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 アームコート用の巨大な槍が貫いたのは、小さな身体。
 それは、この戦場でたった一人、ソフィアの死の真実に至った少女のものだった。
「姫様を……よくも、姫様を…………ッ!!」
 ハギア・ソピアーの通信機を揺らすのは、涙混じりの激昂だ。
 ゆっくりと薄紫の空に掲げられていく小さな身体は、両手を失い、大きな鷲翼をだらりと垂らし、もはやぴくりとも動かない。
 その様子は、相対する神揚の神獣達にはどう映っているのだろうか。
 ソフィアの復讐を成し遂げた怒れる姿か。
 あるいは無辜の神揚の民を殺し、快哉と共に挑発する姿か。
 それは、かつてアレクが死んだ時、その眼前で狐面九尾のヒトガタが咆哮を上げた姿と同じものであった。
「もう遅い…………遅いんだよ………」
 だが、もうどうでもいい。
 全てはもう、遅いのだ。
「何で今頃になって出てきたんだよ、ソフィア……」
 アレクが死んだ時から、もはや全てが手遅れだったのだ。
 彼のいない世界での平和など……彼にとっては、もはや何の意味もないのだから。
「何で……ッ!」
 故に青年は、引き金を引いた。
「総員、突撃! 神揚の魔物どもを叩き潰せ!」
 通信機に響く声にも、もはや何の興味もない。
 たった一人の操縦席に響くのは、壊れた青年の慟哭の声だ。





第6回 後編




 薄れ行く世界。
「わたし……」
 もはや薄紫の空も大地も、闇の中に沈もうとしていた。
 両手からも、鷲の翼からも、どんどん力が抜けていく。
「わたし、どこで……」
 どこで、間違ったんだろう。
 彼女には、力があったのに。
 その使い所を、少女は決める事が出来なかった。
 どこで、使えば良かったのか。
 アレクが死んだ時か。
 万里が死んだ時だったのか。
 でも、みんながその力を止めてくれて。
 自分ももっと生きていたくて。
 遺された者達で何とか出来ると、信じていて。
「でも……」
 出来なかった。
 アレクが死んだ時も。
 万里が死んだ時にも……。
 そして、ソフィアが死んだ時も……。
「あ…………」
 既に視界も、何を映しているのかなど分からなかった。
 万里が最期にソフィアの事を問うた時も、見えていたのはこんな世界だったのだろうと遅まきながらに理解する。あの嘘はついて良かった嘘だったのだと、安堵する。
 けれどそんな中で不思議とはっきり見えたのは、自分自身の姿であった。
 違う。
 そこに立つのは、同じ髪、同じ顔、同じ翼、同じ装い。
 だが……瞳の色が、違う。
 沙灯の金色の瞳ではない。
 銀色の瞳。
 そして左の指先に輝く、瑠璃色の指輪。
 その少女が、何かを紡いだ。薄れゆく視界、音も聞こえなくなった世界の中で……その言葉だけは不思議と理解出来た。
「…………うん」
 終わりゆく世界の中。
 少女はもはや感覚のない唇で、言葉を紡ぐ。
 独特の抑揚を持ったそれは、神術の構築と発動を促す古い古い時代の言葉。
 もはやその詠唱を止める者はいない。
 万里も、ソフィアも。
 沙灯の周りには、もう誰も残っていない。
「…………お願い」
 そして、少女の世界が終わるより、ほんの少しだけ早く。
「この世界を、もう少しだけ…………」
 沙灯の願いは、この世界に解き放たれた。


 目覚めたのは、いつもの寝床。
 見上げれば、そこにあるのはいつもの天井、いつもの空。
 いつもの部屋。
「…………」
 長く、不思議な夢だった。
 自分の生活と、少女達の生き様、その二つがどちらも知覚出来ているような、奇妙な夢。
 自分はいつもの日常を送っていて。
 戦っていた怪物が人間で。
 和平の途中で姫様が死んで。
 彼女達を弔う戦いに、自分も加わっていて。
 そこでも、少女達の願いは空しく、戦いが止まる事はなくて。
 少女の今際の際、そこで世界は暗転し……。
 目覚めたのはいつもの自分の部屋だった。
 誰もが平和を望んだはずなのに……。
 誰一人として幸せになれない、とびきりの悪夢。
 くだらないと一蹴する事は簡単だった。
 嫌な夢だと忘れる事も、簡単だった。
 けれど。
 夢の中の記憶は、あまりにも生々しいものだった。
 そして耳に残るのは、あの鷲の翼を持った少女の最期の言葉。

「この世界を、もう少しだけ…………」

 世界の終わるその瞬間まで。
 短い生を懸命に駆け抜けた二人の姫君と共にあった、鷲翼の少女の最期の言葉。
 そして……。


 あなたはこれから知る事になる。

 これが始まりである事を。

 時を巻き戻されたこの世界で。

 あなたの本当の物語が、始まる。


−同人PBeM『金月銀陽』 プロローグ 了−

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