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8.エルカズネ・カセドリコス

「無事で良かった! 心配したんだぜ!」
 繋がり合った伝声管から聞こえるのは、懐かしい声。
「うん……。ごめんね、ダン」
 たった数日聞かなかっただけなのに、浮かんでくるのは大粒の涙だ。聞き飽きていたはずの声が、今は聞こえるだけで嬉しくなる。
「俺だって、お前の事助けられなくてすまん……。ってか、お前……」
 倍以上のウェイトを抱えた騎体の操作感覚は、合体する前とほとんど変わらなかった。今までは明らかに重く、扱いづらくなっていたはずなのに……。
「機体のバランスの取り方、セノーテに教えてもらったの」
 それは、ぶら下がっているだけの今までとは違う、カズネにも多くの負荷をもたらす作業だった。けれど今までその倍以上の負担をダンに掛けていた事を思えば、苦しいなどとは言えはしない。
「……そっか。で、どうすんだ?」
 具合を確かめるように騎体に宙を駆けさせながら、ダンは久方ぶりに仕事を果たす伝声管へと問いかける。
 騎体の合間を無数の神術炎弾が飛び交っていたが、気にもならない。
「分かってるでしょ?」
「おう」
 掛ける言葉に、答えは一つ。
「カズネ。手助けはいる?」
「母様達は万里様を止めてあげて!」
 万里はイズミルでも指折りの剣士だ。徳勝門にも多くの剣の使い手がいるが、互角に渡り合える者はそう多くない。
 それにソフィアが現れたと聞けば、兵の士気は大きく上がるはずだ。
「セノーテも一緒に行って。……ペトラを助けたいんでしょ?」
「そ、それは……姫様」
「カズネでいいよ」
 思えば、セノーテに名を呼ばれたのは初めてな気がする。
 イズミルで出会った時はそれどころではなかったし、イサイアスからこちらはずっと二人きりだった。
「……承知しました。カズネ」
「イサイアスの事もお願いね」
 澄んだ声で呼ばれたその名にくすぐったい感触を覚えながら、カズネは改めて意識を集中させる。
 眼下の巨人は、大きく、強い。
「ダン! ドゥオモとミラコリは傷付けないようにね! たっぷりお説教してやるんだから!」
 そのうえ中には、カズネの大切な人が二人もいる。
 ソフィアが戦えなかったのも、恐らくは二人の存在を理解していたからだろう。
「おう。今のお前と一緒なら、負ける気がしねえ!」


