7.転章・スクメギ はるか上空を見上げ、少年は吼えてみた。 「で、そりゃ何だお前。新手の健康法か!」 「いやぁ。何か皆さんピンチっぽかったから、何とかしないとって必死で……うっかり?」 ははは、と頭をかくミユマ。 そう。赤い光の正体はミユマだった。 獣機と同じ大きさの光の正体が、である。 「うっかりにも程があるだろうが!」 「みんな無事だったし、めでたしですよ」 「次はコスチュームでも作るか? あぁ?」 「ああ、それいいですね〜」 正面から受け流された皮肉に頭を抑えつつ、ロゥは膝の上で眠っている少女に視線を戻した。 人型なら結界の影響を受けないらしく、少女の寝息は穏やかだ。しかし、体に残った結界の影響が消えるまでは、獣機に戻っても全力は出せないだろう。 「……ロゥ」 「……何だよ。クソ親父」 掛けられた声に、再び顔を上げた。 「今回の敵の動き、おかしいとは思わんか?」 同じく休んでいた狂犬の問いに答えたのは、首を傾げたロゥではなく、別の声。 「……第二陣としては、お粗末過ぎるね」 雅華だ。こちらもアクアの魔法で治療を受け、危険な状況は何とか脱している。 「雅華。何でアンタがここに……」 「そんな事はお互い様だろ。それより」 先日現れた斥候の客人で、こちらの戦力はあらかた掴めたはずだ。だが、現れた客人は十と少し。偵察にしては動きが派手だし、かといって攻める気なら数が少なすぎる。 「前の奴が、情報を送らなかったんじゃ?」 「斥候が戻らなけりゃ、普通もっと警戒する」 そしてより慎重に偵察部隊を出すだろう。 (まさか、あれが全戦力という事もあるまい) 単に定石の通用しない相手なのか、十騎が極々少数の大軍団なのか。 それとも、他の目的があったのか……。 全てが終わった青空の下に響いたのは、頬を張る快音だった。 「レアちんのバカ!」 エミュが、レアルの頬を張ったのだ。 「ポク達が間に合ったから良かったけど、何であんな危ない事したの! もうちょっとで死んじゃう所だったんだよ!」 呆然としたままのレアルは、言葉も出ない。 「ポク、レアちんが死んじゃったらヤだよぅ」 「え、あ……えっと」 ついに泣き出したエミュにうろたえるレアルだが、周りを視ても知らんぷり。お前が何とかしろ、という空気が漂っている。 「その……」 そして、レアルはたどたどしく口を開いた。 僕が悪かった。嫌わないで。 そう言いかけて軽く小突かれ、言葉を止める。 「嫌いな奴は、泣くほど心配しないよ」 何だか不機嫌そうにそう言い、クラムはもう一発肩を小突く。 「一発殴りたかったけど、も、いいや」 「……ごめん。エミュ」 しがみついて泣きじゃくるエミュ。 フードの下、静かに微笑むコーシェイ。 無言で頷く蛇族の老爺。 遅れて舞い降りる純白の獣機。 その面々を見回して。 「……ありがとう」 少年は一言そう、呟くのだった。 醒めた声で、男は呟いた。 「弱い……」 繰り出された刃を払い、薙ぎ返す。 弱い。弱い。弱い。 先日は高ぶる思いに囚われて遅れを取ったが、心を正に据えて対すれば、その強さはどうだ。先程葬った大将仕様の一式の方が、大将の意志が感じられる分いくらか強かった。 「意志無き剣は、ここまで無力か!」 そう。客人の剣には、意志の欠片すら感じられないのだ。疑似契約のように、駆り手の意志だけが空回りしているのでは無い。 「俺が求めたのはこんな戦ではない! 話が違うではないか……クソッ!」 シスカの刺突で歪んだ空間に、客人の剣を打ち砕く重剣の豪打。生まれた破壊の輝きはドラウンの怒りすら引きずり込むほどに昏く、重い。 『識別承認……識別完了、蒼』 『戦闘姿勢を確認。敵対存在か判定中』 「……シスカ? どうした」 「いえ……何か、ノイズが入ったようで」 もう大丈夫です。と主に答え、白銀の獣機は細剣を鞘へと収める。周囲に既に敵はない。 『……アッチャン……デス』 「……? あっちゃん?」 その言葉が何を意味するのか。 知るものはまだ、この場にはいない。 「ドラウン様。上に巨大反応を確認。敵、です」 銀翼の上。戦に餓えた狼は、さらなる敵を求め、終わり無き飛翔を続けるのみ。 |