-Back-

10.倶楽部活動奔走六

 テーブルの上に並ぶのは、ご飯と味噌汁、軽くあぶった一夜干し。黄色い沢庵も、忘れてはいない。
「……茶道部?」
 もはや絶滅寸前とも言われる完璧な朝の食卓を前に、八朔は良宇の言葉を繰り返した。
「そいや、作りたいとか言ってたな……」
 大神八朔の実家は、茶道の家元のひとつ。そして良宇はそこの門弟だ。
 その絡みもあって、八朔も良宇の茶道部計画に、なし崩し的に巻き込まれる羽目になっていたのだが……。
「けど、部活がどうこうってのは、中間テストが終わってからの話だろ? 早くないか?」
 今の魔法科一年の最優先課題は、中間テストまでにパートナーを決め、このテント生活を終わらせること。
 中には早々に水泳部への入部を決めた冬奈のような例外もいるが、良宇達は部活そのものを立ち上げようというのだ。入部届を出せば済む冬奈とは、ワケが違う。
「おまえ……馬鹿だろ」
「え、いきなりバカ扱い!?」
 だが、八朔の言葉はレイジの前に一刀両断。
「ケンカは先手必勝じゃい。部活の準備だって、早いに超したことはなかろうが」
 そう言う良宇は、既に食事を終えている。茶碗の中には、米の一粒も残されていない。
「……まあ、そうか」
 ケンカも食事も先手必勝。ならば、部活も速攻あるのみ。
 それが、維志堂良宇という男のやり方なのだろう。
「とりあえず、レムもちゃんと寝られるようになったしな。やれることはやれるウチにしといた方がいいって事だよ」
 箸で一夜干しから身をつまみ上げつつ、レイジ。異世界生まれ、異世界育ちの生粋のメガ・ラニカ人のはずなのに、箸の使い方は妙に上手い。
「ああ。鬼ごっこでレムばっかり追いかけ回してたのって、そういうことなのか」
 当のレムは悟司と一緒に、少し離れた席で黙々と朝食を食べている。幸い、こちらの話は聞こえていないらしい。
「……内緒だぞ? で、八朔の担当はだな」
 いよいよ本題に移ろうとしたところで、隣の席から掛けられたのはファファの声。
「ねえねえ。今日の朝の料理当番って……?」
「オレだが」
 小さく手を挙げる良宇に、ファファは言って良いものか少しだけ迷うと……困った表情のまま、手元の小鉢を取り上げてみせる。
「このお豆の……煮物? 腐ってるよ?」
 それは、日本有数の発酵食品だった。
 納豆である。
「いや、これはそういう食べ物でな」
「嘘だぁ。絶対腐ってるよぅ!」
 ファファは良宇の言葉を速攻否定。
「……俺も腐ってると思う」
 その意見に、八朔も賛同の意を示す。
「おめぇ、日本人だろうが……」
「京都で納豆っていうのは、大徳寺納豆の事を言うんだよ」
 納豆もちゃんと受け入れているメガ・ラニカ人の前で、堂々と糸引き納豆を否定する日本人、大神八朔。
「だから、こういう食べ物なんだってば」
 ちなみに華が丘生まれの冬奈は、普通に納豆を食べていた。
「って、冬奈ちゃん。そんなもの食べたら、お腹痛くなっちゃうよ! ほら、早く出してー!」
「だ、大丈夫だってば!」
 ファファの興味は、既にレイジや八朔の納豆論ではなく、冬奈が『腐った豆を食べちゃった』事件に移っている。
「……で、だな。納豆が食べられない八朔の担当なんだが……」
「おまえ結構ヒドい奴だな。レイジ」
 様々な意味をひと言に押し込んで、八朔はぽつりとそう呟いた。


「A組に……ねぇ」
 良宇とレイジから八朔に下された使命は、A組に協力者を作ることだった。
 とはいえ、他県からやってきた八朔は、他のクラスに知り合いらしい知り合いがいない。メガ・ラニカ人のレイジはともかく、その辺りは良宇の方が適役ではないのかとも思ったが……。
 良宇もレイジも、部の立ち上げそのものの準備に掛かりきりで、その役が八朔に回ってくるのは仕方のない話でもあった。
「とりあえず、委員長とかその辺りの奴に声かけてみるか……」
 そんな事を考えていると、目の前をちょうどいい人物が歩いていた。
「あ、ウィルー」
 確か、A組の副委員長をしているはずだ。前にカフェ・ライスでお茶を飲んだとき、日本の文化にも興味があるような話を聞いた……覚えがある。
「どうしたんだい? ええっと……」
「八朔だ。大神八朔」
「そうそう。柑橘系の名前だとは思っていたんだ。ネーブルとか、オレンジとか」
 どう考えても、日本人の名前ではなかった。
「……で、私に何の用だい?」
「えっと……だな。ちょっと、力を貸して欲しいんだが……」
 八朔も、もともとこの手のやりとりが得意なタイプではない。慣れないままで言うから、物の言い方も何となく的を射ないものになってしまう。
「……私にかい?」
「ああ。たぶん、おまえが一番いいと思うんだよな。それに、興味もあるんじゃないかと思うし……」
 副委員長ならそれなりにクラスに顔も利くだろう。部員募集の手伝いとまではいかなくても、その手の話に興味のありそうな奴を紹介してもらうだけでも助かるのだが……。
 もちろん個人的に日本の文化に興味があるなら、茶会に顔を出してもらってもいい。良宇もレイジも喜ぶだろう。
「…………」
 その言葉に、ウィルからの返事はない。ただ、少しだけ目を見開いて、沈黙を守ったまま。
「どうかしたか?」
「いや……少々、意外だったものでね」
「やっぱり、都合悪いか? 急な話だもんな……。すまん、忘れてくれ」
 やはり、クラブ活動の人集めなど早急過ぎたのだ。
 部員募集が本格的に始まる中間テスト明けか、せめてテント生活がひと段落するまで待つべきだろう。
「いや、構わないよ。世の中、時としてそういう驚きも必要なのだろうさ。任せておきたまえ!」
 軽く自身の胸を叩き、ウィルは穏やかに微笑んでみせる。
 それはいつも通りの表情で、彼が普段の調子を取り戻したことを表していた。
「……いいのか?」
「私の力が必要なんだろう?」
「すまん、恩に着る!」
 副委員長の力が借りられるなら、部員集めもよりスムーズに進むだろう。文字通りの百人力だ。
「ははは! なら、今後ともよろしく頼むよ…………」
「……八朔な」
 出て来ない名前を、八朔はぼそりと訂正してやった。