 打ち合わされた刃は、黒い片手半と、トリスアギオンほどもある大刀だ。
 負けるはずのない。いや、正面からぶつかり合ったなら、片手半は確実に砕け、機体まで両断されてしまうだろう一撃だ。
 けれど、その一撃に打ち勝ったのは……カズネ達。
 巨大な大刀はカウンターの衝撃に浮き上がっている。がら空きになった胴に刃を叩き込もうとした所で、眼前に生まれるのは先ほどと同じ炎弾だった。
 先程までなら、翼は反射的に回避を選んでいただろう。
 けれど今の翼が選んだのは、さらに前へと進むこと。
「やっちまえ、カズネ!」
 この程度の炎弾など、ハギア・ソピアーの重装甲の前では花火に過ぎない。それを解した翼の動きに応えるように、カズネは片手半を振り抜いた。
「……ちっ!」
 迷いなき斬撃が切り裂いたのは、大気。
 転移術だ。
 咄嗟にミラコリが炎の神術から切り替えたか、あるいは大刀を操っていたドゥオモがたまらず言霊を紡いだか。
 ヒサの双子はどちらも神術師だ。二人が本気を出せば、二つの神術の同時行使や複雑な機動で飛ぶ中での神術攻撃も出来るのだろう。
 けれど今は、それさえ恐くなかった。
「カズネ、上!」
「分かってる!」
 叫んだ時には、既に機体は思い描いた軌道の一歩先にある。
 予想通りでは足りない。
 もっと先に。
 もっと上に。
 加速に任せてくるりと機体を回転させて。緑の巨人が現れ出でたその場所に、十分な遠心力を乗せた斬撃を叩き付ける。
 宙を舞うのは巨人の腕だ。しかし次の瞬間、両断された腕の切断面からは茨や蔦のようなものが伸び、断ち切られた腕を即座に引き戻す。
「……なるほど。こういう相手か」
 どれだけ断ち切っても、無駄と言う事だろう。
 けれどダンはそれを理解しただけだ。伝声管から聞こえる声に、焦りや乱れは感じられない。
「そういうことっ!」
 それはカズネも同じだった。
 むしろ、楽しそうに。
 舞うように。
 反撃とばかりに叩き込まれた大刀を紙一重で躱し。
 その紙一重を押し流すように放たれた神術嵐に、自ら飛び込むように突っ込んでいく。
「いない……?」
 嵐が晴れた時、既に黒金の機体はそこにはない。大地に叩き付けられたわけでも、途中で分断されたわけでもなく……。
 その姿があるのは、緑の巨人の頭の上。
 トリスアギオンの頭部はセンサーやカメラの集合体で、操縦席はない。それは、倍の大きさを持つこの機体も同じだろう。
「でえええええええええいっ!」
 大上段の一撃でその頭部を叩き潰し、片手半を引き抜く反動で一気に離脱する。しかしその一撃さえも、すぐに潰された部分が盛り上がり、醜怪な元の頭部へと復元していった。
「どうして……」
 茫然とした呟きを漏らすのは、カズネでも、ダンでもない。今まで圧倒的に優勢な立場にいたはずの、ヒサの双子の兄の側だ。
「どうしてって……そりゃ、あんたらのクセは全部知ってるしなぁ」
 ドゥオモを相手にどれだけ剣の稽古をしてきたか。
 ミラコリを相手にどれだけ術の稽古をしてきたか。
「しかし……」
 それは、ヒサの双子にとっても同じはず。
 ダンの振る舞いもカズネの太刀さばきも、二人にも手に取るように分かる……はずだ。
「しかし……ッ!」
 二人の動きは、一歩だけ迅い。
 その一歩を読み切ることが出来ず、緑の巨人は再び腕を斬り飛ばされる。
 二人の動きは、一瞬だけ違う。
 反撃に放った神術の雷光を躱せたのは、予想の完全な逆方向だったからだ。
 双子のように、ただ呼吸を合わせるだけではない。互いの動きの一歩先、互いの先読みのさらに先に、二人は迷いなく進んでいる。
「カズネ、見ろよ」
 嵐のような神術炎の弾幕をゆったりとしたロールで躱しながら、カズネはその言葉に前を見た。
 今の正面……大地の側に見えるのは、湖のほとりに築かれた城下町。
「イズミル……」
 ソフィアが、万里が、国の皆が育てた街。
 きらきらと輝く湖面。市場に並ぶテントの眺め。この国を誰にも渡してはならないのだと、カズネは本能で理解する。
 神揚にも。
 キングアーツにも。
 そして……いまだ姿を現さない、『敵』にも。
「ドゥオモも、ミラコリも……渡さない!」
 盾を放り、両手で握りしめた片手半を、緑の巨人に袈裟懸けに叩き込む。十分な加速の込められた一撃は、檜皮色の内部装甲を、深緑の幾重にも重なる主装甲を叩き斬り、胸の中程まで到達する。
「二人は、返してもらうわよ!」
 握り替えた刃を逆の肩口まで力一杯に切り上げて。
 緑の巨人の操縦区画だけを切り抜いたカズネが、空いた左手でをそれを掴み。切断面の茨が修復を始めるより迅く、ダンがその場を離脱させる。
「カズネ!」
「分かってる! ……ブラスター!」
 叫びと共に黒金の騎士の面頬が展開し、その内から放たれた破壊の閃光が、操縦席を失った緑の巨人を粉々に打ち砕いた。


続劇

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