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26.敗北の彼方に

「聞いたよ。マーヴァくんに一本、入れたんだって?」
 呑気な語り口ではいりが取り出したのは、二つのストラップが揺れる携帯だ。
 剣と箒。
 実のところ、彼女のレリックはそれほど高価なものではない。格付けで言えば、おそらく一年生の持つどのレリックよりも劣るだろう。
 故に、そのレリックを最強の武器としているのは……純然たる、彼女の技そのものだ。
「…………有効じゃ」
 対する良宇は、既に拳を構えている。
 躍動する筋肉を覆うのは、白く輝く腕甲。
 それは、習作と言えメガ・ラニカ最高のホリック使いが創り上げた逸品だ。
「そういう謙虚な所は嫌いじゃないけど……」
 踏み込むはいりの手のひらの中。携帯が身ほどもある大剣へと姿を変えるのは、一瞬だ。
「その程度の力じゃ、誰も守りきれないよ!」
 大剣の、抜き打ち。
 長剣並みの剣速と大剣の重量を併せ持つ非常識な斬撃に、力自慢の良宇ですらインパクトの瞬間わずかに身を浮かせ、そのまま吹き飛ばされそうになる。
「守りきってみせる!」
 踊るような鋭いターンに、重量級の大剣さえ柳の葉の如く扱うパワー。剣速はさらに勢いと加速を増し、続けざまの斬撃は良宇の身体をヒットの度に浮き上がらせていく。
「維志堂くん!」
 浮いたところに鋭い蹴打。
 予想外からの打撃に良宇の巨体が吹き飛んで……。
「……だから、男を守る趣味はないって言っただろ」
 それを受け止めたのは、柔らかな風。
 良宇もセイルも、ハークが割り込めば邪魔になるだけだ。それが故に、ハークはローリの動きを見守っていたのだが……。 
 ローリもはいりの動きを見ているだけで、動き出す様子がない。
「……助かった、ハーク」
 風のガードを受け、ゆっくりと着地する良宇だが……連続斬撃の衝撃が体中にダメージを残しているのだろう。地面に足を付くなり、がくりと膝を折ってしまう。
「リリ!」
「うんっ!」
 慌てて駆け寄るリリと晶が治癒魔法を展開するが……外傷ならともかく、甲冑越しに徹された内部に及ぶダメージだ。ファファならともかく、リリと晶の魔法でどこまで癒しきれるものか……。
「…………」
 ハークの視線があるからではないだろう。
 だが、ローリはおろか、はいりさえも追撃を掛けてくる様子はない。
(はいり先生は『まだ』って言った。なら………)
 それは果たして、『いつ』なのか。
 そして今の時間も、その『いつ』に繋がっているのか……。


 白い地面を削り、掻きむしって駆動するのは、小さな少年を乗せた巨大な戦鎚だ。ハンマーヘッドを車輪代わりに一瞬で間合を詰め、その加速力をもって打撃を振るう。
「まだまだだね……セイル!」
 だが、対する老女も大魔女の名を与えられた使い手だ。懐から取り出した小槌を構え、数百倍近い質量差があるであろうセイルの打撃をあっさりと受け止める。
「…………まだっ!」
 叫びと共にセイルの頭から飛び出したのは、狼の耳。
 同時に小さな身体が大ブランオートの視界から掻き消えて。
「ほぅ。そこまで至ったか。その年でそこまで行ける奴は、なかなかいないと思ったが………」
 視界の外から叩き付けられたハンマーを、ぐるり身を廻して打ち返す。
 質量差を掻き消し、自身の打撃の数百倍の衝撃を打ち返すレリックだ。そのカウンターを受けてなお、体勢を崩さないのは見上げたものだが……。
「…………まだ………っ!」
 いつの間にか生えていた狼の尻尾が、ばさりと二つに爆ぜ割れて。
「ほほぅ!」
 老女の腕に伝わるのは、先ほどの半獣化を遙かに凌ぐ重打撃。腕が軋み、抜けた衝撃が彼女の背後に亀裂と破壊を走らせるが……。
「やるじゃないか! セイル!」
 小槌を構えた老女が放つのは、快哉の声。
 嵐の如く戦鎚を振り回し、最大級の一撃を叩き付けようと迫るセイルに向けるのは……。
 身ほどまでに巨大化させた、戦鎚の豪撃だ。
「ああああああああああああああああっ!」
 セイルの最大の一撃と、超重量のハンマーヘッドの数百倍に及ぶ衝撃が。
 正面から、ぶつかり合う。


