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狂気-insanity-
a sequel



 海岸線を、一台のスポーツカーが走っている。
「しかし……派手にやったものよのぅ……」
 海外から送られてきた科学雑誌を助手席にひょいと放り、運転席の女性が呟く。
広げていた面にある記事は、東欧で起こったアンドロイドの暴走事件の詳細だ。
「それを読んだ時は、どうしたかと思ったぞ」
 とは言え、女性は科学者でも何でもない。科学雑誌は彼女が世話になっている神
社の娘の物だし、それ以前に女性は英文がさっぱり読めなかったりする。彼女の言
う『科学雑誌を読む』という行為は、雑誌に載っている写真を眺めるか、都に和訳
して貰うかのどちらかだ。
「五月さんや都嬢にも色々手間を掛けさせてしまったようですね……。僕として
は、ただの実験と、その事後処理のつもりだったのですが……」
 後部座席で穏やかにそう答えるのは、一人の青年。20代の半ばか、もう少し前
くらいであろう。膝の上では、5歳くらいの可愛らしい女の子がくぅくぅと小さな
寝息を立てている。
「まあ、半壊したそやつがお主の記憶の封じられたチップを持って現れた時はどう
しようかと思ったがの。兄様の遺した書類と、都が帰郷しておった故、どうにか
なったが……」
 アクセルを軽く踏み直すと、女性はちらり……とバックミラーごしに後ろの青年
を見遣った。
 膝枕している少女の髪を愛おしげに撫でている青年は若い父親か、年の離れた妹
を可愛がる兄にしか見えない。女の子の方に至っては、何の変哲もないただの幼い
子供だ。
 少なくとも……人間から記憶を移植したアンドロイドや、世界最強クラスの戦闘
用アンドロイドには見えないだろう。
「……ふに?」
 ふと、女の子が目を覚ましたようだ。
 女性は踏み込んでいたアクセルを少し緩め、女の子が怖がらない程度のスピード
にまで落としてやる。
「おや、起きましたね」
 青年の声にも、今一つ反応が鈍い。まだ頭が完全には醒めていないのだろう。
 女の子はしばらくきょろきょろと辺りを見回していたが、目の前の青年に気付
き、ぱっと顔を輝かせる。
「ますたー。りんか、おなかすいたぁ」
「………はいはい」
 いきなりの言葉に小さく苦笑を浮かべる青年。
「そういうわけで、五月さん。どこか食事の出来る所はありませんか?」
「神社が近い故、それで構わぬかのぅ……」
 今月は妖魔退治の仕事が少なかったので、あまりお金がないのだ。それでなくて
も、青年の再生などに大量の費用が掛かっているのである。陵神社の家計を預かる
五月としては、これ以上の出費は最小限に押さえたかった。
「もう一寸で帰れるそうですから、お家でご飯にするので構いませんか?」
「うん!」
 体と心を幼児へと退行させる事で精神の完全な崩壊は何とか免れたが……まあ、
こう言うのも悪くはない。アンドロイドの成長を見守る実験というのも、それはそ
れで面白そうではないか……。
 にっこりと無垢な笑みを浮かべる女の子の頭をそっと撫で、青年は少女を軽く抱
きしめた。
「ますたー。りんかね、ますたーのこと、だいすき!」
「ええ、僕もですよ、リンカ……愛しています」
 二人にとって、過ごすべき時間はそれこそ無限にあるのだから。
Fin
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