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22.わたしは おやくに たてますか?

「あれは虫じゃないあれは虫じゃないあれは虫じゃないあれは虫じゃないあれは虫じゃないあれは虫じゃないあれは虫じゃないあれは虫じゃない!」
 もう、口の中で何度繰り返しただろう。
 ストレートの携帯を構え、明らかに乱れたままの精神を必死に集中させる。
 呪文詠唱は携帯任せ。精神の集中だけに全てを注ぎ込めば、目の前に現れるのは拳大の光の塊だ。
「行けっ!」
 掛け声で方向性を定めれば、小さな光の塊はふよふよとトビムシ達の元へと流れていき……。
 飛んでいくトビムシの背後で、ぱちんと弾けた。
「うぅ……やっぱり、上手くいかないよぅ」
 これでも練習はしていたのだ。しかし、もともとリリックが苦手なところに、虫のせいでまともな集中も出来ないという最悪の状況。
 魔法が形になっただけでも、彼女としては頑張った方だった。
「美春さん! こっちに!」
 そんな百音の背中から聞こえるのは、強い声。
「え……? あ、うんっ!」
 聞き慣れた声に振り向くと同時、少女の脇をかすめて翔ぶのは三発の銀弾だ。
 一発目が二匹のトビムシの進行方向をふさぎ、二発目と三発目がそれぞれの外殻の最も厚いところに叩き付けられる。その衝撃に意識を吹き飛ばされたトビムシは、ふらふらと地面に落ちてきた。
「あ、っと!」
 落ちてきたトビムシを、慌てて虫網で確保する。
 これで、まずは二匹。
「美春さんが追い立ててくれたおかげで捕まえられましたよ。ありがとう」
「そんな……」
 百音を立てる言い方をしてくれるのは嬉しいが、実際には百音は何もしていない。その間にも悟司は百音の網の中のトビムシの背中を確かめている。
「四日と、七日か……美春さん、僕は次の虫を捕まえるから、委員長に連絡しておいてくれますか?」
 飛んでいた弾丸を手の内に戻し、悟司は軽くひと息。
「うん。分かった」
 百音も出したままだった携帯で、レイジの番号を呼びだしていく。
 今回の魔法試験はチーム戦だ。追い立てるもの、捕まえるもの、そして連絡に徹するもの。何かしらの役に立っていれば、一匹の虫を捕まえずとも評価はされると聞いていたが……。
 携帯で電話を掛けるだけで、本当に役に立てているのだろうか。
 愛想のない発信音を聞きながら、百音はそんな考えが胸の内に浮かぶことを止められずにいる。


 そいつが歩いていたのは、テスト中は入場が禁じられている校舎の内だった。
「虫……虫は、ダメ……」
 うめくように呟き、ふらふらと覚束ない足取りでゆっくりとその歩みを進めていく。
 やがて辿り着いたのは、被服室というプレートの付けられた一室だ。
 かつてはテント生活の時に世話になり、今はここで活動しているパートナーを迎えに来る、そいつにとっては何かと因縁の多い場所。
「うぅ……でも、捕まえないと………」
 虫はダメだ。
 だが、捕まえなければならない。
 もともと真面目で、責任感の強いタイプだ。一度決めれば、何としてでもその目的を達しようと考えてしまう。
「捕まえないと……でも、私じゃ……」
 けれど、虫は怖い。嫌い。触りたくない。
 それでも、何としてでも捕まえなければならない。
「私じゃ……」
 夢遊病者のように室内をふらつき回り、やがて一つのクローゼットの前で倒れ込んだ。
 やらなければ。
 その一心で身を起こせば、クローゼットの取っ手に手が掛かり……。
「私じゃ……なければ………」
 どうやら鍵がかけ忘れてあったらしい。
 ゆっくりとその扉が、開かれて。
「私じゃ、なければ……いい!」
 内側にかけられていた『それ』と、目が合った。


