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−Prologue−
 「ち……っ…。不意打ちとはねぇ…」  青年は、小さな声で不敵に呟く。  その左の肩から流れる、真っ赤な血。鮮血は肩からだらりと下がった左の腕を伝 い、枯葉散る足元へと小さな流れを作り出す。  「卑怯なのもいいが…」  青年の肩を背後から切り裂いたのは、巨大な魔獣。2mに届かんという長身の青 年すら小柄に見えるほどの。  「卑怯にも程があるってな!」  流れ出る血に構う事無く、青年は持っていた身長程もある大剣を振り上げた。そ の柄に無造作に巻き付けられたアミュレットが、一瞬揺れる。  大剣が差すのは、曇った空だ。  「雷呪!」  その曇天から、一条の閃光が放たれた。  青年の声に応じて。そして、魔法の発動体たるアミュレットの輝きに呼ばれて。  「斬皇撃っ!!」  曇天を断ち切る雷をまとって繰り出される、大剣の一閃。  それだけで、十分だった。  魔獣を滅ぼすには。  「ったくよぉ………」  剣に断ち切られ、雷撃に灼き尽くされた魔物を苦々しそうに見遣り、青年は悪態 をついた。  「なっさけねえなぁ……。このスタック様とあろう者がよ……」  剣に支えられていた大柄な体が崩れ落ち、片膝をつく青年。既に先程の雷撃で魔 力は使い果し、治癒術を放つ余力すら残ってはいないのだ。  体力を僅かでも回復させるため、その場へと倒れこむ。一応血は止まったようだ が、失血の方もひどかった。治癒術が使える体力が戻るまで、持つだろうか……。  「雨……か。皮肉だなぁ………。へっ…」  降り出した雨に、さらに悪態をつく。冷たい雨は自らの体力を奪い、死へと急速 に追いやって行くだろう。雷撃呪文を放った時は相手に死をもたらした曇天が、今 度は自分に死をもたらす。  皮肉といえば、あまりにも皮肉な結末。  「まあ、戦で死ぬって言やぁ戦で死ぬ……か。悪くねぇ…」  近くの山に出る魔獣を狩りに来て死ぬのだ。戦で死ぬのとは何だか違う気がする が、青年は一人ボケツッコミをする事すら既に億劫だった。  徐々に、意識が遠くなっていく。  「スタックーっ!」  青年は意識を失う寸前、誰かの声を聞いた気がした。



番外編・春一番
−Haru Ichi Ban−



 「………? あれ?」
 スタックはふと、目を覚ました。
 発光苔に照らしだされた辺りの風景は見覚えがある。彼が魔獣狩りの時に宿代わ
りに使う、小さな洞窟だ。結構使うので前に運び込んでおいた保存食や包帯などの
物資も置いてあるし、間違いはないだろう。
 だが、森でも少し奥まった所にあるこの場所を知っているのは……。
 「何でここに……?」
 スタックは、ゆっくりと身を起こした。体の上に掛かっていた彼のマントがずれ、
上半身が露になる。片当てとシャツは脱がされており、代わりにスタックが持ち込
んでいたらしい包帯が巻かれていた。
 「手当て……してある? って事は……」
 その瞬間、スタックは洞窟の入り口の方へ視線を移す。
 洞窟の中へと入ってきた来た、気配。どうやら動物ではなく人間、数は一人のよ
うだが……。
 (ち……よりにもよって『賜りもの』はねえし……。どうする…スタック…)
 辺りを見回した時に、自らの愛剣が何処にもないのは確認済みだ。さらに言えば、
愛剣に巻き付けていたアミュレットがないと術法も使えない。
 だが。
 「あ、やっと気がついた。ここまで運んでくるの大変だったんだから、もう…」
 「………やっぱり…ユイカか……。半年ぶりだな…」
 自分の大剣『賜りもの』を抱えた幼なじみの娘を見た瞬間、スタックは思わず構
えていた拳を解いていた。


 「けど、いつ帰ってきたんだ? 今回は帰るって手紙出してないだろ……確か」
 起き上がったスタックは、ユイカにそう声を掛けた。
 ユイカはスタックの両親の旧友の吟遊詩人、エミィ・ランティアの娘だ。エミィ
とスタックの両親はかつて同じ旅芸人一座の団員であり、それが縁で今だに家族同
様の付き合いが続いている。
 「うん。ちょっとこの辺通ったからさ。ついでに寄ってみようと思って。そした
らスタックは魔獣狩りに出てるって言うじゃない。面白そうだから、ね」
 問われたユイカはくすりと笑った。お目付け役の朱鳥はいないようだし、相変わ
らず好奇心だけで動く危なっかしい娘だ…と、スタックは思う。
 「さて、と。いい加減帰るか。何時か分かんねえけど、山降りるだけな少々暗くっ
ても大丈夫だろ」
 この辺の山はスタックの庭のようなものだ。既に歩くのに支障のない程度に体調
の戻ったスタックは、そう言って立ち上がる。
 「あ、怪我は? 一応血は止まってたけど、かなり深かったし……」
 「こんなモン、治癒かけりゃすぐ治るって。俺の魔力とこの『賜りもの』がありゃ
あ、な」
 傍らに突き立てておいた大剣を左手で触れ、右手を包帯の巻かれている場所に持っ
て行く。アミュレットに触発されて動きだす体内の魔力の流れを確認し、スタック
はその魔力を解放した。
 「ほらな」
 そしてユイカの手によって巻かれていた包帯を、ゆっくりと外していく。
 「便利よねぇ、治癒術って……。朱鳥もあたしも使えないから、そういうのって
うらやましいな」
 小さな痕が残ったのみのスタックの傷口を眺め、ユイカは心底羨ましそうにそう
呟いた。


