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13.今夜はもう、帰さない

 黒い狼が闇に還り。
 再び始まったのは、テントの設営作業だ。今度は誰かがガルムを召喚する事もなく、順調に進んでいる……かに、見えた。
「…………ふーむ」
「…………はぁ」
 組み立てられたフレームの傍ら。腕を組み、首をひねる少年と……溜息をつく少年がいた。
 ウィルと、ハークである。
 ウィルはその場にしゃがみ込んで何かしたかと思うと、再び立ち上がり、首をひねっている。
「……どうしたの、二人とも」
「助けてよぅ、クレリックさん、ハルモニアさぁん」
「ローゼリオン、くん?」
 リリの問いに、ウィルは平然と肩をすくめてみせる。
「いや、何というか、こう……テントをフレームに留めるこの辺りの結び目が、美しく結べなくてね」
「さっきからずっとこうなんだよぅ!」
 結んではほどき、ほどいては結び。
 それを延々繰り返すものだから、テントの設営が進まないこと甚だしい。
「何やってるのよ……もぅ」
 リリはやれやれと溜息をつくと、ウィルを押しのけてその場にしゃがみ込む。
「こんなものは、こうして……こうして……こうやって………えっと……こうやって…………こう?」
 言葉を重ね、連ねるたび、語尾がどんどん上がっていって。
 最後に至っては、明らかな疑問形だった。
「頑張りは認めたいが……」
「ちょっと、風が吹いたら飛んじゃいそうじゃない?」
「うぅぅ……うるさいわねぇ。ええっと……」
 もう一度ほどいて、やりなおし。
 再び語尾が上がっていき、最後はやはり疑問形だった。
「…………こういうの、向いてないかも」
 リリはテントの前から立ち上がり、速攻でその場所をウィルへと明け渡そうとする。
「ちょっと貸してくださいます?」
 しかし、ウィルの代わりにその場所へ歩み寄ったのは、黒髪の少女だった。
 スカートの裾を折ってしゃがみ、テントの前に手を伸ばすこと、ほんの数秒。
「……これで、よろしいですか?」
「ハルモニアさん、すごい………」
「むぅ……やるな!」
 そこにあるのは完全な左右対称で、しかもどんな風が吹いても、フレームからテントが吹き飛びそうにないという……完璧な結び目だった。
「よぉっし! なら、テントのひも結びはハルモニアさんにお任せねっ!」
「あ……はい。お任せください」
 拍手でも始めようかという一同を穏やかな笑みで制しておいて、キースリンは次の結び目にとりかかる。
「………あれ? さっきの魔女っ子って、何とかハルモニィって言ってたよね……?」
 ふと、ガルムを倒し、一瞬で姿を消した謎の魔女っ子の事を思い出すハーク。
「ハルモニィと……ハルモニア……? 偶然じゃない?」
 しかし、魔女っ子と言えば正体を隠すのが基本中の基本だ。その魔女っ子が、本名をもじった名前を使うなど………。
「だよねぇ。いくらなんでも、そこまで狙わないよねぇ……?」
 ハークとリリは、黙々とテントのひもを結んでいくキースリンの背中を見やり。
 互いに乾いた笑い声をあげるだけ。



 結局、全てのテントを組み終わったのは、日が沈む少し前の事だった。
 整列した魔法科一年の前に立つのは、緩やかに巻かれた銀髪の、小柄な女性。
「華が丘高校養護教諭の、ローリ・近原です。ここからの説明は兎叶先生、雀原先生に代わって私が行いますので、聞き逃さないようにしてください」
 見かけの幼さとは対照に、どことなく冷たく、威圧感のある声だ。さして大きな声ではないし、魔法で拡大している様子もないのに……自然と一同は押し黙り、その上をローリの声が静かに通り抜けていく。
「これから皆さんには、パートナー契約のための強化合宿に入ってもらいます。パートナー制度は、知っていますね?」
 華が丘在住の魔法科の生徒は、メガ・ラニカからの留学生とコンビを組む事になる。彼もしくは彼女をホームステイさせ、日常生活の支援を行う代わりに、華が丘在住の地上人はメガ・ラニカの習慣や、より高度な魔法を教えてもらうのだ。
 魔法科の正式名称である異文化交流科の本質は、この制度にこそあると言っても過言ではない。
「……冬奈さん、知ってたの?」
 だが、そのために合宿を行うことは、事前の資料では一切知らされていなかった。
「ええ。兄さんたちから色々と……」
 魔法科に入った兄は、入学直後、しばらく帰ってこなかったのだ。ようやく帰ってきたと思ったら、パートナー付きである。
 パートナーの事は知っていたから問題がないと言えば無いのだが、それでもちょっとした騒ぎになったものだ。
「あと、全員のパートナーが決まるまで、家へは帰れませんので気を付けてください」
 ローリの言葉に横暴だ、という声がどこかから上がるが、ローリは眉の一つも動かす気配がない。
「横暴でいいと言うなら、クラスの席の隣に座っている生徒同士で強制的にパートナーを組ませるけれど……それでも構わないかしら?」
 だが、ぽつりと呟いたローリの言葉に、そのブーイングもさすがに黙ってしまう。
 少なくとも、合宿中に決めろという事は、選ぶ自由はあるという事だ。そこまで強制的に決められては、その自由さえなくなってしまう。
「朝昼晩のご飯の材料は、テスト週間までは学校で準備するからね。家庭科室と調理室、クラブハウスのシャワー室は自由に使っていいから、みんなで仲良くやっていきましょう!」
 そう言ってはいりが指さしたのは、段ボールに詰められた材料の山。要するに今晩から、自炊を始めろということなのだろう。
「では、本日のオリエンテーションは全て終了とします。後は教室で決めた班ごとに行動するように。……解散!」
 解散と言われても、家に帰っていいわけでもないのだ。四十人の生徒達は、とりあえず班ごとに固まって……今後をどうするか話し始める。


 そんな中。
「…………どうしよう」
 誰かが呟いたその一言が、今後の運命を語っている……気が、した。


続劇

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