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4.華が丘茶会事件

 見慣れたオープンテラスのその店には、落ち着いたいつもの雰囲気を壊さない程度にひっそりと『秋の新作メニュー、始めました』という手描きのポスターが貼られていた。
「え、ええっと……ご注文は?」
 だが、そんな穏やかな雰囲気とは対照に、注文に立つ祐希の表情はどこか硬さの残るもの。
 中学の時からのバイトだから、祐希のライスでの経験も一年は優に超えている。知らない客でもあるまいし、緊張する理由などどこにもないはずなのに。
「あれで!」
 そして、祐希に答える晶の声は、明らかに苛つきを含んだものだった。
「えっと、私は新作のケーキをお願いします。柿のほうを」
「ボ、ボクは栗で……。あと、セイルくんのぶんはお持ち帰りで柿と栗、一個ずつね。ハークくんは?」
「ボクもキースリンさんと同じ物で……」
「いいから、早く持ってきてよ!」
 苛立ち最高潮の言葉に同席していた三人は小さく肩をすくめ、バイトの少年も慌てて厨房へと戻っていく。
 一日ずっと楽しみにしていたライスの新作ケーキだ。イライラしながら食べる理由などないはずだ。
 もちろん、同席している三人に非があるわけでもない。
「別にそうピリピリおしでないよ。何も、ケンカしに来たワケじゃないんだろう?」
 苛立ちの原因は、隣の席から。
 今はメガ・ラニカに戻っていて、華が丘にはいないはずなのに……。
「誰もピリピリなんかしてないわよ」
 二人の老女に向けて晶は棘だらけの言葉を投げ付けてみせるが、当の老女達は気にした様子もない。
「そんだけ殺気撒き散らして、何言ってんだか」
「何ですって!」
 むしろ、茶化すような言葉に音を立てて席を立ち上がるのは、晶のほう。
「ほら、晶ちゃん! 落ち着いて!」
「そうそう。旨いケーキが台無しだよ?」
 リリに何とか抑えられ、席に着きつつも……混ぜっ返す老女の言葉に、苛立ちを隠さないまま。
「少なくともこっちは、おまえ達と争う気はないよ。おまえ達がこちらの邪魔さえしなければね」
 それは、争う気がないのではなく……眼中にない、というべきだろう。
 メガ・ラニカの最高峰に位置する大魔女と、魔法を学び始めたばかりの一年生では、魔法の力も人生経験も、比較すべきもない。
「…………するに決まってるじゃない」
 けれど、相手はリリとレムを利用しようと……それも、生死のかかるレベルで使おうとしている相手なのだ。
 晶は大魔女達を睨み付けたまま、イライラとテーブルを叩き続けている。


 華が丘高校を出て、そのまま右折。
「近原先生。どこに向かっておるんじゃ?」
 今日の茶道部の活動は、街への備品の買い足しだった。だからローリの車に部長を含む数名だけが乗り合って、降松へ出る事になっていたのだが……。
 街へ出るなら、学校の前の道を左折して、坂を下らなければならないはず。
「ちょっと寄り道。茶道部とはあまり関係ないんだけど……いい? 終わったら買い出しに行くから」
 リフトアップされた四駆が進むのは、坂の上方。この先は山に向かうだけで、特に何の施設もないはずなのに。
「私たちは、乗っているだけですから」
「良い返事ね。三人とも、後ろは狭くない?」
 のんびりと後方へかき消えていく景色を眺めながらのウィルの言葉に、ローリはちらりと視線をバックミラーへと。
 大型車とはいえ、後部座席に男三人というのは少々手狭かとも思ったが……。
「良宇が前っすから」
「……………へいき」
 中央に座るセイルも、脇の二人も、それほど狭くはなさそうだった。
 そんな事を話していれば、やがて周囲の景色が闇とナトリウム灯のオレンジの光へと変わっていく。
「そうじゃ、先生。前々から聞こうと思うとったんじゃが」
「何?」
 対向車もない閑散としたトンネルだ。前照灯をハイビームに切り替えたローリに掛けられたのは、助手席に座る良宇の声。
「兎叶先生から、先生達がツェーウーを封印した張本人って聞いたんじゃが……ありゃ、本当なんか?」
 それは、先日の秋祭りでの事だ。偶然出会ったはいりから聞かされたのは……メガ・ラニカの神に等しい存在をたった五人の少女たちが封印したという、あまりに荒唐無稽な話。
 その五人の少女の中に、ローリの名前も加えられていたのだが。
「……本当よ。ちょっとした事件に巻き込まれてね。隠しても仕方ないけど、あまり言って回らないでね」
 もっとも、言った所で誰も信じないだろうけれど。
「じゃが、封印って……その頃から、先生は魔法を使えたんか?」
 パートナー計画が本格的に始動したのは、今から十六年前のこと。そして、メガ・ラニカと地上が再び接続されたのは、二十年ほど前のことだ。
「先生の年を考えたら……計算、おかしかねえか?」
「レディの年を数えるものではないよ、八朔」
 指を折る八朔に苦笑を浮かべ、ローリはため息を一つ。
「魔法というか……まあ、少し違うんだけど。わたしとはいり、葵と菫先輩、それから……」
 語る彼女の脳裏に浮かぶのは、十六年前から変わらない、少しはにかんだ穏やかな笑顔。
「……柚子叔母さんですか」
 八朔の言葉に、小さく「ええ」と同意を寄越す。
 彼方から来た対向車に、ビームの向きをハイからロウへ。
「なら、封印というのを解くことも出来るんじゃないんですか?」
「代わりに地上が滅びるけど、いい?」
 すれ違うと同時、再びハイへと戻してやる。
 かちりというレバーの手応えと、周囲の驚きとも呆れともつかぬ声は、ほぼ同時だ。
「……何封印したんすか、先生」
 ツェーウーという固有名詞は、もちろん知っている。
 けれど、そのツェーウーがどういった存在なのかは、ローリ以外の誰もが想像さえ付かないまま。
「完全に封印されていてなお、メガ・ラニカを支えるほどのマナを出し続けられる程度の存在よ。……そろそろ見えてきたわね」
 ライトを切れば、周囲の光景はナトリウム灯のオレンジ光から、燃えるような金と紅へ。
「…………湖?」
 そして、紅葉と黄色い銀杏。
 並木の向こうに見える水面は……。
「ダム湖よ。普通、こちらまで来ないものね」
 銀杏並木を眺めながら、ローリはさらに車を進めていく。