 「ふむ……。まさかこんな暗くなってるとはな…」
 スタックは外を見るなり、小さくため息をついた。
 「どう? 帰れそう?」
 ユイカの問いにスタックは首を横に振る。
 暗いだけならばまだしも、この大雨ではぬかるみに足を滑らせて谷底へまっさか
さま…という事態が起こっても全くおかしくない。事実そういう事が起こりそうな
場所は帰り道にいくつもあるのだ。
 「ダメだ。ここまで暗い上に、雷まじりの大雨じゃあな。村で待ってる朱鳥やサ
フィーにゃ悪いが、朝になってから帰った方がいい」
 スタックはそう言うと、ユイカと共に洞窟の奥へと引き返した。


 「は?」
 唐突に放たれたスタックの言葉を遮り、ユイカは思いっきり間抜けな言葉を放っ
た。
 「今、何て?」
 頭にでっかい汗のカタマリを浮かべつつ、再び問い掛ける。
 「だからぁ、服脱げって言ったの。俺がかわ…」
 「やぁよ」
 スタックの言葉を待たずして即答するユイカ。まあ、当然だろう。
 「ったく……人の話を最後まで聞けっての……」
 「聞くまでもないわよ! 誰が脱ぐもんですか!」
 何だか良く分からない状況で、にらみ合う二人。
 「……ンな事言ってると、無理矢理脱がすぞ。無理矢理よりは自分で脱いだ方が
いいんじゃねえか?」
 二度もセリフを遮られた挙げ句に言いがかりなんかつけられているスタックの声
は、流石に不機嫌そうな色が濃い。左手は既に『賜りもの』の鞘へと掛かっている。
 「やれるもんならやってみなさいよ!」
 拳を握るユイカ。相棒の朱鳥がいないから気鎧は使えないが、それでも近接戦な
らばスタックよりはユイカの方に分があった。
 少なくとも、前に会った時は。
 「じゃ、本気で行くぜ」
 だが、ユイカはほんの一撃で倒される事になる。
 半年の間にユイカをとっくに抜いていた、スタックの剣技によって。


 「ったくよぉ……。手間取らせやがって……」
 スタックは地面にユイカの薄いマントを敷き、その上にユイカを仰向けに寝かせ
た。岩のごつごつした感触はマントで何とか遮られているが、背中にぴったりと張
りついた、濡れた服とマントの感触が気持ち悪い。
 「傷つけないように相手の動き封じるのってすっげえ難しいんだかんな、冗談抜
きで……。感謝しろよ…」
 慣れた手付きでユイカのワンピースのボタンを外していくスタック。
 「く………………」
 スタックに打たれた体が痛い。彼の言う通り外傷はないようだが、しばらくは自
分の好きには動かせないだろう。
 「これで全部……だよな」
 ユイカは動き易さを重視した服装を好んでいたため、あまり厚着はしていない。
今日もいつもと同じ、リボンとワンピース、ショートパンツに薄手のマントと言っ
た格好だった。剣に打たれて人形のように固まったままのユイカから、その全てを
器用に脱がせていくスタック。
 脱がせ終わった下着以外の服を抱え、スタックはユイカの視界の範囲の外へと姿
を消した。何かをやっているようだが、何をしているのかはよく分からない。
 「や………………」
 痛さより、悔しさ。敗北よりも、脱がされた事への屈辱。
 そして、これから起こるであろう事への、恐怖。
 悔しく、何よりも哀しかった。
 そんなごちゃごちゃになった感情をないまぜにして、動かぬユイカの頬を、一条
の涙が流れる。
 「これ干しとくぞ。ここはそんなに湿っぽくないから、朝までにはちゃんと乾く
だろ」
 と、ユイカの涙が唐突に止まった。
 「………は? 今………何て?」
 ようやく動くようになった口を動かし、ユイカは再び問い掛ける。
 「だからぁ、おまえの服。干してやったっての。ずっと着てたら乾くもんも乾か
ねえし、第一風邪ひいちまうだろ。俺やだよ、風邪引いたの俺のせいだーって言わ
れるの」
 戻ってきたスタックは、半ば呆れながらユイカをそっと抱き寄せた。自分の服も
干しているのだろう、スタックもパンツしか履いていない。
 「今日は雨で薪が湿気てるから、焚火起こせねえんだよ。明かりは苔があるし、
寒いのは悪いがこれで勘弁な」
 苦笑しながらスタックは、自分のマントを二人の上にまとわせる。動きを隠す為
のユイカの薄いマントと違い、スタックのマントは防御の為の分厚いものだ。水も
ほとんど通さないし、防寒の効果は十分にある。
 そのマントを掛けてくれるのは、いつもと同じの暖かく、優しい手。
 「ば………………」
 だが。
 「ん? どした?」
 「ス………………スタックの………………」
 次の瞬間。
 「ばかぁっ!」
 狭い洞窟に、ユイカの叫び声が木霊していた。


