-Back-

25.欠落する楽園

 華が丘から街に通じる長い坂。
「それにしても、今日は楽しかったねぇ!」
 普段は面倒なだけのその道も、今日は出来たばかりの思い出を語り合う、楽しい家路と化していた。
「どうしたんだい、リリさん。何かいい事でもあったのかな?」
「え、いや、ええっと………な、なんもないよっ!」
 穏やかに微笑むウィルの問いを、顔を真っ赤にしてリリは否定する。
「いや、どう見ても何かあっただろ……」
「………な、ないよぅ…………へへっ」
 必死に否定した後に、思い出し笑いで顔がにやけてしまう辺り、説得力など皆無だった。
「まあ、いいじゃないですか。そんな詮索しなくても」
 八朔達のツッコミをやんわりとフォローしてくれたのは、一行の少し後ろを歩いている祐希だ。
「そうですわ。いい事があったなら、それでいいじゃありませんの」
 その言葉に、傍らを歩いているキースリンも応じてくる。
「ンだ? 祐希達もなんかいい事あったみたいじゃんか」
「そ、そんなこと……」
「ありませんわ……」
 とはいえ、八朔の言葉にどちらも頬を赤らめてしまうあたり、リリと同じ程度にはバレバレだった。
「八朔。そういうことを言うのは、野暮ってもんだよ」
「はぁ……悟司までウィルみたいな事言いやがって」
 だが彼を止めた悟司は、リリや祐希達の現状とはかなりかけ離れたところにいる。体育館の一件を見ていた者として……さすがに悟司の前で、それ以上のツッコミをする気にもなれなかった。
「大神くんにもそのうちいいことあるって!」
「そうそう。大神君にもそのうちいいことありますよ」
「そうだよ。八朔にも、そのうちいいことがあるに決まっているさ」
「………そのうちかよ」
 フォローどころか追い打ちの匂いがひしひしとする三連発に、もっと突っ込んでおいても良かったかもしれん……と思い直す。
「そうだ! 今日、ボクの誕生日なんだ! 良かったらこれからみんな、ウチに来ない?」
「いや、いい事あるんじゃねえか……おめでと、クレリック」
 呆れつつもきちんとお祝いの言葉を口にする辺り、八朔もただやさぐれているだけで、悪い奴ではない。
「おめでとうございます、リリさん。でも、いきなり大人数で押しかけて、ご迷惑ではありませんの?」
 リリとセイルは最初から勘定に入っているとして、八朔にウィル、悟司、祐希とキースリンを入れて、五人。お誕生会に呼ぶなら無難な数だが、いきなり押しかけるにしては、少々多い。
 少なくとも、祐希の家を基準にするなら、厳しいだろう。
「きっと大丈夫だよ。ママ、ご飯たくさん作るって言ってたし! ね、セイルくん!」
 傍らのセイルもリリの言葉にコクリと頷いてみせる。
 その様子に一行は視線を交わし合い……。
「リリさん」
 行こうかと決めたその時、道の向こうから響くのは凜と響く老女の声。
「…………お婆ちゃん?」
 声の主は、大クレリック。
 メガ・ラニカで大魔女の称号を持つ、リリの祖母と……。


