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5.ドラゴン・スロウアー

 ゲートの裏口を出て、彼らが向かったのは山の周囲ではなく、山の上。
「違いが分かんねぇな……。ホントに昔に来たのか?」
 華が丘山の頂上から見える光景は、いつも境内から見ていたそれと同じように見える。
 降松の発電所の煙突も、工場地帯も、その先に見える海も……レイジの記憶にあるそれと、何一つとして変わりない。
「かなり違ってるぞ。あそこ見ろよ」
「…………おお」
 悟司の指差す方向を見れば、住宅街に埋もれるようにして何やら建設中の巨大な建物が見えた。レイジの記憶に照らし合わせれば、そこにあるのは……。
 降松の、ショッピングモールだ。
 言われてみれば、確かに街の資料でモールの営業開始は93年とあった。
「伊達に生まれてからずっと住んでるワケじゃないよ」
 今更ながらに過去に来た実感を得ていると、社務所の方から二人の少女が戻って来る。
「あ、冬奈さん、ファファさん! いかがでした?」
「とりあえず宮司さんに聞いてきたけど、今日は92年の9月25日だって。時間も合わせてきたわよ」
 そう言ってキースリンに渡したのは、自身の携帯だ。既に時計は合わせ終えているらしい。
「25日……。みんな、学校に着いてるんでしょうか?」
 キースリンの時計を横から覗き込みつつ、真紀乃も携帯の時計を修正する。92年の年設定は携帯が対応していなかったから、さしあたり時刻と日付だけ合わせておくことにする。
「昼間から行っても怪しまれるだけでしょ。しばらく商店街で旅行者のフリするか、ここで時間潰した方が良くない?」
「冬奈ちゃん」
 困ったようなファファの声に、冬奈も半テンポ遅れて真紀乃達の言葉の本当の意味を理解する。
「あ……そういうことか。ゴメン」
 冬奈がゲートから出てきたとき、手を繋いでいたファファが側にいた。けれど、真紀乃もキースリンも、パートナーの行方は知れないまま。
「謝る必要なんてありませんわ」
「まあ、四月朔日の言うことも一理あらぁな。良宇なんざ、少々のことでへこたれる奴じゃねえし」
 それより心配なのは、むしろ悟司のパートナーの事だ。悟司も口にこそ出さないが……先ほどの冬奈のひと言に表情がしっかり変わっていたのをレイジは見逃してはいなかった。
「レムレム、大丈夫かなぁ……」
「あいつも意外と丈夫だぞ。信じろって」
 魔物の封じられた双刀も、最近は大きな動きはないと聞いている。
 それに、非正規のゲートを出たときの誤差は最大でも数時間前後と図書館で読んだ資料にはあった。集合場所は決まっているのだから、タイミングさえ間違えなければ今日明日中にはここにいないメンバーとも合流できるはずだ。
「……それにしても、神社は全然変わってねえな」
「そりゃまあ、千年以上建ってるワケだしねぇ」
 もちろん千年の間に何度も建て替えられているのだろうが……それでも十五年ほどであれば、誤差のうちにも入らないのだろう。
「あ、天候竜!」
 そんな事を話していると、唐突に放たれるのはファファの声。
「そっか。まだこの時代だと、天候竜もちゃんといるんだよなぁ……」
 92年に来る直前、2008年の華が丘から天候竜の姿は消えていた。華が丘高校のモニュメント崩壊の影響を受け、マナのバランスを崩したのだと聞いていたが……。
「……………あれ? なんか、降りてきてません?」
 真紀乃の言葉に我に返れば、そこに見えるのは徐々に高度を下げてくる天候竜の姿。
「………っていうか、下がりすぎてねえか!?」
 やがて響くのは。
 巨大な体躯を石畳の上に着地させた時に放たれる、重い衝撃だ。


