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12.扉

 大混乱の工廠に気付かれないままに機体を持ち出した二人がゆっくりと歩むのは、薄紫の霧に包まれた世界である。
「ったくもう。この間からおかしいとは思ってたけど……何か悪巧みするなら、声掛けてくれればいいじゃない」
「一応、秘密の作戦だったんだもの……」
 しかも、決意したのは昨日の晩だ。そこからこっそり準備を整え始めれば、誰かを誘う暇などあるはずもない。
「ちぇ。夜這いしてくれて良かったのに。っていうかしてよ」
 そんなジュリアに何かの予感を覚えて、試しに朝から感知の術を使ってみれば、案の定だ。
「コトナちゃんも気にしてたわよ?」
「帰ったら怒られるんだろうなぁ。……この辺りでいいかな」
 歩き出して既に半刻ほどが過ぎている。さすがにこれだけ離れれば、もし実験中に何かあっても、イズミルに影響はないだろう。
 周囲にアームコートの反応がないことを改めて確かめて、ジュリアは背中の銃を取り外す。
「こっちも似たようなもんだったのよ。でも、あたしの転移神術だけじゃ空間が思ったほど歪まなくてさ……」
 あの戦いの中で、偶然とはいえ柚那もあの三角の城塞の近くまでは転移することが出来たのだ。
 それから何度も同じように転移を試してみたのだが……今のところ、無駄に疲れが溜まるばかりで、同じ転移は一度も再現出来ていなかった。
「それで、私のブラスターと組み合わせるってワケね」
 調印式の戦いでは多くのシュヴァリエ達が転移を行ない、かなり空間に負荷が掛かっていたはずだ。ジュリアのブラスター単体でどこまで空間に負荷を掛けられるかは分からないが、それでも通常の空間で転移をするよりは、条件を近くする事が出来るだろう。
 試してみる価値は、十分にある。
「でも、あんまり期待しないでね?」
 ククロの話では、ジュリアのブラスターでは空間に穴まで空けることは出来ないと言われていた。それが本当にダメなのかを確かめたくて、ジュリアはこっそりと機体を持ち出したのだ。
「ジュリアちゃんのそれで穴を開けるわけじゃないから大丈夫よ」
 その出発のタイミングで柚那と出会えたのは、柚那が狙ってした事とはいえ……運が良いとしか言いようがなかった。
「なら、行くわよ!」
 機体安定用の翼に下げられた補助動力を接続し、薬室内のエネルギーが一杯になった所でトリガーを引き絞る。
 放たれた光条は、先日の戦いでホエキンに放たれた物よりもはるかに太く、力強いもので……。
「……悪くない感じね。なら、行くわよっ!」
 柚那は前脚でジュリアの機体の肩を掴むと、名も知らぬ虚空に向けて転移の術式を解き放つ。


 目の前に広がるのは、一面の青。
 周囲に渦巻く薄紫の世界とは違う。白い雲さえ流れる、穏やかな青い空だ。
「……なあ、セタ。らしくないぞ」
 その場に仰向けに倒れたセタに掛けられるのは、穏やかな同輩の声だった。
「ああ……ごめん。ちょっと自制が効いていないみたいだ」
 見上げる空はいつもと変わらず青いままで、押さえつけられた身体と殴られた右頬はずきずきと痛い。
 こんな目に遭ったのは、いつ以来だろう。
 軍部に入ってからはなかったし、恐らくは士官学校にいた時が最後ではないのか。
「……ちょっとどころの話じゃないだろう。せめてもう一日待て」
 ククロの作業が順調に済めば、明日には作戦は発動する。そしてククロの作業は、今のところ順調に進んでいるのだ。
 焦る気持ちはよく分かるが、ソフィアたち人質を害する意味は向こうにはないし、ここで軽挙に走ってはそれこそソフィアたちの救出の機を逃してしまうだけ。
 いつものセタなら、間違いなく分かっているはずなのに……。
「する事があれば待つんだけどね……」
「……外の片付けは」
 確か昨日の晩に報告を受けた時点では、まだ数日かかると聞いていた。そして昨日は、廃材に八つ当たりする程度で、セタも問題を起こすことなく作業に没頭していたではないか。
「夜じゅうずっとやっていたら、終わってしまってね」
 気付いたときには、既に片付けるべきものは山にまとまっており、辺りは一面の更地と化していたのだ。
「夜じゅうって…………お前、夜はちゃんと寝たのか?」
「寝たら夜中ずっとはやれないだろう?」
 青い空は、どこまでも高い。
 そして白い雲はどこか揺れているようで、降り注ぐ光はやたらと目に突き刺さるようで……。
「なら、とりあえず寝ろーっ!」
 もう一撃飛んできた拳に、セタは今度こそ意識を失った。


続劇

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