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21.わたしたちの したいこと

 午前競技のトリを務める騎馬戦が終われば、やってくるのは昼休みだ。
「レイジの奴、待っとけって言うて……何をやっとるんじゃ」
 入場門の辺りで所在なさげに立っているのは、良宇である。二メートルに及ぼうかという巨体が所在なさげも何もあったものではないが……何にせよ弁当を持ってくるはずのレイジが来なければ先に進まないのは、事実であった。
「あ、あの……」
「おう!」
 声が掛けられた瞬間に振り向けば、顔を向けられた相手は不意打ちだったのかゆらりと細い身を崩す。
「ひゃっ!」
 細い足がたたらを踏んで、そのまま後ろに倒れそうになった所で……伸びてきたのは太い腕。
「う……うぉ………。すまん、遠野」
 掴んだ手をぐいと寄せ、元の距離へと引き戻す。
「はい…………あ、ありがとうございます」
 助けられた少女の礼は、もごもごと小さな口の中。
「どうしたんじゃ?」
「えっと………」
 おずおずと向けられた視線に、ようやく気付く。
「うおおおっ!? ………す、すまん」
 掴んだままだった手を離し、慌てて背後へ後ずさる良宇。二メートル近いの巨漢が少女一人にビビりまくっている光景は滑稽極まりなかったが、本人としては大まじめだ。
「い、いえ……お構いもしませんで」
 無論、手を掴まれていた側の少女もわずかにうつむき、耳まで真っ赤に染めたまま。
「で、こんな所でどうしたんじゃ?」
「ええっと……維志堂さんに、お弁当を作って来たんですが……。良かったら、いかがですか?」
 撫子が提げている風呂敷包みに入っているのは、三段重ねの大きなお重。中にあるのは、もちろん料理部で自主練習を繰り返した成果物だ。
「……ええんか?」
 頷く少女に、相棒の持ってきてくれるはずの弁当をどうしようか考える。
 二人分食べる事など良宇の胃袋的には造作もないことだったが、ここで撫子と移動しては、先に待ち合わせていたレイジに待ちぼうけを食らわせてしまう。
 そう思った瞬間、ポケットに入れていた携帯がブルブルと着信があることを伝えてきた。
「お? どうした、レイジ」
 撫子に断ってから電話に出れば、聞こえてきた声は今ちょうど考えていたパートナーのそれ。
『良宇か! すまん、ちょっと用事が出来ちまった。昼飯は何とかしてくれ!』
 答える間もなく、電話は一方的に切れてしまう。
 後に残るのは、無味乾燥なツーツーという終話音だけだ。
「どうしたんですか?」
「……よく分からんが、昼飯が来なくなったらしい」
「はぁ………」
 今ひとつ要領を解していない撫子だったが……要するに、それは……。
「それ……もらっても、構わんか?」
「………はいっ!」
 良宇の選択肢は、たった一つに絞られたという事だった。