 歩き慣れた長い長い坂を上り。
 やがて辿り着くのは、記憶のそれよりほんの少しだけ新しい校舎の群れ。
「良かった……学校は、いつも通りだ」
 見飽きたはずの校門すら、今日だけは見るだけで嬉しくなってしまう。
「あんまりじろじろ見ないの。不審者って思われるでしょ」
「在校生なのに……」
「在校生って言ってもまだ入学してないんだから」
 自分で言っても明らかにおかしな言葉だが、事実なのだから仕方ない。彼女たちがこの学校の関係者となるのは、まだ十六年の時を待たねばならないのだから。
「誰も………来てない」
 2008年では破壊されたモニュメントも、まだ健在。
 しかし、集合場所に指定されたその場所に、知った姿は見当たらなかった。後ろに回ったセイルも首を振っているあたり、何らかの伝言やメモの類も置かれてはいなかったらしい。
「そっか……。祐希、何やってるんだ?」
 祐希が手の内に握り込んでいるのは自身の携帯だ。そして口の中で何やら呟いているのは、八朔にも聞き覚えのある呪文だった。
「いえ。確かによく見たら、変わった魔力の流れがあるなと」
 どうやら授業で習った基礎の魔法で、モニュメントの周囲の魔力を確かめていたらしい。
「へぇ……。やっぱり何か凄い装置なんだ」
 はたから見たら意味不明のそれも、高度な魔法装置と考えればデザインの一つ一つに何やら意味がありそうに見えてくる。
「つか、よく覚えてたな。魔法感知なんて」
 基礎中の基礎の魔法だし、効果も魔法のあるなしを感知するだけだ。特に使いどころが見つからなかったため、着スペルに仕込むこともなくそのまま忘れていたのだが……。
 何であれ、使いどころというものはあるものだ。
「そこの君たち! 何をやっているの!」
 そんな八朔達に飛んできたのは、魔法科一年……それも、B組の生徒にとっては聞き慣れた強い声。
「葵先生………?」
 無論、現われたのはいつもの女教師ではない。
 華が丘高校の制服に身を包んだ、晶達と同じくらいの年格好の少女だ。
「葵………先生?」
 少女は勝ち気そうな眉をひそめ、呼ばれたその名を繰り返してみせる。先生と呼ばれることなど、宿題を見せる時やテスト前くらいしかないはずだが……。
 しかし、本当の問題はそこではない。
「あなた達、なんであたしの名前を知ってるの? 見覚えのない顔だけど……」
 近くの学校でも見ない顔だ。数名の集団なら、そのうちの一人くらいは葵にも見覚えのある顔がいるものだが……今日に限っては、それさえもない。
「え、ええっと………」
 そしてそんな状況で晶が取り出したのは……。
 2008年にはいりから渡された、四重の腕環。
「え………? あなた、何でそれを………」
 それを目にした葵は、反射的に三歩の距離を取り。
「まさか!」
 晶達に叩き付けられたのは、友好どころか警戒と敵意がむき出しの視線だった。


 長い石畳を砕くのは、蒼天色の竜鱗だ。マナと天の気によって構成された躯をゆっくりと巡らせて、やがてその動きを止めた先にあるものは……。
「何やったんだ、ハニエ!」
「な、何にもしてないよぅ!」
 ただ、空を舞う竜を眺めていただけだ。魔法はおろか、言葉の一つも放っていない。
「目を合わせたとか……」
「そ……それは、あるかもしれないけど……」
 とはいえ、天候竜は遙か彼方を飛んでいた。これだけの距離を隔てていてなお目が合ったから襲ってくる天候竜など、メガ・ラニカでも聞いた事がない。
「そんな、犬じゃないんだから……」
 軽口をたたき合いつつも、巡らせるのはこの場を逃げ切るための思考である。飛べる相手を前に全力疾走などものの役にも立たないだろうし、いま飛行魔法が使えるのは冬奈とファファの二人だけ。
(壁紙は使えねえし……ポータル、使っちまうか……?)
 携帯の電源を切っている今、壁紙エピックは起動に時間が掛りすぎる。ポケットには手持ちの魔法を書いた呪符をいくつか用意していたが、それも無限にあるわけではない。
 1992年に来たばかりで使い切ってしまうような真似は、出来る事ならしたくはなかったが……。
「どうした、ハルモニア」
「いえ、草薙が……」
 構えたキースリンの指先には、召喚を行うための図形が既に描かれていた。けれど、本来なら即座に反応するはずのそれも、はるか時を隔てた92年の華が丘では発動さえもしないまま。
「やっぱ、そっちの召喚も使えねえか……。トビーもダメだったし……仕方ねえ、とにかく散らばって逃げるぞ!」
 レイジのその叫びを理解したのか、はたまた動く目標に反応しただけなのか。石畳を蹴り、その巨体を加速させ始める天候竜に……立ちふさがるのは、二つの姿。
「時間を稼ぐ! みんなは早く逃げて!」
 周囲を舞うのは四発の銀弾と、人型の小型メカニック。
 だが二つの中遠距離用レリックも、迫り来る圧倒的大質量の前ではいかにも力不足に見えてしまう。
「おめぇらも逃げんだよ! 百音に言い訳なんかしたかねぇぞ俺ぁ!」
 決死の覚悟で構えを取った悟司と真紀乃の襟首を掴み、レイジは恐怖心が叫ぶままに全力でその場から走り出す。
「天候竜か……」
 そんな逃げ出す一同の先にあるのは、一人の姿。
 長身の女性だ。
「に、逃げてくださいっ!」
「ちょっと抱えていてくれ。落とさないようにな」
 慌てるファファとは対照的に、落ち着いた様子の女性は抱えていた包みを目の前に来たファファへと預け。
「ふぇ……?」
 そこからさらに踏み出すこと、二歩、三歩。
 四歩目でレイジ達とすれ違い、五歩目で冬奈を後ろへと。
 六、七、八歩を無言で進み。
「あ、危ないで………」
 九歩で右手を差し出して。
 十歩目に、迫る巨体に接敵する。
「て……天候竜を………」
 音はない。
 ただ、十メートルに及ばんとする巨大なそれが、前へと進もうとするそのベクトルを強制的に意図せぬ方向へと書き換えられ、大きな放物線を描き宙を舞う。
 それだけだ。
「投げ……た……………?」
 その光景を見るのは、実際の所初めてではない。
 その時はエピックとレリックのサポートがあっての事だったが……今度のそれは、ただ相手の動きを捌く右手の動き一本によるものだ。
「今のうちに下がれ!」
 どおん、という音に弾かれるように、少年達はその場から慌てて逃げ出すのだった。


