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22.桜宴

 その日の夜は、ささやかな宴が催されていた。
 セイレーンとの戦いの中。ほとんどの生徒はパートナーを組み終わり……夕方に目が覚めたセイルとリリの契約成立をもって、十九組の生徒がパートナーの登録を終えたのだ。
 それを祝う、花見大会である。
「あたしの歌を、聞けぇぇっ!」
 放送部から無断で拝借してきたマイクを突き上げ、絶叫するのは子門真紀乃。
 もちろん周囲に、消音の結界は展開済みだ。それが分かっているからこそ、周囲も元気よく声を上げ、中には楽器を取り出すものや、真紀乃の後ろで踊り出す者までいる始末。
「信じられるかい……? あれで、酒が入ってないんだぜ……?」
 そんな真紀乃達のハイテンションな輪を囲むようにあるのは、彼女たちより少しだけ穏やかな、食事組の輪だった。
「や、あのくらい普通っしょ」
 花見となれば、料理が出るのは当たり前。今回の騒ぎを知ってか知らずか、菫が持ってきた夕飯用の食材も、オードブル向けの材料が揃えられていたりする。
「……いやそれはどうだろう」
 無いのは本当に酒ばかり……という状況だったが、そもそも彼らは高校生だ。アルコール分は必要ない。
「どうだろうじゃないっ! ほら、誰か芸とかないの? ハークくんはどうなの?」
 アルコールなど無くても、テンションは十分過ぎるほどにおかしかったからだ。
「そんなの出来ないよぅ……」
 晶の無茶振りにため息を吐くハークの代わりに立ち上がるのは、ウィルだった。
「なら、私が花でも出そうじゃないか」
 そう言って優雅にすいと右手を掲げ。
「や、今日は薔薇は……」
 そもそもウィルが花を出すのはいつものことで、もはや芸でも何でもなかった。
「ははは。そんな無粋な真似など、するものか……とぅ!」
 叫びと同時にウィルは桜の上へと跳び上がり。
 姿を消したウィルの代わりに降って来るのは、薄桃色の花びらの雨。


 そんな、騒ぎを離れた一角で。
「そいや、すっかり忘れてたが……。余り者同士、よろしくな。良宇」
 緋毛氈代わりのシートに座り、レイジは傍らの巨漢に今更ながらにそう呼びかけた。
 今までに決まったパートナーは、十九組、三十八人。本来なら二十組出来るはずの組み合わせのうち、ひと組足りない。
 当たり前のことだが、最後まで組み合わせが成立しなかった余りの二人は、選択の余地無く勝手にパートナーにされてしまうのだ。
 今年の余りは、レイジと良宇だった。
「……………」
 レイジの言葉に、良宇からの答えはない。
「……ったくよ。人のことばっかりに夢中で、テメェのコトをすっかり忘れちまうんだもんなぁ」
 B組の委員長の仕事に、鬼ごっこの仕切り。合間に放送部に顔を出し、良宇の茶道部の準備に走り回る。
 その甲斐もあって、茶道部の体裁は整った。
 後は人を集めるだけだが、その本番は中間テストが終わり、部活の勧誘が本番となってからの事だ。
「オレは……」
 苦笑するレイジの姿に、良宇はようやく口を開く。
「最初からお前が相棒だと思っていたが。……まずかったのか?」
「………や。問題ねぇ」
 ぶつ切りだがまっすぐな言葉に、傍らに置いてあった水の入ったコップを取る。
 日本には、杯を交わして義兄弟の契りを結ぶ風習があると聞いた。酒はなくとも、せめて雰囲気だけでもと思ったのだが……。
 やはり、良宇はそれを受け取ろうとはしない。
「水盃は……縁起が悪い」
 水盃は、今生の別れを示す。
「こんなものしかないが」
 その代わりと良宇が差し出したのは……。
「なるほどな。そっちのが、俺たちらしいや」
 点てられたばかりの茶が入った碗を見て、レイジはニヤリと笑みひとつ。
 その笑顔に誘われたか、緑に泡立つ茶の上に、桜の花弁がひらりとひとひら舞い降りて。
「これは、縁起が悪ぃ訳じゃねえよな?」
 頷く良宇を確かめて、レイジはそれを半ばまで飲み干して。
 思いっきり、むせた。


 レイジ・ホリンと、維志堂良宇。
 余談となるが、彼らをパートナーにと望む声は無いわけではなかった。
 その中には良宇に力を貸してもらった者もいたし、レイジにケンカを仲裁してもらった者もいる。もちろん、戦いの中で彼らの資質を見抜いた者もいた。
 けれど、その誰もが誘いの声を上げなかったのは……既にこの二人が、パートナーの契約を結んでいたと思っていたからだ。
 もちろん二人はその事実を知らない。
 それを知るのは、もっともっと、後のことになる。


 はいりがそっと手を伸ばせば、桜吹雪は雪の如く溶け消えた。
「……へぇ。ローゼリオンくん、良いセンスしてるじゃない」
 幻覚なのだ。この桜は。
 リリックかレリックかは分からなかったが、これだけ大量の幻術をここまで細やかに配置するなど、並みのセンスではない。
「にしても、ひどいですわ。はいり先生」
 そんな呑気な教師陣を囲むのは、不服気味なキースリン達だ。
「あのセイレーン、ドッキリだったなんて……」
 そう。
 夕方突如現れた魔物は、教師陣が魔法で造り上げた、ドッキリの一環だったのだという。
 道理ではいり達と連絡が取れず、倒した後に死骸も残らなかったわけだ。
「当たり前でしょ。あんなもんがメガ・ラニカからポコポコ来たら、たまんないわよ」
 紙コップに注がれたビールをひと息に飲み干して、はいりは楽しそうに笑っている。アルコール禁止の校内で、この一角だけが無法地帯だった。
「っていうか、お酒なんか呑んで良いんですか? はいり先生」
 確かはいりは車で通勤しているはず。ローリや葵が酒量をコントロールしているとはいえ、その頬は既に赤く染まっている。
「大丈夫! 今日はあたし達もみんなのテントに泊まるから!」
「え? そうなんですか?」
 どこからともなく飛び出したのは、半ば歓迎、半ば慌てを含んだ声だ。
「ふふっ。麻雀くらいまでなら目を瞑るから、別に慌てなくてもいいわよ」
 珍しく穏やかな笑みを見せる葵も、目元はほんのり桜色。
「いや……さすがにそれは……」
 あるのはせいぜい花札までだ。
 葵が期待するほどの物は……たぶん、ない。
「後はまあ、恒例の男子テントの強制持ち物検査くらいかなぁ……?」
「それいい! 乗った!」
 酔いに任せた乱行の予感に、女子達が全力で乗ったその時だ。
 中央から聞こえてきていたアニソンが、緩やかなフォルクローレに変わる。
「あら……良い唄ね」
 どこか哀愁を帯びた柔らかく細い声は、時に高く、時に低く。
 ゆったりと流れるメロディラインに、賑やかだった辺りも、いつしかその謡を楽しむように言葉を止める。
「メガ・ラニカの子守歌ですね」
 そしてその歌に重ねるように、再び桜の雨がゆらりと降りそそぎ始めるのだった。


続劇

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