 「く……っくくく…。ユイカぁ。俺がおまえを襲うぅ? いつからお前、そんな
冗談言うようになったんだよ、オイ」
 両の頬にユイカの手形を付け、スタックは心底おかしそうに笑う。
 「冗談じゃないわよ! 濡れた服乾かすから脱げって言うんだったら、とっくに
脱いでるわよ! それを……それを…」
 一方のユイカは真剣そのもの。マントの中から飛び出した後、目にも止まらぬ速
さでスタックの両頬にビンタを食らわせたのだ。現在は十分な間合を取り、彼と向
き合っている。
 一瞬だけ時間を置き、
 「ばかぁっ!」
 再び洞窟を震わせる、ユイカの声。
 「けどよ、俺、そう言わなかったっけか?」
 「聞いてない!」
 ほとんと絶叫に近いユイカのセリフを適当に受け流し、スタックは半ば呆れ声で
呟く。
 「っていうかさ、俺がセリフ全部言うまでに嫌って言うんだもんな。『俺が乾か
しといてやるから』って言おうとした所をよ」
 「え?」
 沈黙。
 「そ、そーだっけ?」
 「そう」
 ユイカの間抜けな問いに、スタックは不機嫌そうに答える。
 また、沈黙。
 「もしかしてあたし、物凄い勘違いしてた?」
 「何を思ってたか知らんが、多分な」
 さらに、沈黙。
 「あ、あははははははは………」
 ユイカの放つ、ひきつった笑い。
 その笑い声はしばらくの間、洞窟の中を割と虚しく響き渡っていった。


 「俺、服屋のバイトしてるって前に言わなかったか? サフィーやベスあたりじゃ
井戸端に夢中になって仕事にならんらしいってな」
 「へぇ……。だからあたしの服脱がせるの、上手かったんだ……」
 結局ユイカはスタックのマントの中に入る事になっていた。誤解(ユイカの一方
的な勘違いとも言う)が解けた以上は拒む理由などなかったし、洞窟の中は下着姿
のユイカには思った以上に寒かったのだ。
 「けど、ホントに恐かったんだからね……」
 ユイカの瞳が少しだけ潤む。
 「へえへえ…」
 スタックは三つ編みを解いたユイカの長い髪をくしゃくしゃと撫で、その小さな
躯をそっと抱き寄せた。ユイカもスタックの厚い胸に頭をことりと寄せ、頬を擦り
寄せる。
 だが、二人の間に漂うのはロマンスとか言った類の風情のあるものではない。
 「っていうかお前、冗談抜きで冷えてんな。大丈夫か?」
 「うん。ちょっと無理し過ぎたかも…」
 寒い洞窟の中に半裸でいたから、ユイカの唇はまだ少し青み掛かっていた。スタッ
クの肌に伝わってくるユイカの体温も、心なしか低い気がする。
 「まあよ。俺も寒いし、今夜はこうしててやるから。ゆっくり寝な」
 抱き寄せた頭に自らの顔を埋めるようにし、スタックは呟く。こうしておけば、
少しだがユイカと接触する場所が増えるからだ。
 「ん。そうする……。おやすみぃ……」


 「ったくよぉ…。俺が襲うとは本気で考えんのかね、このバカ娘は…」
 本気とも冗談ともつかぬ声で、スタックは小さく呟く。
 スタックも木石などではない、一端の男だ。こんなシチュエーションで半裸の可
愛らしい女の子を抱いていて、変な気持ちを起こさないはずがない。
 「けどよ……」
 腕を少し緩め、ユイカの寝顔をちらりと見遣る。この程度は役得だ。見てもばち
は当たるまい。
 「こんな無防備な寝顔してくれちゃ、護っちまうしかねえよなぁ……」
 自嘲気味の苦笑を浮かべ、そう呟く。
 スタックを信頼しきったユイカの寝顔。家族同然の彼だから見せるであろう、あ
まりにも無防備な姿。
 「へっ……。バカな男は辛いね。寝よ寝よ………」
 そして、彼も眠りについた。
 恋心とも家族愛ともつかぬ奇妙な感情を、その心に宿らせたままで。
 っていうか、
 下山後に彼の母親と朱鳥から下される地獄の制裁を…
 彼は、まだ、知らない。
番外編・終劇
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