の前のパンの山は、そういう事だった。
「じゃ、あたし達は学校に行ってくるけど、ウチは自由に使ってくれて良いからね」
 そんなパンの山から迷うことなくメロンパンを取り上げたはいりの言葉に、辺りに浮かぶのは疑問符だ。
「………学校?」
「だって今日、土曜日じゃ……」
 土曜日、である。
「土曜日だよ?」
 土曜日、なのだ。
 今日は1992年の9月26日。
 そして曜日は、土曜日だ。
 一同が情報収集の過程で確かめ、はいりにも確認を取り、ついでに居間のテレビでもチェックしたのだから間違いはない。
「…………」
 土曜日。
 2008年から16年をさかのぼるこの時代のはいり達と彼らの間に、何か決定的な認識の差がある。
「ええっと、週休二日って……」
 それに気付いたのは、チョココロネを食べていた祐希だった。
「こないだから、第二土曜はお休みになったけど……」
 週休二日が始まったのは、9月12日の土曜日から。もちろん第二土曜が試験的に休みになっただけで、他の土曜日は午前中だけとはいえ授業がある。
 だが、2008年の彼らにその認識が一切無いと言うことは!
「まさか!」
 さすがのはいりも、その意味を一瞬で理解する。
「羨ましいわね……」
 それは即ち、彼らの知る土曜日は、常に休日という事だ。
「今の会話なし! 忘れて!」
「いや、そんなの知ったところで、国の方針で決まらないとどうにもなんないから……」
 それに、ゆくゆくは週休二日になるという事は既にニュースでも流れている。十六年後の未来にそれが実現されていると言われても、実際の所は「そうなのか」程度の認識でしかない。
 しかし。
「………やっちゃおうかな」
 ぼそりと呟く少女の目は、割と本気だった。
「……そういうので力を使うのは、認めないわよ」
「じょ……冗談だよぅ……」
 釘を刺すローリに半ば本気のため息を吐いて、華が丘高校魔法科第一期生達は土曜日の授業を受けに学校へと出かけていった。
 残されたのは、2008年からやってきた魔法科の後輩達だけだ。
「さて。なら、オレ達も始めるか」
「何を? 情報収集?」
 とはいえ、今回の作戦の難関と目されていた柚子達との接触は果たしており、後は彼女たちの判断を待つだけでしかない。実際の所、これ以上集めなければならない情報というのも、それほどはないのだった。
「つっても、天候竜の資料なんざ、まだ図書館にゃ揃っちゃいねえだろうしなぁ」
 まだメガ・ラニカが開国されてほんの数年。時間を経ることで量と精度を増していく類の情報は、まだ役に立つほど蓄積されてはいないだろう。
「それもじゃが……」
 だが、言いかけたところで良宇は言葉を止める。
「どうした?」
 辺りにいるのは、2008年から来た少年少女が十三人。
 冬奈とファファは別の所に泊まっているから数えないとしても……それでも、一人足りない。
「………ウィルはどうした?」
「朝から見ないんだよ。多分、散歩か何かだとは思うけど」
 2008年の八朔の家でも、気が付けば散歩に出かけているような男だ。過去に戻れば……いやむしろ珍しい場所に来た今だからこそ、その放浪癖が発揮されるのは間違いない。
「まあええ。なら、居るもんだけでやるぞ!」
「何を?」
 問う自らのパートナーに、良宇は胸を張ってこう答えた。
「一宿一飯の恩義、というやつじゃ」


続劇

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