 入場門を見渡せる、グラウンドの端。
「やれやれ。人の恋路を何とかするような余裕なんざ、無ぇはずなんだけどなぁ……」
 維志堂家から預かってきた弁当を食べながら、レイジはやれやれとため息を吐いた。
 とはいえ、二人分の弁当をレイジ一人で食べているわけではない。
「そっちは一時休戦って言っただろ」
 脇からひょいと伸びてくる手は、悟司のもの。レイジの前に置いてある維志堂家のおにぎりを掴み、遠慮する様子もなく口へと運んでいく。
「分かってるっつの。……約束を守ってるから、百音んとこに飯食いに行ってねえんだろうが」
 百音は女子達と集まって食べているはずだ。だがそこにレイジと悟司が揃えば、雰囲気はどうしても気まずくなってしまうだろう。
「俺達の所は気まずくなってもいいってのか」
 レイジ達の隣で弁当を広げているのは、八朔だ。
「別に気まずくなってねぇだろ。なあウィル」
「まあ、みんな幸せなのはいい事さ。それより、八朔は食べないのかい? せっかくお婆さまが作ってくださったのに」
 大神家の弁当は、さすがに重箱に入った豪勢なものだった。今日は所用で見に来られないという八朔の祖母が、何だかんだと準備しておいてくれたものだ。
「食うよ。食わずにいられるかってんだ」
 ウィルの言葉にいなり寿司と太巻きを取り、端から口へと運んでいく。
 そして、男ばかり四人の席にいる男が、もう一人。
「それより良宇と遠野の様子、ちゃんと録れてるんでしょうね、先輩。料理部の頼まれ物なんすよ?」
 レイジが声を掛けたのは、片手には維志堂家のおにぎり、残りの手にはビデオカメラを構えた少年だ。
「任せておけ。お弁当タイムの女子の体操服姿はバッチリ激写しまくりだ。これで今年下半期の華が丘美少女新聞もどんと来いだぞ」
「やっぱり任せたの失敗だったか……」
 とりあえずカメラを取り上げて後はこちらでやるべきかと、レイジはため息を一つ。
 腕は間違いなく確かなのだが……人格に問題がありすぎた。
「ふふん。おまえ達の夏休みのあの写真も、しっかり確保済みだからな。楽しみにしていてもらおうか」
 ファインダーを覗き込んでニヤニヤしている少年の言葉に、場の空気が一瞬で凍り付く。
「ちょっ! いつの間に! ……レイジ!」
 悟司の言葉に、一秒のラグもなくレイジも反応。
「おう! ンなもん、公衆の面前にさらさせてたまるか! 八朔も手伝え!」
「おうっ!」
 八朔も慌てて立ち上がり、悠然とファインダーを覗き込んだままの少年を取り囲む。
 そして……。
「先輩。まさか、私の写真も撮っているんですか?」
「撮らないはずがあろうか。いやない」
 ウィルの問いも、少年は反語まで使って即答する。
 三人に続き、銀髪の少年もゆらりと立ち上がり。
「その写真……ベストショットは、私に選ばせてもらえますか?」
「それはむしろ、歓迎しよう」
 鷹揚に頷く少年に満足げに頷くと、そのままその場へ座ってしまう。
「ちょっ! ウィル!」
「別に減るものではないし、構わないだろう?」
「減らないけどなんか男として大事なモンがなくなる気がするだろ!」
 言い合っている間に、既に先輩の姿は無い。
「と……とにかく、まずは捕まえろっ!」
 レイジの言葉に、他の二人も慌てて席を飛び出していくのだった。


 入場門を見渡せる位置にあるのは、当然ながら一カ所だけではない。
 ただ、少し離れたその場所で観察されていたのは……良宇と撫子のやり取りだけではなく、唐突に始まった大追跡劇もだった。
「なんかあっちは賑やかねぇ……。ホリンくん達もこっちに来ればいいのに。ねえ百音」
「う、うん…………あはは……」
 とはいえ、二人が来たらその手の話題に重心が寄るのは間違いないだろう。空気が重くなるよりマシとはいえ……針のむしろである事には変わりない。
「はい。冬奈ちゃん、あーん」
 そんな女子グループの席の隅で、卵焼きをパートナーに向けて差し出したのはファファだった。
「やだ、ちょっと、恥ずかしいってば」
 苦笑する冬奈に、ファファは不思議そうに首を傾げてみせる。
「いいじゃない。せっかく奥さんがそうやってくれるんだし。甘えちゃえば?」
「うぅ……奥さんだなんて、恥ずかしいよぅ」
「否定はしないんだ……」
 まあファファが旦那さんというか、冬奈が奥さんという構図よりはよほどしっくり来るから、いいと言えばいいのだが。
「はい。セイルくん、あーん」
「………あーん」
 そんな一同の脇では、リリの差し出した唐揚げをセイルが黙々と食べている。その様子が嬉しいのか、リリは嬉々として次の料理をセイルの口元へと運んでいる。
 その光景はカップルのイチャイチャというより、もうちょっと別の光景を想像させたが……。
 さすがに、それを口に出すことはない。
「ほらー。ブランオートくん達はちゃんとやってるじゃない。冬奈も恥ずかしがるんじゃないわよ」
「………なら、そっちもやったらやるわよ」
 いつものノリなら、ハークは晶の「あーん」を絶対に嫌がるだろう。そうなれば、こちらの勝ちだ。
「じゃ、ハークくん、やってよ」
「やるのボクなの!?」
 その展開は、冬奈の予想の斜め上。
 これではどう転んでも売り言葉に買い言葉で、やらざるをえなくなってしまう。
「あたしがやってもいいけど、何出されてもちゃんと食べるのよ? あたし、唐揚げがいいなぁ。そんなに大きくないヤツね」
 徹底的に指定しておいて……もっとも、言わなくともハークは保身のために無難なものを選んだだろうが……晶はハークに程良い大きさの唐揚げをつまませる。
「…………はい、晶ちゃん。あーん」
 そっと差し出された唐揚げを、満足そうにぱくついて。
「さあこれでどうだ!」
 晶は冬奈に向けて、全力で勝ち誇ってみせた。
「うぅ………」
 言い出したのは、間違いなく冬奈だ。これが晶の言ったことなら反論の一つも出来たのだろうが……さすがに自分の言ったことでは取り消しも出来ない。
「男に二言はないわよね!」
「いや、女だから!」