 かかってきた電話は、百音からだった。
「おう。四日と七日だな? 了解。これでいまんところ六日ぶんだ。あと、裏庭の方に虫が多いみたいなんだが、ちょっと行ってみちゃくれねえか?」
 手元のノートには、七月後半と八月のカレンダーが描かれている。その四日と七日の所に丸印を書き入れて、レイジは百音からの電話を切った。
 携帯を胸ポケットに放り込み、作業を再開する。
「こんなもんかね」
 体育館とクラブハウスの間にある細い通路。
 そこに仕掛けられたのは、巨大なネットだった。
「さて、と」
 片付けていた携帯を再び取り出し、待ち受け画面に奇妙な図形を表示させる。
 かざす向きを調整しつつ、軽く魔力を集中させれば。待ち受け画面がひときわ強く輝いて、通路に張った巨大ネットに待ち受けの図形を映し出す。
 ネットに図形を転写させるのは初めてだったが、特に問題はないようだった。
「………ふぅ」
 ネットに映し出されていた図形が淡く輝き、その内に取り込まれたのを確かめて、レイジは携帯をポケットへ。
 ……入れようとしたところで、再び電話が震え出す。
「おう。レイジだ」
 掛かってきたのは、後方支援役の女子生徒だった。虫が苦手で前線にはどうしても立てないというので、保健委員のファファと支援の役を替わった娘だ。
「冬奈が消息不明? なにやってんだ、あいつ」
 少し目を離した隙に、姿を消してしまったらしい。
「とりあえずほっとくか、メールで全員に回覧しとけ。そこまで虫がダメなら、戻しても戦力になんねぇだろ」
 こと戦いとなれば頼りになるはずの冬奈だが、今回ばかりは相性が悪すぎる。いくらなんでも校外に出たりはしないだろうから、試験が終わってからゆっくり探せば大丈夫なはずだ。
 電話を切ると、持ってきていた袋の中から小さな袋を取り出して、いくつかネットに向けて放り投げた。
 ネットにぶつかった小さな袋はネットに弾かれることなく、そのままべったりとくっついている。
 偶然にもそれはワンセブンが持って走り回っている袋の中身と同じものだったのだが、レイジがそれを知るはずもない。
「さて。こっちの仕込みは終わったが、ウチの相棒は大丈夫かね……」


「がーははははははは! 来るがいい、虫どもっ!」
「まぶしいよバカ!」
 あまり大丈夫ではないテンションの良宇に叩きつけられたのは、鋼の刃の峰だった。
「お、おう………? レム、どうした」
 その一撃で正気に戻ったのだろう。曲がった首をごきりと戻りつつ、良宇は真剣にレムを向いてみせる。
「どうしたじゃねえってば。まぶしいよバカ」
「むぅ……そんなにバカバカ言わずとも……分かっとるわ」
 一応、自覚はあるらしかった。
 妙なところで謙虚な良宇に、レムは小さくため息を一つ。
「つか、光で虫を集める気なら、そんなに眩しくすることないだろ……」
 虫に光に寄ってくる性質があるのは、レムも知っていた。ただ、いくらなんでも飛んでいたレムが眩しくて落ちてしまうような光……いや、閃光に寄ってくる虫はいないだろう。
「……そうか?」
「当たり前だ」
「なら、このくらいかのぅ……むぅぅ?」
 全身でポーズを決めた良宇の右手から溢れ出すのは、蛍光灯を直視した時ほどの光。
「……まだ眩しいだろ」
 以前間違えて真紀乃の夜食のシュークリームを食べてしまったとき、自白ごっこと称されて目の前に突きつけられた電気スタンドの光を思い出す。
「ロウソクとか、そのくらいでいいんだよ」
「……こうか?」
 ガッツポーズを決めた良宇の全身が、淡い光を放っている。なぜ光る度にポーズを決めるのかはよく分からなかったが、それが良宇なりの精神統一のやり方なのだろう。
「その程度でいいんだよ。で、動くなよ? 動くと虫が逃げるからな」
 本当にトビムシが来たら逃げようと思いながら、レムは良宇の傍らに腰を下ろした。いくらなんでも、アイデアだけ出して結果も見届けずに去ってしまうほど薄情な性格ではない。
「…………」
 隣の良宇は、動かない。
「…………」
 隣の良宇は、本当に動かない。
「…………」
 隣の良宇は、びっくりするほどに動かない。
「…………」 
 メガ・ラニカ人のレムは知るよしもなかったが、良宇は入学試験の後、五日間の苦行を耐え抜いて実力で入学資格を勝ち取ったという経歴を持つ。
 この程度動かずにいることなど、実は造作もないのであった。
「…………ねむ」
 ふわ、と小さくあくびが出て。
 こくりと傾いだ頭が……。
「………………ふぎゃっ!」
 どこからともなく飛んできた弾丸に、横殴りにはり倒された。


