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『カナエ・鼎・叶』
第1部
第2話 生きる、意志



 もう何日が過ぎただろう。内蔵時計も狂っているため、正確な時間すら分からな
い。もしかすると、何ヵ月…いや、何年も過ぎているのかもしれない。いや、自分
に残されたエネルギー量では何年も保たないか。
 ザザッ ザッ
 混濁した意識にノイズがかかる。唯一正常に…とはいえ、微かなエネルギーを長
持ちさせるため、最低レベルでしかないが…稼働していた外部センサーが何か動く
ものを捕らえたらしい。
 私は目を覚ました。
 目覚めた私はそのノイズに意識を集中させる。だが、いくら高性能SvDとはい
え、そのノイズだけで目標の正確な情報を知る事は不可能だった。せいぜい目標は
一人だろう…という事くらいしか分からない。
 通常モードに移行すればすぐにでもそれが何か分かるだろう。だが、通常モード
になれるのは今のエネルギー量を考えれば、一度きり。それも数十秒が限界だ。そ
して、全てのエネルギーを失った私はただのスクラップとなってしまう。
 私は迷った。一度きりのチャンスに全てを賭けるかどうか…。
 しかし、私が考えている間にも目標はどんどん近付いてくる。
 ザザッ…こ…の…ザザザザ…新し…ザッ…
 雑音の中に交じった声は、どうやら子供のようだった。廃棄場のような場所をう
ろつく子供といえば、パラサイトの子供だろう。
 こんな子供に私の運命を託していいものだろうか。私はさらに迷った。

 スクラップ場を巡り、使えるパーツを集めて歩くのはこのパラサイトの少年の日
課である。だが、魔法科学の結晶であるスレイブ=ドールやパワード=スーツの
パーツをいじるのは同時に彼最大の楽しみでもあった。
 彼の夢は最強のSvDやパワード=スーツを組み上げる事。そして、一流のメカ
ニックになる事だ。その夢を叶えるため(今はとりあえず、その日の食い扶持を稼
ぐためであるが)スクラップ場から使えるパーツを拾い、修理しては闇ルートに流
している。
 「これも、おっ、これも使えるな。解体屋の親父が荒い解体してくれるおかげで
こっちは大豊作っとぉ」
 このスクラップ場を取り仕切る技術者は彼らの事をよく知っていた。そして、わ
ざといいかげんな解体をしてパーツを流しやすいようにしているのだ。
 「へぇ、こっちの方は新しいパーツが多いな。ん? これ、軍事用のパーツじゃ
ねえか」
 そして、その少年が『彼女』を見付けたのもあながち偶然ではなかった。
 「? これは…。へぇ、綺麗だなぁ」
 彼の目の前にあったのは人間…いや、廃棄された女性型SvDの上半身だ。
 「俺もいつかこんな美人を組み上げてみたいなぁ」
 少年はSvDを眺めながらそんな事を呟く。彼の目に映っていたのはSvDの顔
ではない。丁寧な造りと繊細なフレーム。破壊されたとはいえ、かつての面影が十
分に感じられる造りだ。
 ふと、そのひび割れた瞳が動いた気がした。
 「いつもと違う……。こいつ、生きてるのか?」
 このような中途半端な破壊状態で破棄されたSvDもときどきではあるが、あ
る。だが、それは僅かに残された命の残滓でしかない。
 しかし、このSvDにはそれ以上の意志が感じられた。
 「ちょっと見てみるか…」
 少年はそのSvDに近寄ると、ポケットから工具の束を取り出す。全て自ら削り
だした手製の品だ。自慢のその工具を使って胸部の点検用プレートを開き、動力炉
の状態を確認する。そして、頭部の中枢回路の状態を確かめた。その手際は鮮やか
で、かつ早い。
 「すげえ…まだ生きてる…。状態維持モードだけど…呼び掛けたら返事が来るか
も…」
 慣れた手つきで中枢回路の端末に違法改造したジャックを差し込み、携帯端末の
キーを叩き始める。『彼女』と交信をする為に。

 私は混乱を覚えていた。子供の手つきがあまりにも熟練していたからだ。館に出
入りしていた技師などより余程手際が良いではないか。
 しばらくすると、私の頭の中に何かが入ってきた。どうやら子供は私との交信を
求めているらしい。が、私には違法干渉に対する自動防衛プログラムが施されてい
る。普通のSvDにはない機能だが、貴族達の見栄によって私には搭載されてい
た。そのプログラムが動きだす。
 千載一遇のチャンスすら奪うつもりなのか…。私はこの時ほどあの貴族達を恨ん
だことはなかった。
 (ててっ。自動防衛なんて…元気がいいじゃん。それなら…こうだっ!)
 この子供はまだ私に干渉を続けようというのか。私の中に新たな情報が入ってく
る。
 (へっへぇ。ざまあみやがれ)
 その情報は一時ではあるが、自動防衛プログラムを破壊していた。新手のウィル
スか何かなのだろうか。
 だが、新たな防衛プログラムが生成されるまでに私も行動を開始しなければなら
ない。
 通信回路を開き、一言だけ情報を送る。私が今、もっとも叫びたい言葉。
 次の瞬間、新たな防衛プログラムが生成され、侵入してきたウィルスを打ち砕い
た。

 「よっしゃぁ!」
 少年は思わず立ち上がった。
 端末の表示部に「私は生きている」という文字が浮かんでいる。それは『彼女』
の自分への回答。このSvDは生きているのだ。
 「大丈夫。すぐに直してやるからな」
 少年はSvDの残骸を大事そうに抱えると、元来た道を引き返しはじめた。
続劇
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