からん。 透明なグラスの中。 揺れる氷がぶつかり合い、鳴った。 「賞金首……ですか」 グラスの主はまだ年若い娘。 賞金を賭けられて間がないらしく、グラスに映る羊皮紙はまだ新しい。転写の魔法で描かれた姿絵は、グラスの主と大差ない年頃の少女だ。 賞金首らしからぬ笑顔に掛かった金額は、これまた破格の10万スー。 「オレの性にゃ合わね」 人生の半分を遊んで暮らせる大金を僅か一言で蹴り飛ばし、隣にいた少年はカウンターに1スー黄銅貨をばん、と叩き付けた。 打撃の勢いに任せ、そのまま席を立つ。 「アンタはこの姉ちゃんを追うのかい?」 「はい。多分」 「そっか。まあ、がんばりな」 軽く手を振り、少年はバーの外へ。 「……どこに行くんだい? ボウズ」 「……さあな」 ひゅっとグローブを嵌めた拳を突き出し、少年はカウンターの老人の問いに答えた。 「出来れば、ケンカの出来る所がいい」 Excite NaTS #1 こじ開けられた柩 1.王都からの遣い(Squmegi Remix) それは、どこにでもある物語。 無限の生を生きる女の物語。 愛する者と分かたれ、涙の底に悲しみの思い出を沈めながら、今日も生き続ける……。 それは、どこにでもある物語。 だがそれ故に、その詩を聞く者はない。 詩人はただ、静かに唄を奏で続ける。 少女は小さな館の前で立ち止まり、門の脇に控えめに書かれた文字を確かめた。 「スクメギ領主公邸」 小さく声に出してもう一度確認し、そっと胸元に手を当てて深呼吸。そこには物心着いた時から身に付けている『お守り』が納められている。 (イルシャナさまかぁ。いい人だといいなぁ) 金属の冷たく硬い感触があるのを確かめ、もう一度息を吸い、吐く。これが少女の冒険者としての最初の仕事になるのだから、緊張もしようというものだ。 落ち着いた所で一歩踏み出そうとして…… 「で、クラムには逃げられた……と」 中から聞こえてきた女性の声に足を止めた。 「はい。賞金稼ぎ達も相当に手を焼いているようで。何しろ、『快速弾丸のクラム・カイン』ですから」 若い女性の声はイルシャナだと、何となく分かった。部下らしい男と何か難しい話をしているようだ。 二つの声はゆっくりと近づいてくる。 「まあ、クラムの事は賞金稼ぎに任せましょう。貴方達は街の警備と、グルーヴェの動きに注意して頂戴。詳細は任せます」 「承知しました」 公邸と言うにはあまりに小さな一軒家の扉が開き、小柄な少女が姿を見せた。 「あ……れ?」 黒い髪。 少し疲れているけれど、優しげな表情。 「どなた?」 穏やかな声。 ……既視感。 「あ……あの、イルシャナさま」 少女の口から自然と出たのは、疑問形ではなく、断定形の言葉だった。 「……何かしら?」 首を傾げるイルシャナに、少女はカバンの中から一枚の巻物を取り出す。 「ポク、エミュ・フーリュイです! 王都のシーラ姫さまからの依頼で、今日からイルシャナさまのお世話をする事になりましたっ!」 差し出された羊皮紙のスクロールとその言葉に、イルシャナはああ、という表情を浮かべた。 「貴女がエミュ・フーリュイ? 報告は聞いていたけれど……随分可愛い護衛さんね」 穏やかに笑いつつ、勢いよく突き出された羊皮紙の巻物を、エミュからすっと取り上げる。 ココ王家第一王女の紋章が施された封印を丁寧に解き、スクロールの内容を一瞥。 「きっと力になってくれる……か」 「は、はいっ! がんばります!」 悠然としたイルシャナに対し、エミュは緊張気味だ。 「ふふっ。別に公式な場ではないから、そう堅くならなくてもいいわよ」 イルシャナはくすりと笑い、白く細い手でエミュの手をそっと取り上げた。少女の手を包み込んだ両の手は、柔らかく、そして暖かかい。 「私の力になって頂戴ね。エミュ……」 「は、はいっ!」 「なら、まず荷物を置いてきて。今からテント村へ獣機の視察に行きたいの。着いてきてくれる?」 「わかりましたっ!」 元気よく答えたエミュに、イルシャナは穏やかに微笑むのだった。 「てゆーか、何でボクが追われるワケ?」 宿屋兼食堂のカウンターをばんと叩き、少女は店の主に憤慨していた。 少女の名はクラム・カイン。 街の警備隊からワケも分からず追われて逃げてみれば、武装野盗と称される連中の陣営に迷い込み、今度は獣機に追われる始末。バッシュなる虎族のビーワナに助けられたから良いようなモノの、彼がいなかったらどうなっていた事やら……。 本人としては、追われるような事をした覚えは全くないというのに。 「えっと、これかな?」 一人で憤慨するクラムに、カウンターに座っていた店主の娘は紙の束を手渡して見せた。客は虎族らしい少女が隅っこに一人いるだけだから、騒ぐ事は気にしていないらしい。 「……王都で大人が子供になる事件」 「別のページだってば」 飛び込んできたのは、生け捕りに限り賞金10万スーという派手派手しい文字。 「……え?」 次に入ってきたのは、そこに描かれた姿絵だ。 「はぁぁぁっ!?」 年の頃は10の半ば。栗色のショートカットに元気そうな顔と、有翼種特有の純白の翼。 極めつけは、『運命の子クラム・カイン』という名前に尽きる。 「ボクが、10万スーの賞金首ぃ!?」 食堂の外にまで聞こえる大声で、クラムは叫んだ。……叫んでしまった。 「何で! ピュルス、どうして!?」 「あたしに言われてもなぁ……」 んー。とビーワナ特有の獣耳を掻きつつ、ピュルスと呼ばれた宿屋の娘は困ってみせる。 「まあ、とりあえず……」 「とりあえず?」 クラムの背後の光景に苦笑しつつ、一言。 「逃げたら?」 「……へっ!?」 「お客さん、ゴメンねー。騒がしいのがいてさ」 空になった皿を片付けながら、ピュルスは虎耳の少女にそんな声を掛けた。クラムが来る前からいて、クラムが賞金稼ぎ達に追われて逃げ出した後も残っていた、唯一の客だ。 「構いませんよ。賑やかで楽しいですから」 ふふ、と笑い、少女は手布で口の周りを丁寧に拭い取る。 「そういえば、お客さんもクラム追ってたんじゃなかったっけ?」 「食事時に焦ってもしょうがないですから。あと、お昼用のお弁当をお願い出来ますか?」 代金をテーブルの上に置き、上着を羽織ってゆっくりと準備完了。ここで急いで忘れ物でもしては、元も子もない。 「そんなもんなんだ。でも、急がないとクラム他の人に捕まっちゃうよ?」 「…………あれ?」 「………………」 「………………」 「………………」 「…………こいつぁウッカリです」 半泣きでそう呟き、虎耳の少女はふいと姿を消した。 「いってらっしゃーい」 一瞬で姿を消した少女をピュルスは何事もなかったように見送り、机の上の代金をエプロンのポケットへ。 さして驚く事ではない。 何せここは、スクメギなのだから。 |