「もう。テスト中に居眠りしちゃダメだよぅ。レムレム」
 はるか離れた本館の屋上。ゴーグルを引き上げながら、真紀乃は呆れたようなため息を吐いた。
「………というかあれ、死んでません?」
 良宇の隣で倒れているレムは、ぴくりとも動かない。
 トビムシを気絶させる程度に調整されているとはいえ、シュートフォームのそれはれっきとした攻撃魔法だ。
「鍛えてるから平気だよ、たぶん」
 あっさりとそう言い切った真紀乃に、祐希は返す言葉が見つからない。
「祐希さん。ハークさんと晶さんが、十五日のトビムシを捕まえたそうですわ!」
 そんな事を言い合っていると、二人の後ろで電話を受けていたキースリンが報告を投げてきた。彼女も虫を触れないらしく、こうして真紀乃達とバックアップに就いているのだ。
「了解です。これで何日ですか?」
 広げた紙に書かれているのは、七月と八月のカレンダー。キースリンはその十五日の所に丸を書こうとしたが、そこは既に大きな丸で囲まれている。
「十五日は……既に捕まえていますわね。十一匹ですけれど、お休みは七日ですわ」
「七日ですか……まだまだ、厳しいですね」
 確保すべき休みは、全部で二十一日。時間は既に半分以上が過ぎているというのに、その三分の一しか捕まえられていない。
 それに、B組の動向も気になるところだ。
 相手が捕まえている所も報告してもらうようにしているが、見ていない所で捕まえている可能性は当然ある。
 今のところはこちらが優勢だが、向こうにもどんな奇策があるか分からない。どこで逆転されてもおかしくはなかった。
「委員長! ヒット!」
「……と、了解です!」
 真紀乃の声に思考を戻し、校庭で待機させていたワンセブンに制御を集中。
 インストールされた制御アプリがダッシュローラーに指示を放てば、真紀乃が撃ち落としたトビムシの所まではあっという間だ。
「二十九日です」
 ワンセブンのインカメラに映し出された映像を手早く読み取り、後ろのキースリンに報告する。
「これで、十一日ですわね……」
 後はキースリンが向かわせた八咫烏でトビムシをこちらに運べば、一連のミッションは終了だ。
「十五日は交換に回せるとして……良くて、十二日ですか」
 回収に行くついでに八咫烏に運ばせた匂いの元を校庭に追加で撒かせながら、祐希は思考を休めない。
「何とか、全休が捕まえられればいいんですけど……」
 回収数で負けるのは、ある程度は仕方のない所だろう。だが、休みが減るのは正直困る。
 三回のトレードを使うにしても、交換できるのは三日だけなのだ。
「まだまだこれからですよ! 頑張りましょう!」
「ですね」
 キースリンの言葉に頷いておいて、校庭のワンセブンに精神を集中させた。
 今のところ、作戦は順調に進んでいる。後は……。
「あと委員長。トビムシ、外してくれない?」
 八咫烏の足に結わえ付けられた袋から、トビムシを取り出すのが先決のようだった。


続劇

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