 ルーナレイアと拳を交えるのは、真紀乃。
 だが、彼女たちの中で戦えるのは真紀乃だけ。
「ハニエさん………」
 故にファファとレムの元へと近寄ってきた大魔女を遮れる者は、誰一人としていなかった。
「大クレリック………」
 呟くファファを包むように流れるのは、鋭く迅いメロディだ。防御魔法など大魔女を前に何の意味も持たない気がしたが、それでも何もないよりはマシなはず。
 大魔女はそんなファファとレムの前で、静かに膝を折り……。
「なるほど。この怪我は、貴女の治癒魔法だけでは治せないわね」
 そっと触れたのは、レムの折れた左足。
 何らかの魔法を発動させたのだろう。ギプスにそっと指を走らせれば、グラスファイバー製のそれは薄紙の如く容易く切り裂かれていく。
「…………はい。パパなら、きっとすぐに治せるはずなんですけど」
 それは、術式も、効果のほどもよく知った魔法だ。けれど、まだファファの力量では十分な効果を発揮させることが出来ずにいる。
 むしろワンランク下の魔法の方が、魔法としての効果は高い有様だった。
「本当に出来ない?」
 だが、大魔女が呟いたのはそんな問い。
「貴女はそれに気付かない子ではないでしょう。今覚えている魔法の全てが、通じない?」
 レムの折れた足は、はたから見ただけでは折れたと分からないだろう。それだけ患部の処置が徹底している証拠だ。
 そして、それに対する最初の処置を行ったのは、ファファだと彼女は聞いていた。
「その力も……既に貴女は持っているはずよ?」
「………!」
 大魔女の言葉にファファが取り出すのは、身ほどもあるレリックの杖。夏休み、メガ・ラニカに戻ったときに両親から受け取った、ファファのもう一つの力。
「え、ちょっと、ファファさん……何を……っ!」
 構える杖が機械音を放ち、それと同時に機構の根本から二つの短筒が連続で排出される。
 その音と共にファファが紡ぐのは、聞いたこともない抑揚の呪文。
 それに応じた長杖が連なるメロディを詠唱し。
 さらに重ねるようにファファが紡ぐのは、いつもの治癒に似た柔らかな呪文。
 そして……。
「ぐ……ぁあぁ………っ!?」
「レムレムっ!?」
 白い世界に響き渡るレムの叫びに、真紀乃は思わず動きを止めた。だが、そこに来るかと思われた追撃は来ることはなく……。
「我慢なさい。骨組織の再生は、少し痛いわよ」
「ちょっと、大クレリック! 何を……」
 そう言い残して静かに戻ってきた大魔女に、ルーナレイアは呆れたような顔をしているだけ。
「治癒術士として、傷付いた者を放っておけなかっただけよ。あれが終われば……フランとの盟約通り、あなた達に力を貸しましょう」
 呟き、取り出すのは自らの長杖だ。やはりファファのそれと同じように、機械的な外装が施されている。
「レムレム、ファファちゃん、大丈夫!?」
 どうやら、強力な治癒魔法だったらしいと察したものの……真紀乃は荒い息を吐いている二人におずおずと声を掛けてみる。
「ああ。ファファさんのおかげで……」
 折れていたはずの左足に、違和感はない。何度か踵で地面を叩いてみたが、骨に響くような感覚も残ってはいなかった。
 治った後はしばらくリハビリかとも思ったが、萎縮した筋肉も再生の効果を受けたのか、それも必要ないようだ。
「うん……ちょっと、疲れただけ」
 元気そうなレムの様子を見て、ファファも柔らかな笑みを浮かべてみせる。さすがに大きな魔法の詠唱で疲れたのか、その表情はいくらか弱々しいものだったが。
「さて。なら……どうしようかね」
 だが。
「………くっ」
 立ち上がるレムを押え、代わりに拳を構えるのは真紀乃だ。
 レムの骨折は治った。それはいい。
 しかし、実際の戦況は何ら変わっていないのだ。
 むしろ、ファファが疲れ果て、大クレリックが戦列に加わった今……悪化していると言っても良い。
「レムレムはダメだよ!」
「けどよ!」
「またあんなことしたら……許さないんだから!」
 強い言葉に、思うところがあったのだろう。レムは携帯を握っていたらしいポケットから手を出し、力なくその場に座り込む。
 足は完治しても、先ほどの痛みがまだ残っているのだろう。
 そして……あの力を、また使うつもりだったらしい。
「そういうことだ。病み上がりは大人しくしてろ!」
 そこに掛けられたのは、甲高い少女の声。
 それと共に現れた姿に……。
 真紀乃たちは、目を疑っていた。


