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18.行き会うもの、隠れ行くもの

 白い九尾が向かうのは、只ひたすらに前へ、前へと。
「千茅」
「何? クズキリさん」
 そんな彼女の脇を全速で駆けながらの千茅に、掛けられたのは珀亜の声だ。
「昌殿は、一体どこに向かっておられるのだ?」
 千茅にとって、九尾を先導する昌が目指す先……万里を導きたい場所は、ごくごく当たり前の場所だった。
 それは、あの夢で見た場所。
 ほんの些細なすれ違いから、永遠の離別が生まれた場所。
「うん。アレク様のいる所……」
 だが、それを知るのはあの夢を見た者達だけ。
 確かに珀亜はそれを知らないのだろうと……今更ながらに理解する。
「……分かるのか」
 珀亜も、それは朧気ながらに分かってはいたのだ。
 妹の遺した手紙に記された、神揚の姫とキングアーツの王子の悲劇的な結末。その歴史を変えるため、今の彼女達はこうして全力で走っているのだと。
 そして、夢を見たわけではなくとも、その一助になればという思いは……もちろん珀亜にもある。
 いや、その為に、珀亜は今この地を駆けているのだ。
 その時の事を実際に見たならば、確かにその場所への案内も出来るだろう。
「万里! この先だよ!」
 昌の言葉に、九尾の速度がひときわ上がる。
 薄紫の荒野を抜け、丘を駆け上がり……。
「やっぱり……アレク様達も目指してた」
 そこは、彼の地にほど近い場所。
 本当の目的地からは少し離れていたけれど……それでも、そこにいた。
 弓と盾を携えた細身の巨人と、斧を構えた青い巨人。
 そして……槍を備えた、灰色の騎士。
 かつて万里が倒したその騎体こそ……。
「あれが……アレクさんの……!」


 辺りを満たすのは、雷の嵐。
「ちぃっ! また貧乏くじかよ!」
 ひっきりなしに叩き付けられる雷撃を地上に逃がしながら、アーレスはアームコートの中で悪態を吐く。
 アーレスのいる左翼部隊の前に現れたのは、先日戦った黄金の竜達だ。
 そいつの放つ雷は、アーレス個人としては十分に対処出来るものだったが……誰もが彼やヴァルキュリアのように避雷の技を使えるわけではない。
 既に味方の数機は次々と放たれる雷撃に貫かれ、戦線を離脱するしかない状況へと追い込まれている。
(何なんだこいつら……)
 先日戦った時に雷が通じない事は理解したはずだ。しかし今日は、そんな事などなかったかのような勢いで雷の雨を降らせてきている。
 魔物の中に人が入っているなら、少しは無駄だと考えるはず。無駄を承知で撃ってきたか、それともこちらが対処しきれないほどの飽和攻撃に切り替えたのか……。
 事実それが有効に機能しているのだから、アーレスとしては臍を噛んでみせるしかない。
(どうする……。もう、時間がねえぞ……)
 ぎり、と唇を噛み、大剣を握る拳に力を込める。
 いずれにしても、今日の魔物達はいつもと違う。何か必勝の自信のような物を得て、全力で攻めてきている。
 このままでは……。
「アーレス! ここは俺らに任せとけ!」
 だが、そんなアーレスに掛けられたのは、隊独自の回線を使って響き渡る、部下達の声だった。
「ば……ッ! お前らだけでアイツに勝てるわけねえだろうが!」
「よく分からんが、殺す気はないみたいだ。時間稼ぎくらいなら何とかなる!」
 確かに、雷撃を食らった機体はあるが、いずれも支援を受けての後退が出来る程度の損傷に留まっている。隊の中に、死者はまだ出ていない。
「お前はする事があンだろうが!」
「蘭衆の兵を甘く見んじゃねえ!」
 隊の仲間は、いずれも同郷の兵達だ。
 ならば、誇り高き彼らが負けるはずは……ない。
「なら、後は任せたぜ。テメェら……ッ!」
 呟き、ククロ達の整備の手を離れた後に解除された機能を解き放つ。
 羽織った外套が周囲の景色に溶け込んで……。
 アーレスは姿を隠し、戦場を走り出した。
 自らの目的を、果たすために。


