-Back-

8.集い、始まる物語

 長い長い坂を上り、辿り着くのは十六年前ながらも見慣れた校舎。グラウンドの向こうに見える魔法科校舎が新しいのを除けば、記憶のそれとほぼ変わりない。
「ホントに変わってないな……」
 十六年前の建物なのだからもう少しキレイかとも思ったが、大してそういうわけでもなかったりする。本来ならクレーン等を使わなければ掃除できない高所も、飛行魔法の併用で日常的に掃除できているのが効いているのだろうか。
 そんな事を考えながら本館前のロータリーまでやってくれば、そこにあるのはあのモニュメントと……。
「マクケロッグさん!」
 特徴的なバッグを背負った姿に、思わず悟司も大きな声を上げてしまう。
「あれ? 悟司くんだけ?」
「いや。みんなで来るのも何だし、先行で来ただけだよ。そっちも一人?」
「こっちも同じ。そうだ、百音ちゃんも一緒だよ」
「そっか。良かった……」
 メガ・ラニカを一人で旅した事があると聞いていたから、無事だとは思っていたが……やはり、安否が明らかになれば気持ちは随分と軽くなる。普段、いかに携帯に頼った生活をしていたかがよく分かるというものだ。
「ねえ、晶ちゃんは……?」
「マクケロッグさんも一緒じゃないのか」
 互いに揃ったメンバーを確かめていくが、どちらにもまだ明らかな抜けがある。十六人全員が揃うには、まだ幾許かの時間がかかりそうだったが……。
「水月隊員は無事だぞ!」
 その声は、唐突に頭上から来た。
 わずかにノイズ混じりの電子音声は、モニュメントの上、手足の生えた携帯から放たれたものだ。
 もちろん、この時代にそんな奴は一人しかいない。
「ワンセブン……森永か!」
 悟司が手を伸ばせば、高く高く跳躍したそいつはそこに見事な着地を決めてみせる。
「うむ。水月隊員は私たちと一緒に行動している。夕方には華が丘八幡宮の境内で雀原先生と会談を行う予定だ!」
 ワンセブンは祐希の魔法で動いている。ディスプレイ上部のアンテナピクトこそ圏外表示になっているが、行動そのものは携帯のエリアとは無関係だ。
 おそらく一度モニュメントに様子を見に来た時、連絡係として残していったのだろう。
「あれ……? 境内って……はいり先生やローリ先生じゃなくて?」
 だが、ハークが反応したのは、ワンセブンの話した内容そのものだ。
「マクケロッグ隊員は兎叶先生たちと会えたのか?」
「うん。色々あって、夕方に八幡宮の境内で話をすることになったんだけど……はいり先生と葵先生なら、話は通じてると思っていいよね」
「雀原先生は何人か連れてくると言っていた。恐らくは兎叶先生達のことだろう」
 華が丘高校時代も、二人は魔法科の同級生だったと聞いている。はいり達があの戦いの後、本当に授業を受けに戻ったのなら……授業中なり放課後なりに葵と情報交換をするはずだ。
「ねえ、ワンセブン」
 そんな話がひと段落して。
「……晶ちゃん、みんなに迷惑掛けてない?」
 ハークがぽそりと問うたのは、そんなひと言だった。
「問題ない。今の伝言は、彼女に伝えた方が良いか?」
「やめてー!」
 ワンセブンの切り返しにハークが上げるのは、本気の悲鳴。こんな事を言ったのがバレたら、どんなカウンターが来るか分かったものではない。
「すまん。『後で死なす』だそうだ」
「………やめてって言ったのに」


