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28.わたしたちが できたこと

 戻ってきた世界に響くのは、魔法の炸裂する戦いの音だった。既にレイジのエピックは効果を失っており、一帯が乱戦の場と化していたのだ。
「大丈夫かい? みんな」
 そんな中、結界世界から戻ってきた一同に駆け寄ってきた姿がある。
「美輪ちゃん先輩……?」
 二年の佐倉井だ。
「佐倉井くんが、有志の助っ人を集めてくれたのよ。はいり達は忙しいみたいだったから、引率は私とルーニちゃんがね」
「まあ、そういう事だ」
 美輪に遅れてやってきた菫の言葉に、ルーニも平たい胸を偉そうに張ってみせる。
「ほら、やるべき事があるんだろ! ここは俺達に任せて、先に行くんだ!」
 だが、美輪のその言葉に誰もが微妙な表情のまま、無言で視線を交わし合うだけだ。
「……なんかそれ、死亡フラグっぽいです」
 ぽつりと漏れた誰かの呟きに、さすがの美輪も言葉もない。
「だからそんなカッコつけた台詞なんか言わない方がいいって言ったでしょう?」
「……そんなことひと言も言ってないよな! ロベルタ!」
 そんなやり取りに笑いが弾け。
 ひとしきりの笑いが収まった後、少年達はゲートへと走り出す。


 巨漢の背後から掛けられたのは、穏やかな少女の声だった。
「あ、あの……。維志堂さん」
「うお……! な、なんでここに……っ!?」
 そこにいたのは、いるはずのない少女。
 遠野撫子。
 彼女もまた、佐倉井の有志に加わった一員だと言うのか……。
「ここは危ないぞ? 大丈夫なのか?」
 だが、良宇の問いにも撫子は首を傾げるだけ。
 実際の所、彼女の錬金術部としての基準では、そこまで危険な場所でもないのだが……さすがにそんな裏事情まで良宇が知るはずもない。
「むぅ……送ろうか?」
 空を飛んで逃げるなり、レイジのように転移魔法が使えるなら大丈夫だろうが……。
「君が帰ったら意味ないだろ? 遠野君は僕たちがちゃんと守るから、安心して行ってきなよ」
「玖頼先輩………」
 撫子を守るように姿を見せたのは、茶道部の上級生だった。彼もまた、部員の事を心配して応援に来てくれたのだろう。
「………頼んます」
 確かに、護衛としての実力は折り紙付きだ。彼がいるなら、撫子も安心して家に帰れるだろう。
「無事に……帰ってきてくださいね」
「…………おう。大丈夫じゃ」
 見上げる少女に穏やかに言葉を掛けて、良宇はゲートへと走り出す。
「………はい」
 既に他のメンバーも次々とゲートへと辿り着いている。
 前衛たる良宇が遅れるわけには、いかないのだ。


 ゲートへ向かおうとする晶達に掛けられたのは、はいりからのひと声だった。
「そうだ、水月さん。これ」
 差し出したのは、四つの細い環が重なり合ったブレスレット。先ほどまではいりの腕に付けられていたものだ。
「これは……?」
 普段のはいりはアクセサリの類を付けない。そんな彼女がわざわざ付けているのだから、相当に大事なものなのだろうが……。
「これを昔のあたし達に見せれば、協力してくれるはずよ」
「ちょっと、はいり!?」
 この流れで言うなら、蚩尤を封印したという五人……はいり自身と葵、ローリ、菫………そして、柚子という事だろう。
「先生達には……今の事情を話してもいいんですか?」
 だが、それは歴史を変えることにはならないのか。
 晶だって、タイムパラドックスという言葉くらい知っている。
 過去に戻るということは、過去の歴史を変えること。もちろん、柚子を連れて来る事も、タイムパラドックスを起こす可能性は十分に……いや、むしろそれを厭わずに行動すると言った方が正しいのだが。
「あと、ルーナちゃんにもね」
「ちょっと、はいり!」
「あたし達に出来るのは……これで、精一杯だから」
 晶の言葉に静かに頷き、快活な女教師はぽつりと呟いてみせるだけ。
「ごめんなさいね。あたし達の敷いたレールに乗せるようなことをして」
「じゃあ、こないだの裏口での戦いも……」
 そして、陸が十八日の出発に執拗にこだわっていたのも……。
「そう。今日、この時間にみんながここを通るという事実が、私たちの歴史には必要だったの」
 わずかなズレが、新たな歴史を作り出す。そして変わった流れに乗ってしまえば、もう二度ともとの流れに戻ることは出来なくなる。
 十月十八日の未来からやってきた彼女たちと出会ったはいり達の未来に戻るには、同じ十月十八日の未来から旅立たなければならないのだ。
「なら、教えてくれれば良かったのに!」
 そうすれば、こんなに苦労することも、激しい戦いに身を投じることもなかったはず。
「……それで満足か? 俺達の言葉に従って……敷いたレールにただ乗ってるだけで、本気で過去に戻ってあの子達を救いたいって思ったか?」
「…………」
 陸の言葉に、晶は返す言葉も見つからない。
「確かに、仕掛けたのは俺達だけど……ここまで来たのは、お前ら自身の判断だろ? それは、見てきた俺達が保証する」
「…………陸さん」
 呟き、撫でるのは小さなセイルの銀の髪。
「………任せたぞ、リリのこと」
 そして、セイルと晶も、ゲートへと走り出す。


