7.スクエア・メギストス 正面から巨大な壁が倒れてきた。 「うひゃっ!」 どどぉん、と崩れ落ちたログダリューを軽く避け、クラムはミユマに声を投げつけた。 「で、何でキミまで付いてくるの?」 「いちお、あなたを追ってる身ですし」 背中の痛みを我慢して数歩助走すれば、『快速弾丸』は発動出来る。どうやらミユマも似たような力を持っているらしく、戦場を走り抜ける事に苦を感じていないようだ。 「あのバッシュという方にもお礼言わないと」 戦場に着くなり虎族の巨漢は二人を置いてさっさとどこかへ行ってしまった。毒や痛みが引くのを待ち、二人は彼を捜して戦場にやってきたのだ。 「にしても、ひどいですね……」 獣機の整備場はテント村にあった。 だが、短いが激しい戦闘でテント村は既に元の姿を喪っている。 「うん……。この辺も獣機戦があったんだね」 苦笑しながらふと足元を見、表情を変えた。 「クラムさん!」 逃げ遅れたのか、瓦礫の上で横になっている親子が一人。そこを中心に広がる赤いものは、二人の怪我が相当に深い事を示している。 父親の方は死んでいるようだが、娘の方はまだわずかに胸が上下している。 「ミユマ、まだ息が……」 「連れて行きましょう!」 慌てて子供を抱え起こし、少女達はその場を離脱するのだった。 「ちっ……。こいつ、つええっ!」 突如襲いかかってきた小さな影に、ロゥはもう何度目かの舌打ちを放った。 相手の大きさは僅か2m。10mの巨躯を誇る獣機にとって、一蹴出来るはずの相手だ。 「すごいねぇ」 だが、相手は自分の身長ほどもある剣を操り、ハイリガードと互角の戦いを繰り広げていた。 ミユマやクラムのような高速機動戦ではない。獣機の大パワーを正面から受け止め、強引に押し返す。戦法としては、ロゥのものに近い。 「テメ、どっちの味方だっつの!」 再び虎族の男の斬撃を払っておいて、ハイリガードが半歩余計に退いていた事を察知。無理に踏み込むよりその意を汲んで、その構えのまま矛の一閃を空撃ちさせた。 鈍い振動は、ロゥの気付かぬ内に寄ってきたログダリューがその一閃で薙ぎ払われた衝撃だ。 「イルシャナ様だよぅ」 「あーそうだったな」 イライラしながらエミュに返し、周囲のテントを巻き上げながら重矛で薙ぎ払う。 戦場をやや離れ。 「ほら、しっかりして。傷は浅いよ」 クラムは膝枕した少女にそう声を掛けた。 だが、分かっていたのだ。 ガレキが当たったのか。胸元から肩口に渡って砕かれた体に、生命の力がわずかしか残っていない事を。 「…………」 泣きそうな顔を上げれば、ミユマも無言で首を横に。 白い重装機の振るう巨大な重矛が宙を薙ぎ。 舞い散る、黄色い天幕と獣機の黒いオイル。 「……」 少女は何か言いたかったのか、ぱくぱくと口を数度動かすが……やがて、静かに首を折る。 何が言いたかったのか、伝えられないままに。 「もう…………」 泣き声が響き……。 「何だってんだようっ!」 皓き閃光が、あたりを切り裂いた。 その瞬間、少女の機体はがくりと膝を折った。 「え……っ!? 戦闘……不能? いつの間に」 少女は神速の斬撃に呆然と。 「現行のどの獣機とも違う。何だいありゃ」 美女は圧倒の存在に慄然と。 「震えてるのか……ハイリガード。おい!」 少年は従者の恐慌に憤然と。 「馬鹿な……まだ、早過ぎる。運命の子め!」 老人は埒外の事態に愕然と。 「きれい……」 童女の呟きと共に舞い降りたのは純白の獣機。 シェティスの駆るアカレイヒを僅か一撃で退け。有翼族の如き白き巨大な翼を優雅に広げつつ、羽根の如き軽さで大地にふわりと立つ。 「あれは……」 スクメギの曲面的な獣機ではない。さりとて、アークウィパスの直線的な獣機でもない。 「スクエア・メギストス……」 動きを止めた獣機の中。少年の膝の上で、少女は一言、そう呟いた。 |