 そして、そんな少女たちの騒ぎを受けて、パートナーへとおかずを突き出す者がここにもいた。
「はい! レムレム、あーん!」
「いや……なんで俺まで」
 レムは朝作った弁当を普通に抱えている。そこまで早食いというわけではないから、まだ十分な量が残っているというのに……。
「だってレムレム、骨折ってるじゃないですか!」
「足だから! 全然余裕で食べられるから!」
 朝は両手にギプスを填めている先輩を見たような気がするが、レムが折ったのは足だ。座っていれば、折っていない時と状況は何一つ変わらない。
「あーっ! テメェ、俺達がこんなにヒデェ目に遭ってるのに、なに一人だけ幸せそうな顔してやがる!」
 そんな困惑するレムに叩き付けられたのは、どこからともなく走ってきたレイジの声。
「してないから!」
 レイジ達との付き合いも半年を超えようとしているが、言っていることの意味が分からない。
「先輩! さっきのレムのデレデレした顔は激写してくれました?」
 同じくどこからともなく走ってきた悟司が問うのは、一緒に走ってきた先輩だ。
「………なにをいっているんだねきみは」
 だが、ビデオカメラ片手の先輩は、悟司の問いに真顔で首を傾げるだけ。
「さっきの場面で撮るべきは、子門さんの若奥様ちっくな『あーん』のシーンに決まっているだろうが!」
「やだ、若奥様だなんて……!」
 むしろカメラを掲げて力説し出した先輩に、レムはリアクションに困り、真紀乃は盛大に照れてみせる。
「やっぱりだめだこのひと……っ!」
 とりあえず粛正すべきらしい。
 悟司はレイジと八朔に視線を送り、先輩の再包囲を開始する。


 少女の顔に浮かぶのは、真剣な表情。
 いや、むしろ困惑と羞恥、そしてわずかな嬉しさの混じるその表情を、ただ真剣と表現して良いのかは微妙なところであったが。
「どうしたんですか、キースリンさん」
 そんな少女に掛けられるのは、傍らで弁当を食べる少年の声。
 今日の弁当のおかずは祐希ではなく、キースリンの手作りだ。残念ながらおかずは肉じゃが一品だけだったのだが……それでも、聞いた話では料理部で自主練習までして習ったものだという。
 やはり、運動会の弁当で一品しか準備できなかったことを気にしているのだろうか。
「お弁当、美味しいですよ?」
 だが、つい先日まで騎士団の猛者さえ腹痛に陥れるほどの威力を誇っていたそれも、今日はごく普通の肉じゃがだ。やや薄味な気もするが、せいぜいその程度である。
 キースリンの料理という事を加味すれば、破格の出来と言えるだろう。
「いえ、あの……私もああいうの、やった方がいいんでしょうか?」
 言われ、祐希がそちらを見れば……。
「ほら、冬奈ちゃん! あーん!」
「言ったんだから責任とってやりなさいよ!」
「レムレムもやりましょうよー! あーん!」
「だから勘弁してくれよ!」
 何やら混乱の渦に包まれているクラスメイト達の光景があった。
「ええっと……そこまで悲壮感たっぷりにやられるものでも……」
 どう答えて良いものか。
 あまりに真剣なキースリンの様子に、祐希も困ったような苦笑いを浮かべるだけだ。


続劇

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