 蜘蛛型のアームコートに乗るプレセアは、アーデルベルトの言葉を一瞬理解することが出来ずにいた。
「気を付けろ? ……何にですの?」
 見えていないのだから当たり前だ。アーデルベルトとて、目の前でワイヤーが切られなければ気付く事はなかっただろう。
 その光景さえ見ていないなら、プレセアが理解出来ないのも不思議ではない。
「見えない敵がいる。多分、神術とやらだろう」
 戦場で見るそれは炎の弾丸や水を叩き付けるなど攻撃に使われるものがほとんどだが……傷の治癒や滅びの原野で呼吸をする技を、アーデルベルトは夢の中で目にしている。
 そこまで不可思議な事が出来るなら、何らかの手段で姿を消す相手がいても不思議ではない。
「見えない……? ……ああ、なるほど」
 その説明で、ようやく理解したらしい。
 プレセアはおっとりとした様子で、頷いてみせるだけ。
「で、見えますの?」
「問題ない」
「なら、お任せしますわ」
 軽く呟いたプレセアの言葉を聞き、アーデルベルトが下した指示は……。
「総員、作業継続。相手に、こちらが気付いた事を気取られるな」
 見えない敵に警戒を強めろではなく、全くの逆。
「イクス准将……!?」
 そんなアーデルベルトの異様な指示に、彼の部隊は黙々と従っているだけだ。しかし、イクス隊に所属する兵達はさすがに息を呑むしかない。
 見えない相手なのだ。
 穏行の術にも長けているのか、姿を消したそいつは一切の気配を感じさせる事もない。アームコートの聴覚を最大にして周囲の音も拾ってみるが、足音一つさえ聞こえてはこなかった。
「安心なさい」
 不平を上げようとした兵を、プレセアがたしなめたその時だ。
 響いたのは、ぐしゃりという鈍い音。
 プレセアの部下が慌ててその方を確かめれば、そこには左腕の大盾を無造作に突き出したアーデルベルトの姿があった。
 盾の先には何もない。
 だが、やがてほんの一瞬……大盾の向こうに、トカゲにも似た奇怪な姿がぐらつくのが見えた。
「な………」
 その奇妙な魔物は、再び姿を消し……。
 次の瞬間、アーデルベルトは何もない空間に踏み込むと同時、大きく右の斧を振り抜いてみせる。
 空を切ったはずのその先に、濁った色の液体が舞い……次の瞬間、今度こそトカゲに似た魔物が胴を半ばに断たれ、崩れ落ちた。
「何だ? この魔物の姿は」
 ぎょろりと剥かれて半ば飛び出した目に、トカゲにしても歪んだ体躯。奇怪な姿の多い魔物達の中でも、それは飛び抜けて奇怪な姿に見える。
「東方の南半島で見た事がありますわ。確か、名を……カメレオンとか」
 身体の色を周囲と同化させ、狩りを行う生物だ。彼の地に任務で出掛けた時、珍しかろうと数匹を持ち帰り、好事家に売りつけた事がある。
「……にしても、こいつ一体だけなのか? こんな術の使える魔物は」
 視界を熱感知のそれから通常のものへと戻し、アーデルベルトは吐息を一つ。
 見えなくなるといっても、相手のそれは光学的に周囲を欺くだけで、身体から出る熱はそのままだった。故に、その迷彩は熱を見通す瞳を持つアーデルベルトには通用しなかったのだが……。
 プレセアの部下達と同じく、瞳にそんな細工を施した兵はそう多くない。
 もちろんそんな兵達には、この敵は恐るべき脅威となる。
「それは何とも。……とりあえず、それも全体に伝えておきますわね」
 そしてプレセアのように、周囲の音そのものを視覚に変換出来る者に至ってはもっと希だ。
 プレセアがカメレオンの事を理解出来なかったのは、その存在ではなく、そいつが『見えない』という点だったのだ。
 頼むと小さく頷き、アーデルベルトは戦況を建て直すべく、兵達に新たな指示を送り始める。


 雷光の雨で巻き起こった爆煙が、薄紫の風にゆっくりと押し流されていく。
 その世界の中に、敵部隊の指揮官の姿だけが見当たらない。
「む……。あやつ、姿でも消したか」
 こちらの攻撃で仕留めたわけではあるまい。
 牽制のつもりの攻撃だったし、何より手応えがなかった。
 ただ撤退しただけだというなら、まだ視界の内に姿の一つも見えるはずだ。
(あの薄気味悪い新型と似た仕掛けという事か……)
 同じ人間が考えるのだから、似たような物が出来るという事なのだろう。その手段が向こうは鉄の仕掛け、こちらは神術というだけの事だ。
「お屋形様。どうします」
 以前まみえた時は、最後の一人まで噛みつきに来ようとしていた連中だ。残された兵達はその意思を失っていないようだし、だとすれば大将騎はただ逃げたわけではなく、何かの目的があるのだろう。
「見失った者は仕方ない。探知の出来る数名は追跡に回れ!」
 それが何かは分からないが、まずは目の前の敵を倒す事に全力を注ぐべきだろう。
「俺と残りは、目の前のこやつらを制圧する! 征くぞ!」
 強い声と思念を張り上げ、鳴神は次の攻撃を開始する。


続劇

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