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4.その想いの源は

「メイド……ですか?」
 数日ぶりに呼び出された、メガリ・エクリシア司令官の執務室。そこでジュリアが口にしたのは、彼女もそれほど口にしたことのない、そんな言葉だった。
「メイドというか、世話係だな」
 ジュリアの目の前にいるのは、このエクリシアの司令官と、その副官たる少年だ。
 先日からずっと棚上げになっていたアーレスとのひと騒ぎの判決が下ったと連絡があり、出向いてみれば……迎えてくれたのは、そのひと言である。
「もともとソフィアがこちらに来たら、リフィリアと一緒にソフィアの下に付ける予定ではあったんだが……」
 そのリフィリアも同じように呼び出しを受け、今はジュリアの隣に立っていた。
「配属自体は光栄ですが……どうしてメイドなんか……」
 ジュリアは若くとも騎士である。騎士は姫君の近衛として戦うのが役割であって、決して主の身の回りの世話を行うのが仕事ではない。
「街に募集の掲示出したんだけど、見つからなかったんだよなー」
「だったらリフィリアさんの方が……リフィリアさん、しっかり……してる……し……」
 そう言いかけて、脇からの鋭い視線に口をつぐむ。
「リフィリアには隊の実務面を支えてもらう事になる。そこまでは手が回らんだろう」
「ああ、でも、ジュリアが書類仕事を全部するっていうならリフィリアに世話係を任せてもいいけど……リフィリアはどうだい?」
「……はっ。ご命令とあらば」
 笑いながらの副官の少年にリフィリアが返す言葉は、ごく短いものだ。
「え……それは………」
 二つ年上で、なおかつアレク隊の実務面を現役で取り仕切っているリフィリアである。今までずっと内地におり、ようやく前線に配属になったばかりのソフィアと実務能力を比べるのは、いささかどころではなく酷なレベルであった。
「それとも、ヴァルがするかい?」
 そして環が問うたのは、一連のやり取りを少し離れたところで見ていた、彼直属の武官である。
「ご命令とあらば」
 やはり彼女の答えも、リフィリアのそれと同じ物だ。
「どうする? ジュリア」
 その状況で、ジュリアに許された答えは……。


「……それで、引き受けてしまったのかい?」
 広いアームコートのハンガーでジュリアの話に穏やかな相槌を打ったのは、ノイズ混じりの人工の声。
「だって、そう言うしかないじゃない。リフィリアもヴァルも『ご命令とあらば』なんて言っちゃったんだし……って、ちょっと聞いてるー? ククロー?」
「んー。聞いてる聞いてるー」
 アームコートの整備をしながらである。適当すぎるほど適当な返事に、ジュリアはもう言葉も出ない。
 士官学校にいた頃から変わり者で通っていた彼だから、いつも通りと言えば、いつも通りなのだが……。
「……ったくもう。ちゃんと聞いてくれるの、シャトワールだけだわ」
 シャトワールも何やら手元で作業をしながらだが、少なくとも良いタイミングで相槌は入れてくれる。アームコートや義体用の部品の壊れたものや余り物を組み合わせて、小さな何かを作っているのだ。
 それはシャトワールにとっては、数少ない手遊びの一つであった。
「そんな事ないよ。ククロさんも聞いてるよね?」
「聞いてる聞いてるー」
 ほら、と微笑んでみせるシャトワールだが……。
「そんな事ないってば。ちゃんと聞いてるなら、聞いてないって答えてよ」
「聞いてる聞いてるー」
「…………ククロさん」
 上手くフォローしても、これである。
「いいわよ別に。シャトワールも、愚痴に付き合わせて悪かったわね」
 もちろん悪いという自覚はあるのだ。ただそれでも、あまりに内に溜め込んでしまうと、こうして吐き出したくなってしまう。
「いいよ。ジュリアの元気が伝わってくるみたいで、ジュリアの話、好きだよ」
「やだ……そんなことないけど」
「わたしにはそういう気持ちが、ないから」
 ジュリアのように天真爛漫に振る舞ってみたり、ククロのように一つの事にのめり込んでみたりといった体験は、シャトワールには一度もない。
 だからこそ、惹かれるのだろう。
 ジュリアやククロの姿に。
 そして…………。
「シャトワールは誰かを好きになった事って、ないの?」
「分からないんだ。でも……そうだね、強いて挙げるなら……」
 固定し終えた小さなオブジェをそっと掲げて、シャトワールはぽつりぽつりと言葉を紡ぎ出す。
 手に持ったそれは、翼に似たもの。
 彼が夢の中で見た……。


