「全部、終わったみたいだね」 ゆっくりと降下を始めた箱船を見上げ、少年は静かに呟いた。 「……だな」 傍らに立つのは、隻腕の巨漢。 「どうする? このまま死ぬ?」 男の半身は真紅に染まり、表情にも死相が濃い。エミュやコーシェイの治癒をもってしても、もう助かりはしないだろう。 「最後を迎えるなら、戦の方が良い」 だが、既に周りに敵はない。打ち砕かれた客人と、後は少年がいるだけだ。 「……そう」 だから、少年は髪の一本を引き抜いた。 本来なら絶対に敵わぬ相手だ。しかし、今の男は力の全てを使い果たした半死人。 少年の力があれば、倒す事は造作もない。 「シェティスに怨まれるぞ、貴公」 「『彼』が恨まれるよりは、マシじゃない?」 少なくとも少年と彼女には接点が無い。これから共に歩むだろう『彼』が恨まれるよりは、マシな結末となるはずだ。 「損な性分だな、貴公も」 巨漢は笑い、ゆっくりと足元に転がる大剣を引き上げた。構える体は隙だらけで、周囲の客人全てを打ち倒した鬼神の面影はどこにもない。 「……まさか、僕がこんな役目を引き受けるとは思わなかったけどね」 そして。 「手加減はしない。全力で行くよ」 「そうでなくては死に切れぬ。来い!」 少年は一片の容赦もなく、自らの全力を解き放った。 男に迫るは黒い闇。触れる全てを歪めて潰す、超重力の力の嵐。 「なれば!」 残された片腕に全ての力を込め。巨漢は己の大剣を肩へと担ぎ上げ、疾走を開始する。 死ぬ事に畏れなど無い。あるとすれば……。 (結局あ奴には、勝てなんだか……) その想い、唯一つ。 脚を大地に踏み込んで、その反動で剣を鋭く振り貫く。並のビーワナでは両手持ちでも扱えぬ大剣は高い音を立てて弧を描き。 過重力の渦に触れ、あっさりと砕け散った。 〜Excite NaTS-Extra〜 『They are Greatful Soloists』 0.巡る刻の円舞 「まだまだぁっ!」 砕けた剣を構えたまま、少年は鋭い叫び声を上げた。崩れた体勢で二転、三転し、無理矢理に加速して姿勢を立て直す。 「辞めておけ。貴様もまだ病み上がりであろ」 相対するのは東方風の長衣をまとった犬族のビーワナだ。こちらも怪我をしているのか、体のあちこちに包帯の白が見える。 突き出された長剣を受け流すのは木剣だ。訓練用の物ではなく、そこらの木の枝を荒く削っただけの粗末なもの。相手が折れた剣とはいえ、鋼を受ければ一合で折れてしまいそうなそれで、犬族の男は少年の斬撃をもう何十合と受け流している。 「病み上がりなんて関係ねえっ!」 一足飛びに跳躍して男と距離を取ると、少年は折れた長剣を投げ捨てて腰の二本目の剣を引き抜いた。 男が動かないのを見、再び加速。 (俺も……強くなる!) せめて、『あの人』に勝てるくらい。 少年の胸の中に、どれだけ挑んでも勝てなかった影が去来する。 『あの人』はもう、この世にいない。 だが、いつかどこかで相見えた時、五分……否、必ず勝てるように強くなると、少年は誓ったのだ。 「だぁぁぁぁぁぁぁっ!」 咆吼。加速が疾走に切り替わり、やがて速度の臨界を越える。意志の強さが肉体を凌駕し、限界の片鱗を垣間見せる。 「ほう!」 流石の男も声を上げ、斬撃の軌跡に集中を叩き込んだ。 (一つ修羅場を抜けるだけで、こうも違うか) そうは想いながらも、常人には決して反応出来ぬはずの斬撃をあっさりと受け流す。しかし構えていた木剣は斬撃のまとう風を受け流しきれずに砕け散り、翔びずさる男の包帯を千々に撒き散らした。 崩れたバランスにたた、と数歩踏み、た、と着地。 「おぅい」 そんな男の背中に掛けられたのは、緊張感のない声だった。 「……ふむ。貴公か」 東方風の男とは対照に、西洋風のローブとフードを目深にまとっている男だ。どこからともなく響くしゅるしゅると粘り付くような音は、爬虫類の一族特有の呼吸音。 「師匠の命日というに……まだ遊んでおったか。儂がエンティナ様より治癒術を学んでおらぬのは知っておろ?」 呆れた声に言われて見れば、はだけた包帯の辺りから薄く血が滲んでいる。 「構わぬ。それもまた良し、よ」 力を使い果たして崩折れた少年を見やったまま、犬族の男はどこか満足げに呟くのだった。 |