 葵の右手にあるのは、一重の腕環。
 それは晶の持つ四重のそれを、ちょうど一つだけ切り離したような形状を持っている。
「…………はいり? 無事!? 生きてる?」
 葵はそれに語りかけるようにしているが、腕環からそのまま声が聞こえてくる様子はない。
 恐らくは腕環を持った相手にだけ声が聞こえる、通話用のレリックなのだろう。
「どしたの? ブランオートくん」
 ふと気付けば、晶の持つ腕環をセイルが無言でじっと見つめている。レリック加工の心得を持つセイルとしては、初めて見るレリックは気になる物なのだろう。
「…………レリックじゃ、ない」
 レリックとは、ホリックという加工魔法を用いて作り出された魔法のアイテムを言う。ならばこの腕環は、別の体系や系統の魔法が封じ込められているという事なのだろうか。
「へぇぇ……」
 とはいえ晶も魔法の開発史にそこまで詳しいわけではないから、適当な相槌を打つしかなかったのだが。
「そう。ローリも一緒なのね。ならいいわ。鈴もあんたのぶん以外、複製したりしてないのね? ……わかった」
 終話のボタンを押すこともなく、はいりとのやり取りは終わったらしい。
「あの………お話が……」
「………いいわ。話を聞きたいのはこちらも同じだし」
 相変わらず、葵と晶達の距離は縮まらないまま。けれど、少なくともすぐさま敵になるわけではないと判断したのだろう。葵の表情からは、先ほどの強烈すぎる敵意と警戒のうち、敵意だけは納められている。
「けどこれからあたし達、授業なのよね」
 正門から見える時計は、既に昼休みの終了が間際であることを示していた。どうやら基本的な時間割も、十六年の昔から変わっていないらしい。
「なら、華が丘八幡宮に夕方、というのはどうですか?」
 ある程度の人数が集まっても問題がなく、さらに異邦人である祐希達が周囲から何も言われない場所と言われれば、思いつくのはそこだけだ。
「こちらはもう三人か四人行くと思うけど……構わない?」
 恐らくはいりや、柚達だろう。用事のある相手が集まってくれるというのだから、問題などあるはずもない。
「はい。こちらも何人か増えるかもしれませんが……」
「……構わないわ。じゃ、予鈴鳴ったから、後でね」
 そう言い残し、十六年前の雀原葵はぱたぱたと校庭の端へと駆けていく。
 そこにあるのは、見慣れた……そしてそれより少しだけ新しく見える、魔法科棟の姿だ。
「まずは、当初の目的達成………なんですかね?」
「とりあえず、アポは取れたわけだしね」
 ともかく、事態が進展したことには変わりない。
 ならば次に彼らがするべきは、放課後までに残りのメンバーと合流することだ。


続劇

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