 ほぼ、同刻。
「茶道部?」
 良宇とレイジの姿は、職員室にあった。
「そういえば維志堂くんは、大神先生の所のお弟子さんだったわね」
 茶道の家元を務める大神の祖母は、華が丘有数の名士の一人だ。そうでなくとも、葵は個人的に大神家とは付き合いがある。
「ダメか、先生」
「ダメじゃないけど、正式な申請は中間テストが終わってからになるわよ?」
 中間テストまでは、とにかく学校に慣れることが最優先とされる。それに加えて、魔法科にはパートナー探しというさらに大事な目標があった。
 クラブ活動は、その次だ。
「……ああ。それは分かってる」
 部活を軽んじているわけではない。パートナーが決まらなければ、メガ・ラニカからの留学生には帰る家すらないままだ。
 部活を凌ぐだけの重みと理由が、パートナー制度にはあるのである。
「後は顧問の先生と、教室が必要ね……。確か、本館の礼法室が開いていたから、見ておいてあげるわ」
 方針が決まれば、手順の組み立ては葵の得意とするところ。必要事項を洗い出し、埋められる箇所から素早く手段を講じていく。
「恩に着る!」
「なら、後は顧問の先生ですね……」
「私は女子陸上があるから、そこまでは面倒見切れないわよ?」
 そう言いながらも、葵が考えているのは華が丘高校の教師の顔ぶれだ。現在部活を担当しておらず、茶道部にそれなりの理解があって、ついでに言えばなるべく葵が話しやすい相手……。
「葵。これ、今度の資料だって」
 そこにひょいと伸びてきたのは、細い手だ。
 銀髪の小柄な女性が、こちらに資料を突き出している。
「ああ、ローリ」
「何?」
 資料を受け取ろうとして、葵はその手をふと止める。
 そして頭を巡るのは、先ほどの三つの条件だ。
 部活を担当しておらず、葵の話しやすい相手。
「あなた確か、前に菫先輩と一緒に大神先生の所でお茶、習ってたわよね」
「昔の話よ」
 そして、茶道への理解。
「この子達が、茶道部を作りたいって言ってるのよね……」
 いきなりの切り出しに、養護教諭の目がすっと細くなる。
「……で?」
 殺気でも出ているのかと間違うほどの不機嫌そうなローリだが、葵に遠慮の文字はない。
「私かはいりが出来ればいいんだけど、女子陸上と水泳部があるでしょ? ローリは副顧問扱いで、顧問は私の名前使っていいからさ」
 葵の話に、ローリは沈黙を守っていたが……。
 やがて、小さくため息を吐いた。
「……人数が揃ったら、また言いに来て」
 そう言い残して、養護教諭はその場を静かに去っていく。
「いいんですか? あれ」
 無理難題を突きつけられたローリは、酷く機嫌が悪そうに見えた。このやりとりで葵とローリの仲が悪くなったのなら、それはそれで後味が悪い。
「昔からああいう顔しか出来ないコだから、気にしないで良いわよ。なら、後は人数ね」
 だが、このやりとりも昔かららしい。
 全く気にする様子のない葵に、レイジもそれを気にしない事にする。
「クラブ活動の最低人数は、五人。兼部はカウントに入らないから、あと三人はいないと部費も部室ももらえないわよ?」
「そうですか……」
 その説明に、レイジは少しだけ言葉のトーンを落とす。
 既にレイジは、放送部にも顔を出している。どちらをメインにするかはまだ決めていないが、兼部がカウントに入らないなら、現在の純粋な茶道部員は良宇と八朔の二人という事になる。
「揃ったら、報告に来てちょうだい。その時は、また相談に乗ってあげる」
 そして、二人は職員室を後にして……。
「良宇……」
 呟いたその名に、良宇は彼の思いを読み取ったのだろう。
「お前はお前のやりたいようにせえ。その代わりオレも、やりたい事をやるからの」
「……言われるまでもねぇよ」
 差し出された拳を、軽く打ち返し。
 レイジは、放送部へ『も』入部届を出すことに、決めた。


続劇

< Before Story / Next Story >


-Back-
C-na's 5th Dimentional Labyrinth! "labcom.info"
Presented by C-na.Arai