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14.瑠璃翼貴果流伊弉凪 (るりつばきはつるいざなぎ)

 琥珀色の霧に包まれた八達嶺に、九尾の白狐が戻ってきたのはそれからすぐの事である。
「ニキ将軍!」
 白木造りの廊下をパタパタと駆け、評定の間に戻ってきた万里を迎えたのは、狒々に似た顔の将軍の姿。
「おやおや、これはお早いお帰りで。どうかなさいましたかな?」
「シャトワールの件は私が鳴神殿に預けていたはずです。……それを、どういう事ですか」
 だが激昂した万里の問いに、ニキはふんと鼻を鳴らしてみせるだけだ。
 むしろ、怒る万里よりも余程機嫌が悪い。
「どういう事とはこちらがお聞きしたい! 姫様がお戻りになるまでに、あれから聞き出した巨人の弱点をもとに巨人に攻撃を仕掛けた所……いとも容易く巨人を倒す事が出来申した」
「なん……ですって……?」
 シャトワールに何かするであろう事は予想していた。
 けれど、ニキの動きは万里の想像以上に早いもの。まさか、勝手に部隊まで動かすとは……。
「なに。ごく平穏な手段で少々質問をしただけですよ。それが何か?」
 万里の視線を前にして余裕たっぷりに呟き、長く伸びた猿の尾で白木の床をぴしりと叩く。苛つきや警戒を示すわけではなく、どうやらそれが狒々に似たニキという男の癖のようだった。
「砦の巨人の戦力もだいぶ聞け申した。どうやら彼我の戦力差も、軍師殿が憂いていたほどではない様子」
 騒ぎを聞きつけたか、ニキ以外の将軍達も次々と評定の間へと集まってくる。そんな彼らにあえて聞こえるように、ニキは大声でその言葉を発していく。
「こちらの弱点を突いた奇襲策も、向こうに看破されると考えるなら、有効なのはわずかな間でしょう」
 一度なら偶然と思うだろう。
 だが、これが二度、三度……そして敵が動きを学習するなら、弱点を知られたと気付くまで、さして時間は掛からないはずだ。
「それに、我らの新兵器も有効に機能したよし」
「新兵器……」
 先日王都から、補充用の神獣が届いたとは聞いていた。どうやらその事を言っているようだが……。
 それらがどのような性質を持つのか、万里は一切を聞かされていない。
「万里様。我々は、現戦力を用いての巨人達への総攻撃を提案致します。至急、軍議を開いていただきたい!」
 周囲の将達の視線を一身に受け……。
 万里がその要求を拒む事など、出来はしないのだった。


 琥珀色の霧の向こうには、朧に輝く二つの月が見える。
 夜空を見渡す庭の一角でぼんやりと天を見上げていたのは、黒豹の脚を持つ青年であった。
「……師匠」
 少し距離を開けて掛けられたその声に、ロッセはどこか疲れたように、顔を向ける。
「ああ、リーティですか。今日はご苦労様でした」
「それはいいけど……ホントに戦になっちゃうのか?」
 ニキの要請で開かれた軍議は、それこそ一方的な物だった。
 ニキの戦果は確かな物だったし、それを武器に強硬に主張された総攻撃論は他の将達の大多数の支持を受け、数日の後の決戦が決まってしまったのだ。
「ええ。私は、万里の力になれませんでした」
 無論そこでは、ロッセや鳴神の戦端を引き延ばす策や万里の平和論など、何の意味も持ちはしなかった。
「この身は万里が一番幸せになれる道の礎とすると、誓ったはずだったのに……」
 珍しく弱気のロッセに、リーティの口から出たのは……彼自身も思いも寄らぬ問いである。
「……師匠、この先の事をどれだけ知ってるの?」
 いつもの彼なら誤魔化すか、知らぬ振りを決め込むかだろう。しかしそのひと言で思う所があったのか、ロッセは力なく笑うだけ。
「ああ。色々嗅ぎ回っていたのはそのせいですか。沙灯の巻き戻しを受けたのが、あなた達なのですね」
 それは即ち、ロッセは沙灯の存在と、彼女の使った神術の本質を知っていると言う事になる。
「沙灯が巻き戻したという事は、そちらの世界でも私やアレク達は上手くやれなかったのですね」
「…………」
 ロッセのその問いに、リーティは口を開かない。ロッセからすれば、リーティの不用意なひと言からでも、多くの情報を類推する事が出来るだろうと思ったからだ。
「別に聞く気はありませんよ。概ね予想は付いていますから」
 しかし目の前の青年は、彼の沈黙すらも判断材料のひとつとしてみせる。
「……何を勘違いしているか知りませんが、私は万里の敵ではありませんよ。そう、約束しましたから」
「……瑠璃って人に?」
 その問いに、頷きを一つ。
「ええ。貴方は忘れているでしょうが……。彼女がいた頃は、沙灯だけでなく、貴方も良くしてもらっていたのですよ。同じ飛行型神獣の駆り手としてね」
「じゃあ……」
 八達嶺の飛行型神獣の駆り手など、そう多くはない。
 そんな中でも駆り手を得る事のなかった、あの二体の飛行型神獣の主とは……。
 過日喪われたヒメロパは、沙灯のものだった。
 では、いまだ厩舎に残るテルクシエペイアは……。
「瑠璃・ヒサ」
 ロッセが取り出したのは、その名と同じ一対の指輪。
「彼女のいた世界で、私の妻だった女性です」


続劇

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