 語ったのは、一人の少女の話。
 夢の中で出会った事は流石に言わないでおいた。シャトワールの容姿から、外見に関して奇異の目で見られる事には慣れていたが、考え方まで奇異の目で見られるのは良い気分ではない。
 あくまでも、シャトワールがかつて出会った少女としての話である。
 けれどシャトワールが短い話を終える頃には、ジュリアは大きなその瞳を一杯に潤ませ、傍らのリフィリアからハンカチまで借りている有様だった。
「それって恋よ、絶対!」
 力一杯断言するジュリアに、シャトワールは小さく首を傾げるだけだ。
「そう……かな?」
 その少女は、明るく、優しく……そして何より、生きるために必死にあがいていて。その内から放たれる強い輝きは、シャトワールにはあまりにも眩しすぎるものだった。
「そう思うよね、リフィリアも!」
「まあ……そうだな」
 自身のアームコートの整備をしにハンガーに来ただけのはずなのに、なぜか巻き込まれているリフィリアである。
 しかしそれでもシャトワールが話している間、席を立とうとしなかったのは……話の途中で立ち上がるのを悪いと思ったのか、それとも……。
「ヴァルもそう思うでしょ。聞いてたよね?」
 どこか煮え切らないリフィリアに代わってジュリアが同意を求めたのは、やはり近くで作業していたヴァルだった。軍用の全身義体に置き換えられた彼女なら、聞こうと思えばこの距離の会話は隣にいるかのように耳にすることが出来ただろう。
「……くだらん事で話しかけるな」
 あっさりと切り捨てたひと言に、ジュリアは僅かに顔をしかめてみせるしかない。
「それで……その子には好きだって言ったの?」
 完全な味方のいないジュリアが改めて話題をシャトワールに戻せば。その問いにシャトワールは小さく首を振り……いつもの穏やかな、けれどどこか空虚な微笑みを浮かべてみせるだけ。
「言ったでしょ? もう遠く離れていて、会えないから」
 そこは遙か彼方。薄紫の世界を隔てた向こう側。
 いや、かつて彼女が語っていた言葉が確かならば……既に彼女は、巻き戻されたこの世界にすらいないのかもしれない。
「そっか……。そういえば好きで思い出したけど、リフィリア。今朝のアレク様、左の薬指に指輪がはまってたんだけど……今まで指輪なんて付けてたっけ?」
 ジュリアの記憶が確かならば、今までのアレクの指には指輪などなかったはずだ。けれど今日の話をされた時、彼の指には見た事もない指輪が輝いていた。
「いや。殿下は気分だと仰っていたが……」
 リフィリアの言葉にも、どこか納得していない様子が見てとれる。
 何せ左手の薬指だ。アレクの右腕は義体だから、生身の左手に指輪をはめるのは分かる。しかし、薬指は気分で指輪をはめるような場所では決してないし……そもそも今までのアレク自身、そういった装飾品にはさして関心を持っているようでもなかったのに。
(それに、あの指輪は……)
 金と銀、二つの指輪が組み合わさったそれは、リフィリアにとっても強く印象に残る物だった。
「あーあ。アレク様も恋とかしてるのかな……。私も恋したいなー」
「ジュリアなら素敵な恋が出来るよ、きっと」
 シャトワールの言葉に「だといいんだけどね」と力なく笑うのと、傍らで黙々と作業をしていた少年が立ち上がるのは、全くの同時。
「どうした、クオリア」
「リフィリア。ククロ隊、ちょっと偵察に行って来るよ! 行くよシャトワール!」
「……どうした」
 ククロが率先して偵察に出るなど、リフィリアの知る限り初めてと言って良い。そもそも最前線での修理と補給を主とするククロ隊は、偵察部隊として運用される部隊ではないのだが……。
「予定だと、もうすぐ補充部隊が着く頃なんだよ! だよね、シャトワール」
「うん」
「ライラプスのパーツもだけど、輸送機にも新型が色々来てるんだってさ! さっきシャトワールから聞いたんだけど、やっぱり待ってるより見に行った方が早いじゃない。動いてるところも見られるし!」
 どうやらそれが目当てらしい。
 あまりといえばあまりに分かりやすい理由に、リフィリアも苦笑いを隠せずにいる。
「……イノセント。私たちも同行する」
「私も!?」
「ナーガとメディックだけで奇襲を受けてはどうにもならんよ。ファーレンハイト!」
 そしてその声に顔を覗かせたのは、ハンガーの上で昼寝をしていた赤い髪の少年だった。
「おまえも同行を……」
「ガキのお守りなんかしてられっかよ。物見遊山なら他所でやれ他所で」
 ふわぁ、と欠伸を一つして、アーレスは面倒くさそうに立ち上がる。
「ガキって、あんただって同い年でしょ!」
「オレぁ午後から非番なんだよ。寝直してくらぁ」
 まだ眠気が残っているのだろう。言葉尻に噛みついてきたジュリアに言い返す気配もなく、アーレスは毛布がわりにしていたコートを肩に引っ掛け、ふらふらとした足取りでハンガーの外へと去って行ってしまう。
「……まあいい。ならば、我々で出るぞ」

続劇

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