 放課後の花壇に響くのは、規則正しいリズムで打ち込まれる鍬の音。
 その音が止み、代わりに中庭に流れるのは穏やかな少女の声だ。
「ローゼさん。今日の作業は、この辺りで……」
 柚子の言葉に手を止めるのは、どこか不機嫌そうなルーナレイアと、白いマントをまとった仮面の剣士。
「ふむ。私はまだ働けるが?」
 授業中もする事がないからと作業していたローゼのおかげで、種まきの準備は柚子達の予想以上のペースで進んでいた。このまま夕方まで作業すれば、明日には種も蒔けるだろう。
「ごめんなさい。今日はこれから、どうしても外せない用事があるんです」
「用事?」
 ローゼの問いに、柚子は小さく首を縦に。
「はい。華が丘八幡宮で、人と会う約束が……」
「………そうか。では、時間に遅れるのは失礼に当たるな。片付けは私に任せて、早く行きたまえ」
 白い仮面の少年は白手袋に覆われた手を伸ばし、柚子とルーナに彼女たちの道具も渡すよう促してみせる。
「片付けって……片付け場所、ちょっとややこしいぞ?」
 花壇を耕したのはローゼだが、肥料などを持ってきたのはルーナ達だ。その辺りの備品の片付け場所は、ローゼには教えていないはず。
「武道場の裏だろう?」
 だがそんなルーナ達にも、仮面の剣士は穏やかに微笑んでみせるだけ。
「…………そうだけど、何で知ってる……?」
「ふっ……。私に不可能はないよ」
 なにせ十六年後も、備品の置き場所は一切変わっていないのだ。
 十六年後の華が丘高校で毎日のように通うことになるその場所を、仮面の剣士が忘れるはずもない。


 ワンセブン……祐希達と合流しているメンバーを加えれば、現在行方が判明しているのは十五人。
「見つかってないのはローゼリオンさんだけか……」
 恐らく一番最初にこの時代に着いたのは、昼前にゲートを出た祐希達だ。他の二組も数時間の内にゲートを出ているから、余程のイレギュラーに巻き込まれたのでなければ集合場所に着いていているはずなのだが……。
「まあ、大丈夫じゃない? ウィルくんだし」
「だな。ローゼリオンさんだしな」
 ハークのムチャクチャな意見に、悟司は軽く同意してみせる。
「私も同意見だ」
 ついでに、手足の生えた携帯電話も片手を挙げて同意する。
「じゃ、僕は一度、四月朔日道場に戻るよ。夕方の八幡宮にはレイジ達もいた方が良いだろ?」
 予定では商店街あたりで待ち合わせる事になっていたが、夕方のはいり達との接触には間に合わせるべきだろう。細かい打ち合わせが出来ないのは厳しいが、後は上手く立ち回るしかない。
「四月朔日道場ならボクが行くよ。悟司くんは飛べないから時間かかるでしょ」
「場所は分かる?」
「晶ちゃんと何度か行ったことがあるから大丈夫」
 既にハークは背負ったバックから黒い翼を拡げている。
 確かに徒歩の悟司と比べれば、直線を飛んでいけるハークの方が遙かに早い。レイジ達が既に商店街に向かっていたとしても、その速度なら行き違いを十分にフォローできるだろう。
「いいのか? 水月隊員はこちらにいるが……」
 おそらくハークは、晶の安否を気にして連絡役を買って出たはず。ならばそれを優先させられるのは、連絡係の数少ない特権ではないか……とも思うのだが。
「…………だから、冬奈ちゃんがいないとボク本当に殺されちゃうでしょ」
「……………」
「……………了解した」
 ぽつりと呟いたハークの言葉に、その場にいた一人と一体はあっさりと納得してしまうのだった。