 華が丘から街に通じる長い坂を歩きながら、元気よく一同に声を掛けたのは晶だった。
「今日はお疲れさま!」
「お疲れさまって言う割には、元気そうだよな。水月」
 レイジとしては、そのテンションを少し分けて欲しいくらいだ。そして傍らを歩くレムも、似たような表情で先頭を歩く晶に視線を向けている。
「楽しいことで疲れるわけ無いでしょ?」
 文化祭の間、縦横無尽に暴れ回ったはずだが、それも彼女にとってはウォーミングアップ程度だったのだろうか。レムからすれば想像を絶するほどのエネルギーだが、晶の様子を見ているとそれもあながち冗談ではないように思えてしまう。
「それに、フラゲしてもらったソルジャアコレクションの残りも片付けなきゃいけないしね!」
「ソル……何だ?」
「ゲームだよ。ゲーム研の助っ人のお礼に、もらったんだって」
 ため息混じりのハークの言葉に、何となく納得するが……。
 どうやら、本当に文化祭はウォーミングアップだったらしい。
「けど、昔のゲームねぇ……面白いの?」
「名作よ! スタアパロジャーなんか、あたし達が生まれた年に出たんだから!」
 生まれた年と言えば、もう十六年近くも前のゲームになる。
「昔に出たからって名作ってわけじゃねぇだろ」
 古典が名作とは限らない。もちろん、十六年の時を経て再び世に送り出されたからには、それなりの評価の理由があるのだろうが……。
「時代劇はどうなのよ! クロサワとか!」
「クロサワは名作だろ! なあレム!」
「ああ!」
 レイジの言葉に、テンションが下がり気味だったレムも力一杯即答する。
 世界のクロサワを、ゲームと同列に並べて欲しくなかった。
「初代ライダーなんかも名作ですよね!」
「お、おう………?」
 真紀乃も良宇に同意を求めるが、あまりテレビを見ない良宇は何となくそう答えることしか出来ずにいる。
 そもそも初代ライダーの初回放映は、良宇達が生まれる遙か前だったはずだ。
「だったら、名作かどうか確かめてもらおうじゃない! 今日はウチ、パパもママも仕事でいないから、夜を徹して確かめさせてあげるわよ!」
 売り言葉に買い言葉とばかりに言い返す晶に、レイジの動きがさすがに止まる。
「パパもママもいないって……だったら、晶とハークの二人っきり……?」
「そんなの別に珍しくないわよ。つか、真紀乃んとこだってそうでしょ?」
 晶の家は留守にするだけだが、真紀乃とレムの家はそもそも二人暮しだ。普段はずっと二人きりのはずだった。
「………お前、さりげにいい思いしてるな」
「………よく分からないけど、否定していい?」
 良宇の言葉に、ハークはそう言ってため息を一つ。
 良宇が何を想像したのかは知らないが、きっと思っているようないい思いはさせてもらっていないはずだった。
「真紀乃も来るわよね?」
 そんな愚にも付かない言い合いの中、話を振られたのは真紀乃だ。
「え、あ、あたしは今日は………ね、レムレム」
「ん? 行こうぜ。面白そうだし」
 二次会にしては上々だろう。それに、レイジが晶にゲームでボコボコにされる所も何となくだが見てみたかった。
「もぅ。二人っきりでイチャイチャしたいって、分かんないかなぁ!」
 苦笑する真紀乃の言葉に、周囲の視線がレムに集中する。
「………ばっ、おま、こんな所で……っ!」
 そもそもそんな思いをしたこともないはずなのだが……。
「ああ。だったら無理言っちゃいけねぇなぁ」
「ですねぇ」
「むぅ……」
 周囲から突き刺さるニヤニヤ混じりの視線に、レムは思わず叫び声と……。
「真紀乃さ………っ!」
 その周囲に走るのは、ばしりという乾いた音。
「え……?」
 雷光だ。
 源は……レム。
 正確に言えば、その腰にいつの間にか姿を見せていた、双の刃から。
「ちょっと……早いよ……! レムレム……っ!」
 慌てて叫ぶ真紀乃に、一同は状況を理解できないままで……。


 道の向こうから掛けられた声は、黒い服をまとう大クレリックから。
「菫さんも、どうしたんですか?」
「……………お婆さま」
 そして彼女の傍らに立つのは、祐希のバイト先の女主人と……セイルの祖母。
 刈谷菫と、大ブランオート。
「大神さんのお宅で、柚子の十七回忌の法要があったのよ」
 やはり彼女たちも大クレリックと同じく、黒い礼服をまとっている。
「華校祭は行けなくてごめんなさいね。せっかくチケットももらったのに……」
「いえ、それは構いませんけど……」
 本来なら家族に向けて配られるものの余りを回しただけだ。菫の都合が良ければという話だったし、祐希にも特に金銭的な負担があったわけではない。
「それよりどうしたの、お婆ちゃん。これからウチで、みんなでパーティー……なんでしょ………?」
 今日はリリの誕生日。家では両親が、いつにも増して気合の入った夕食の準備をしてくれているはずだ。
「悪いがね、パーティーは中止だよ」
「………え?」
 大ブランオートの放り投げるような物言いに、リリは首を傾げざるをえない。
 彼女とはメガ・ラニカに行ったときに会ったことがあるし、この数日はリリの家で過ごしてもいた。こういう口調なのはある程度理解していたが……。
「リリ。貴女には、これから世界を救ってもらわなければなりません」
 そして、大クレリックの言葉にも。
「………ええっと……どうしたの? お婆ちゃん」
 世界を救う。
 あまりといえばあまりに唐突な言葉に、誰もがその言葉の意味を理解することが出来ずにいる。


続劇

< Before Story / Next Story >


-Back-
C-na's 5th Dimentional Labyrinth! "labcom.info"
Presented by C-na.Arai