16.あなたに、あいにいけますか? 青い空を見上げながら。 ネクロポリスからの客人を迎え入れた部屋で呟いたのは、イズミルの指揮を預けられた青年であった。 「……そろそろ、ゲートを開いている頃か」 無事にゲートは開けたのだろうか。そして開いたとして、その先の作戦がつつがなく進むのか。 気を揉んでも仕方ない事とは言え、それでも思いを巡らせざるをえない。 「ヴァルも出して良かったのか? 環」 それを問うのは、前線に使いに出ているリーティから監視役を引き継いだ老爺だった。 今回の作戦は、神揚とキングアーツの主力を集めた一大作戦だ。ヴァルキュリアほどの実力者なら、主力に計算するのは当たり前とも言えるが……逆を言えば、警護役の彼女を前に出す事で、環やイズミルの側はそのぶん手薄になってしまう。 「たまには戦場に出した方が良いだろ。色々溜まってるみたいだったし……」 何より、彼女自身がそれを望んだのだ。 だとすれば、彼はそれを聞き入れるしかない。 しかし、そんな彼の様子に楽しそうに微笑んだのは、この部屋の主……銀の瞳を持つ、鷲翼の少女だった。 「……相変わらず奥さんには甘いのねぇ」 「あ、ちょ……おま……っ!」 「……そうなのか?」 その話は、ムツキをしても初耳である。別に彼自身が噂話に聡いわけではないが、黙っていてもリーティが何かと教えてくれるのだ。 しかし今の話は、そのリーティからの情報網を持ってしても聞いた覚えのない話だった。 「……ああ。この歴史じゃ、ヴァルはその記憶もないんだっけ?」 その口ぶりからすると、ヴァルキュリア自身にも言っていないのだろう。顔を真っ赤にした環を前に、瑠璃は確信犯的に彼の反応を楽しんでいる。 「こっちからあんまり言うと、なんかあいつが知らない記憶っつーか、権力振りかざして無理矢理やってる感じになるだろ。……感じ悪ィじゃねえか」 アレクが万里に向けたそれと、本質はさして変わらない。 ただでさえヴァルキュリアは、環直属の部下なのだ。依存癖さえ垣間見える彼女にそんな態度を見せれば、二人にとってけして良い結果にはならないだろう。 「あれもお前を好いていよう」 そんな話題もあってか、最近はヴァルキュリアが他の女性士官と一緒にいる所を見る事も少なくない。それ自体は決して悪い事だとは思わないが……。 「たまには少々強引にした方が良いぞ。儂もそうだった」 「爺さん、嫁さんいるのかよ!?」 「嫁くらいおるわ。孫だっておるぞ」 明らかに不穏な空気を感じて分厚い目隠しを僅かに上げてみせれば、環はこちらを信じられないものでも見るような目つきで眺めていた。 「まあ、向こうに変に本気になられるのも困るかもねー。向こうの環、思いっきりヴァルのお尻に敷かれてたし」 くすくすと笑う瑠璃と、楽しげに口の端を歪ませるムツキに、環は拗ねたように明後日の方向を向いてみせる。 部隊の最後尾を務めるプレセアの大蜘蛛が空間の穴に飛び込んだ後、残されたのは十数機のアームコート達だった。 「……行ってしまいましたね」 残ったコトナ達は、ゲートの警備役である。 もちろん滅びの原野の真ん中で、周囲から何者かが来るはずもない。守るのは、ゲート内からの侵入者に対してである。 「じゃ、爺ちゃんにばっかり瑠璃を任せるわけにもいかないし、オレも本営に戻るよ。クロノスは持って帰っていいんだよな?」 「ああ。何かあったら連絡してくれ」 リーティの駆る大烏が犬頭の神獣を吊り下げてイズミルへと飛び去っていくのを確かめて、アーデルベルトはゲートの方へと向き直った。 「何事もなければいいが……な」 ゲートを開くという第一段階は成功したが、この先も順調に進むのか。一刻という作戦時間もゲートの保ち次第というあやふやなものだし、敵の本拠地内は最低限の情報が与えられただけ。 戦というのは不確定な要素が多いものではあるが、今回の作戦は殊にその要素が大きすぎる。 「そうですね……」 異界へと繋がるその門は、ただ黒い光を湛え、静かに渦巻いているだけだ。 |