 接敵と同時に剣の先が描くのは、大輪の薔薇の花。
「秘剣………っ!」
 だが、その剣速と同じ軌跡………否、それに数倍する精緻さと優雅さをまとって描かれるのは、咲き乱れる大輪の薔薇の花。
「薔薇のレクイエム………破れたり!」
 ひゅ、と刃が風を切れば、背後で起こるのは空に散る無数の薔薇の花びらだ。
「………ぁぁぁぁっ!」
 同じ流派の同じ剣技であれば、剣速のより迅いほう、より正確な方が勝るのは当然の理であった。
「薔薇仮面!」
 無数の斬撃に切り裂かれ、白い世界へと落ちてきた仮面の剣士に掛けられるのは、冬奈の声。
「…………マスク・ド・ローゼだ」
 ダメージは深いが、動けないほどではないらしい。仮面の剣士はゆっくりと立ち上がり、ふらつく体から静かに背を伸ばす。
「薔薇仮面! 治癒の魔法を掛けますから、少し休んでください!」
「……ありがとう。だが、私の名前は……」
 慌てて駆け寄ってきた祐希に肩を預けるが、それでも剣士が膝を折ることはない。
「おや……お久しぶりです、アージェント・ローゼ」
「こちらこそ……何年ぶりかな、ギース君とは」
 そして、キースリンと一度間合を取った騎士の傍らに舞い降りるのは、銀の仮面を付けた老剣士だ。
「お知り合い……ですの?」
 娘の言葉に穏やかに答え、ギースは再び剣を構える。
「ああ。ちょっとしたね」
 刃から立ち上るのは、紅の陽炎だ。格としてはキースリンの光の剣に劣るとはいえ、武器としての力は決して劣るものではない。
「さて……そろそろ剣を退いたらどうだね、キースリン」
「…………嫌です」
「祐希くんを守るためかね?」
 今までずっとキースリン達の後ろにいた彼は、戦う術を持っていない、参謀や軍師役なのだとばかり思っていた。
「……お友達を、守るためですわ」
 キースリンの言葉に、祐希の名は入っていない。
 それはそうだろう。祐希も戦う方法こそ違えど、立派に戦う術をもっているのだから。
「そうか。友のために戦うと」
 キースリンの決意と言葉に、祐希への認識を改めながら……それでも、ギースが剣を引くことはない。
「マスク・ド・ローゼ。貴公はどうなのだ? 何のために戦う」
「………ふっ」
 祐希に肩を預けたまま、ローゼが浮かべるのは微笑みだ。
「その問いこそらしくありませんよ、アージェント。リリさんと真紀乃さん……そして、彼女たちの友が流す涙……我が命、賭すに十分なもの!」
 そして。
「良く言った!」
 彼を称えるその叫びは、アージェントが上げたものではない。
 現れた、そいつの名は……。


 自らの最大奥義の数十倍に及ぶ重打撃と、鉄壁の防護を容易く貫く衝撃の連打。
 倒れたセイルにはリリが。動かない良宇には晶がそれぞれ治癒の魔法を施しているが……彼女たちの魔法も、そこまで強力なわけではない。
 そんな彼女たちの壁となるのは……。
「後はマクケロッグくん一人だけか」
 ハーキマー・マクケロッグ、ただ一人。
「はいり先生……」 
「逃げても良いのよ。この状況で逃げても、誰も責めないでしょうし」
 対するは、華が丘高校最強と言われた物理攻撃の使い手。そしてその脇にあるのは、やはり華が丘高校で最も畏敬の念を集めると言われる養護教諭だ。
 さらにその後ろに控えるのは、メガ・ラニカの大魔女である。
 しかも相手はこちらを殺傷できる武器を持ち、戦う意思まで見せていた。
 一人なら、悲鳴を上げて逃げていただろう。おもらしくらいはしていたかもしれない。
 だが。
「……そこまでカッコ悪いのも、嫌だなぁ」
 唇が紡ぐのは、そんな言葉。
 足は震えて動かない。
 けれど、唇はまだ、動く。
「カッコ悪い、か」
「それに、ここで逃げたらリリちゃんや晶ちゃんに嫌われちゃうじゃないですか」
 浮かべるのは、恐怖を通り越した、にやけ顔。
 顔の筋肉も、引きつりながらもまだ動く。
「良く言った、ハーク」
 そんな少年の傍らに立つのは、白い腕甲をまとう良宇と。
「…………もう、大丈夫」
 巨大なハンマーを引きずる、セイルだ。
「ありがと。なら、ボクは後ろに下がってるね! リリちゃんたちの事は任せてよ!」
 口ではそう言いつつも、ハークが下がる様子はない。
 代わりに黒い翼を拡げ、二人をフォロー出来る位置に立つ。
「けど、三人じゃちょっと足りないねぇ。それとも、まだ頑張るかい?」
 三人に増えたとはいえ、良宇もセイルも立っているのがやっとの状態だ。戦況的には、何ら変わってなどいない。
 だが。
「残念。………四人だ」
 そこに掛けられた声は……。


続劇

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