 華が丘山の裏手には、山頂に至る裏道がある。
 正面の石段ほど知られているわけではないが、山を挟んで北側に住む住人達にとっては華が丘八幡宮に至るための貴重な近道だ。
「悟司くん!」
「百音! みんな! 無事で良かった!」
 大きく手を振ってみせる百音に、拝殿の裏から姿を見せた悟司も軽く手を振り返す。
 既に華が丘に先行して着いた祐希達と、華が丘川近辺のゲートを出てきた百音達のグループは、既に境内に集まっていた。後はハークが迎えに行ったレイジ達のグループと……いまだ消息が分からないウィルが揃えば、過去に来たメンバーは全員集合となる。
「………レムは? 森永から、調子悪いって聞いたけど」
 そんな中、ただ一人石段に力なく腰を下ろしている姿を見つけ、悟司は小さく声を掛ける。
「あんまり良くねえ。なんつーか、2008年の華が丘よりも空気が悪いっつーか……」
「空気はたぶん昔の方がキレイだと思うけど」
 街を歩いた感じでも、車通りは今の方が明らかに少なかった。2008年の華が丘もハイブリッドカーの割合が多いわけではないし、92年の今の方が空気は澄んでいるはずなのに。
「んー。そういうんじゃなくって、何て言うか分かんないんだケドよ。マナっていうか、プレッシャーっていうか……」
 澱んだ曇天を見上げている時のような、はたまた濁ったどぶ川を目にしたときのような……とにかく、胸の内に何か漠然とした重く暗い感覚があるのだ。それがずしりと全身を押さえつけ、正体の分からない息苦しさを感じさせている。
「天候竜が暴れるのと、関係があるのかな……?」
「そうなの?」
 先刻この石畳の上で起きたことを簡単に話しておくが……。
「そんな事があったんですか? 当時の記録には残っていませんでしたが……」
 いずれにしても、レムの不良の原因が分からない時点では判断の下しようがない。
「……とにかく、無理しないでよ?」
「ああ。分かってる」
 過去で頼れるのは、この十六人だけなのだ。変な無理をすれば、残る十五人全てに迷惑を掛けることになるのだ。
「レイジくん達は?」
「ああ。いまマクケロッグさんが迎えに行ってるから、すぐ来るはずだよ」
「ちょうど合流した所ですよ。ワンセブンから反応が」
 ワンセブンは残ったウィルのため、モニュメントの所に置いておくという意見もあったのだが……まずは当面の連絡用にと、今はハークが連れて動いている。
 明日までにウィルと出会うことが出来なければ、またモニュメントでの待機行動を行うことになるだろう。
「そうだ。ハルモニアさんがよろしくって」
「ええ。無事なようで何よりです」
 既にワンセブンはハークからキースリンの手に渡っている。もちろん無事なことも、そのカメラアイで確認済みだ。
「鷺原君。ホリン君から伝言です」
 何となく……というか、明らかにその内容は分かったが、あえて悟司は首を傾げてみせる。
「『よくも抜け駆けしやがって。美春さんとイチャイチャしてたら、後で死なす』だそうです」
 美春さんと言い換えたのは、祐希の口を通したからだろうが……もちろんそれ以外は、一言一句、悟司の想像通りであった。

 それから、少しの時間が過ぎて。
「やあ、みんな揃ってるみたいだね」
 ふらりと境内に姿を見せたのは……。
「ウィル! お前、一体どこに……!」
「八朔たちを捜して街中を走り回っていたよ。おかげでクタクタさ」
 駆け寄るパートナー達に穏やかに微笑んで、境内の隅で繰り広げられているバイオレンスな光景に目を留める。
「……あれはなんだい?」
「友情や愛情の確認ってやつさ」
 晶にボコボコにされているハークとレイジにボコボコにされている悟司の様子を「ふぅん」のひと言で軽く流し。
「ともあれ、みんな無事のようだね」
 境内に散らばるクラスメイトの姿が自分の記憶にある全員である事を確かめて、ウィルはやはり穏やかな笑みを崩さないまま。
「っていうか、探してって……。集合場所、ちゃんと決めてただろ? 行かなかったのか?」
「…………街を見て回るのも、なかなか楽しかったよ」
 聞いていなかったのか、はたまた集合場所に早く到着しすぎて暇を持て余してしまったのか。ウィルの真意は、穏やかな笑みの底に隠したままにある。
 もちろんその詳細を明かさないのは、その方がカッコイイから、であった。
「…………なあ、水月、レイジ」
「何?」
「ンだ?」
 そんなパートナーの様子に、八朔は境内の隅に声を掛け。
「俺もこいつ、死なしていいか?」
 だが、晶もレイジも、八朔の問いに答えを返すことはない。
「さて……友情の確認は臨むところだけど、残念ながらそんな事をしているヒマはなさそうだよ」
 長い石段を上がりきり、境内に姿を見せた制服姿の少女達を目にしたからだ。
 百音達の出会った、はいりとローリ。
 祐希達の出会った、葵。
 2008年とほとんどその姿を変えていない、ルーナレイア。
 そして残る一人が……大神柚子だろう。
「…………はいりさん」
 向こうもこちらの姿を認めたのらしい。
 はいり以外の四人は硬い表情を崩さないまま。境内からわずかな距離を置き、少年達に声を投げかける。
「話……聞かせてくれるかな?」
 そして。
 最初の会談が、始まった。


続劇

< Before Story / Next Story >


-Back-
C-na's 5th Dimentional Labyrinth! "labcom.info"
Presented by C-na.Arai