 ゲートへと消えていく友人達を見送っているのは……ただ一人、レムだった。
「ソーア君」
「雀原先生……」
 見上げる少年の肩を叩き、ゆっくりと押し出してやる。
「あなたも行きなさい」
 戸惑うレムにわずかに考え、穏やかに言葉を紡ぎ直す。
「いえ……あなたも行くことに、意味があるのよ」
「だって、俺……」
 レムの携帯には、いまだ双の刀がぶら下がったまま。もちろん、その刀を手放すつもりはないが……かといって、暴走の危険が無くなったわけでもない。
「どう? まだ、キュウキは暴走しそう?」
「…………分かりません」
 それが正直な感想だった。
 先日のゲートでの戦い以来、双空は落ち着いたのか、暴走しそうになる気配は感じられないが……。
「なら、すぐに暴走しそうじゃないって事ね。……大丈夫。行きなさい」
 軽く背中を叩かれて、思わず前へと一歩、二歩。
 そこで腕を捕まえたのは、パートナーだ。
「レムレム! 行きますよ!」
 そのままレムが答えるより早く、少女は少年を連れてゲートへと飛び込んだ。


 はいりが上着のポケットから取り出したのは、一枚の写真だった。
「何? 持ってきてたの?」
 覗き込んだ写真に、葵は思わず苦笑い。
「ええ……。これで、あたし達の出来ることは全部やったなぁ……って」
 写真の中で笑っているのは、若い頃のはいりと葵、ローリと菫、柚子とルーナレイアの六人と……華が丘高校一年の、十六人。
 もちろん第一期生ではない。2008年入学の、第十六期生の面々だ。
「まだでしょ」
 その写真をはいりの胸ポケットに押し込んで、葵はその肩をぽんと叩く。
「ここからは、大人の責任を果たさないと」
「あたしはまだ子供なんだけど!」
「……あんたは教師の責任を果たしなさい」
 混ぜっ返すルーニの頭を小突いてやれば、ちびっ子教師は辺りに並んでいた錬金術部の面々に平たい胸を張ってみせる。
「というわけで、ここにいる連中は裏事情全部知ってるから今から錬金術使い放題な」
「後で高木先生に怒られません?」
 そんな事知るかと呟いておいて、ルーニが手櫛を突っ込んだのは金に輝く己の髪だ。
 大きく一度梳いてみせれば、その勢いで広がる髪が……その勢いを加速度的に増しながら辺り一面に広がっていく。
「……何か、凄まじく悪役になってないかい? 私ら」
「気のせいでしょ」
 苦笑する大魔女達に掛けられるのは、くすくす笑うはいり達の声。
「安心しろ。もともと悪役面だから」
「………いい加減、ぶち殺されたいみたいだね」
 くすくすどころか大爆笑の陸に大鎚を構える大ブランオートだが、その傍らに小柄な姿が進み出る。
「安心して。あれはあたしがぶっ殺すから」
 もちろん、ルーナレイアのミスリルの鎚は起動済み。初撃で致命傷を食らわせる気も十分だ。


 一触即発の空気の中。
「あ、あの……近原先生」
 後衛に下がっていた撫子が声を掛けたのは、やはり後方で様子を見ていたローリだった。
「ああ、安心なさい。年下には興味ないから」
「ふぇぇ……っ!?」
 あまりにもあっさりとした決着に、撫子は脱力するより先に赤面してしまうだけだ。
「とはいえ、鈴も無しに大魔女三人に勝てるの? はいり」
 一同を取り囲むのは、魔法庁の魔法使い達と、メガ・ラニカの誇る大魔女だ。ギースたちハルモニア騎士団と仮面の剣士はいつの間にやら姿を消していたが、それでも相手の数はこちらに比べてはるかに多い。
「さあ? この先の歴史は知らないしなぁ」
 菫の言葉にはいりは苦笑。
 はいり達が断片的にでも知っていたのは、十月十八日に彼女たちの生徒達が旅立った、という事だけだ。
 彼らが過去の世界から無事戻れたのか……そして、戻った先ではいり達が無事でいるのかも、定かではない。
 だが。
「帰ってきた子達に、お帰りなさいって言ってあげたいじゃない?」
 呟き構える大剣の鈍い音と同時。


 戦いは再開する。

 天候竜さえ空から姿を消した世界に、残された魔力は……ほんの、わずか。


続劇

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