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 闇に閉ざされた緑の森を見下ろすのは、二対の瞳。
 それは、空にかかる琥珀と銀灰、二つの月の色によく似た、金の瞳と銀の瞳。
 言葉はない。
 周囲を薄紫の滅びの世界に囲まれた清浄の地の中央。そこにそびえる高い高い木の上で、二人の娘はその背に大きく翼を広げてみせる。
 それは、夜の世界にはないはずの翼。
 二対四枚の、大鷲の翼。
「まだ早い?」
「まだ早い!」
 金の瞳の娘の言葉を否定したのは、銀の瞳の娘である。
「もう少し……」
「もう少し…?」
 銀瞳の娘の言葉を謡うように繰り返し、金瞳の娘は、その大鷲の翼を静かに収めてみせる。その動きに応え、銀瞳の娘も自らの翼を音もなくその背へと収納した。
 鏡写しのように。
 右と左で、まさしく同じ姿に見えるように。
「もうすぐ、迎えに行ける!」
「もうすぐ、迎えに行ける?」
 希望の言葉に連なるのは、同じ文言の疑問系。
「あの人を……」
「あの人を……」
 その声はどこか希望に満ちているようでもあり。
 どこか絶望を孕んでいるようでもあり……。
「帰ろう」
「帰ろう」
 そして同時に見上げるのは、二つの月。
「私達の郷へ」
「私達の郷へ」
 細い左右の手をそっと天へと掲げ、輪唱のようにその名を連ねる。
「王家の谷へ」
「王家の谷へ」
 もう一つ。鏡映しになった少女達の鏡映しにならない違いは、共に左の薬指に輝く小さな指輪。
「知られざるものの城へ」
 銀の瞳の娘は、瑠璃。
「ミーノースの都へ」
 金の瞳の娘は、銀色だ。
「アエロー!」
「オーキュペテー!」
 口々に別の名を紡いだ二人の後ろに広がるのは、娘達の鷲翼よりもはるかに巨大な、二対四枚の荒鷲の翼。
 共に月の光を背負う二匹の異形は、魔物のようでもあり、また巨人のようでもあり……。





第3話 『ふたりの選択肢』
−神揚編−




1.金銀蜜飼 (きんとぎんのみつかい)

 白木造りの広い部屋。
 静かに響くのは、衣擦れの音。
「あたしがこんな事するなんて……初めてなんだからねぇ?」
 それに混じるのは、くすりと微笑むどこか艶っぽい娘の声だ。
「どう見ても楽しそうに見えたが? 柚那」
「……男なんかに、本気でしたいわけないでしょ」
 いつもなら頭の上にすいと伸びた猫の耳も、恥ずかしいのか、不機嫌なのか、ぴんと緊張を保ったまま。
 そう。柚那のそれは、けっして本位ではないのだ。
 彼女としても軽々しくは口には出せない複雑な想いを抱きながら……こうして、同僚の部屋を訪れている。
 そして、場にはもう一人。
「まあまあ。それより、トウカギさんはイヤじゃなかった?」
 不本意そうな柚那とはどこか対照的な、兎の耳を備えた娘である。
「……そんな事を言っている場合じゃないからな。昌も付き合わせて悪かったな」
「私はこういうの、嫌いじゃないしねえ。……出来た」
 そんな昌の手によってきゅ、と結ばれるのは、白く長い奉の髪だ。
 男にしては随分と華奢な奉の手を取り、そっと大きな姿見の前に導いてやる。
「うん。可愛い可愛い」
 姿見の前に立つのは、三人の娘の姿。
 楽しそうな昌と、不機嫌そうな柚那。
 そして……彼女達と似たような装いをした、白い髪と白狐の耳を備えた娘。
「……これでホントに女の子だったらいいのにね」
「嫌な事を言わないでくれ」
 白狐の耳を備えた娘が口にしたのは、明らかに奉の声だった。
「とりあえず見分けは付かないからいいんじゃない?」
 万里の権限が翻意を示した部下達に奪われて以来、奉達の行動は大幅に制限されるものとなった。周囲からの警戒を少しでもかわすため、せめて姿を変える事で何とかしようと思った所までは良かったのだが……。
 相談したのが柚那と昌というのが間違いだったと、浮かぶのは今更ながらの後悔の念。
「ほらほら。もっと愛想の良い顔しなさいってば。せっかくの美人が台無しよ?」
 確かにこれなら周囲の目は欺けるだろうが、何かが間違っている気がする。
「……分かった」
 だが、これも全ては万里のためだ。その為には、奉自身のプライドや尊厳など…………。
 大したものではない……はずだった。
 だと思う。
 たぶん。
「……それじゃ、あたしは行くわね?」
 相変わらず姿見の前で微妙な表情のままの奉に僅かに苦笑し、柚那が口にしたのはそんなひと言だ。
「行くわねって……どこへ」
 部屋に戻る、などといった様子ではない。
 言い方はいつもの通りだったが、場にいた二人が感じたのは……もっと重い、決別のそれに近い意思。
「決まってるでしょ。ニキの所よ」
「何…………っ?」
 それは、昌にしても奉にしても想像だにしないひと言だった。
 つい昨日は、「万里よりも可愛い女の子がいない限り裏切るような事はない」などと言っていたではないか。
「珀亜ちゃんも行くって言ってたし。じゃあね」
 小さく手を振って男の部屋を後にした彼女に、奉も柚那も掛ける言葉を見つけられないまま……。
 ただ茫然と見送るしかないのであった。

続劇

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