「で、具体的にはどうするんだい?」
 隣のテーブルからそんな問い掛けが飛んできたのは、キースリン達のテーブルにケーキが運ばれてきてからの事。
「言えるわけないでしょ!」
「ノープランか。若いねぇ」
 苦笑する老女に、晶はそれ以上の言葉を紡がない。
 カマを掛けられたのは分かっていたが……実際、具体的にどう邪魔をして良いものかは、まだ晶の頭の中にも浮かんでいなかったからだ。
「けど、実際どうにかならないんですか?」
 お代わりのコーヒーをテーブルに置きながら大魔女達に問うたのは、ウェイターの少年だった。
「クレリックさんやソーア君を使わずに、華が丘からメガ・ラニカにマナを伝える方法とか……」
「そういう物がすぐに準備出来れば、それに越したことはないけどね」
 かつてはそれに該当する装置が、華が丘高校の入口に置かれていた。しかしそれは、どこからともなく現れた巨大生物によって、粉々に砕かれてしまったのだ。
「でも、学校の前のアレって……メガ・ラニカが見つかってわりとすぐ作られてましたよね?」
 以前見た華が丘高校の学校史が正しいのであれば、アレと称される物体が華が丘高校の校門前に置かれたのは、メガ・ラニカが再発見されてほんの一年後のこと。
「……設置した後の調整に、十年以上掛かったけどね」
 そして、現在の状況は十六年前の当時と比べても、悪化の一途を辿っている。以前のノウハウがあるから再建だけなら容易だろうが、それだけの時間を掛けていては最悪の状況までに到底間に合わない。
「後は、気力充填や召喚の魔法を応用して……」
「そういう研究をしてる奴もいるね。マナを無から生み出す研究をしてる魔女もいるよ」
 魔力伝達にマナの創成。
 先日は、華が丘で生まれた若い魔女から、それに関連する研究資料も提出されていた。
「そんな事が出来るんなら……!」
 隣の席からの少年の声に、老女は運ばれてきたコーヒーに砂糖の粒を一つだけ落とす。
「これで、コーヒーは甘くなったかい?」
 もちろん角砂糖ではない。芥子粒ほどのそれがコーヒーに与える影響など……微々たるものだろう。
 だが、問いが問いだ。安易に否定の言葉を口にしていいものではないはず。
「………一粒ぶんは」
 答えられずにいるハークの代わりに晶が返したのは、そんなひと言。
「一粒ぶんじゃ、甘くなったとは言えないだろうね」
 そのあまりの負けず嫌いさに苦笑しつつ、老女はコーヒーをひと口。限りなくブラックに近いそれから一粒分の砂糖の甘みを感じるのは、限りなく難しい事だった。
「今の私たちの技術ってのは、情けないことにこの程度でしかないのさ。ツェーウーの力に追いつく研鑽は絶え間なく続けているけど、それでも……」
 今度は砂糖壷からスプーンですくい、ざっと二杯を入れてみる。
「この量に追いつくまでには、メガ・ラニカは間違いなく滅びちまう」
 再び口にしたコーヒーは、砂糖の甘みが十分に混じったものだった。
「……なら、メガ・ラニカなんて捨てちゃえばいいじゃない」


続劇

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