-Back-

 黒逸ハルキ。
 数々の難事件を解決してきた、日本の誇る私立探偵だ。
 彼の事を知る者達は、彼の名をこう呼ぶだろう。
 『名探偵ハルキ』
 ……と。


「皆さん。まだ解らないのですか……?」
 青年は肩をすくめると、やれやれ……といった風に、小さく頭を振る。
 無論、その場にいた10人ほどの人間の誰もが、彼の言ったことを理解できてい
なかった。青年の言った事はあまりに複雑怪奇な説明を含んでおり、一般人……い
や、かなりの教養があるであろうこの場の人間達にも、それを一度聞いただけで理
解するのは不可能であったのだ。
「ハルキさん! 結局、一体誰なんですか!? キヌヲさんを……私の大切なあの
人を殺した犯人は!」
 青年に詰め寄るようにしてヒステリックに叫んだのは、ウエディングドレスをま
とった美しい女性。結婚式の主役にのみ施されるであろう綺麗な化粧は、流れ落ち
る涙に半ば溶かされて既に原形を留めていない。
 その女性を必死でなだめようとしているのは、小太りの男だ。名を、夕張ゴウイ
チという。
「カオルコさん……落ち着いて下さいよ。そりゃ、キヌヲ君が結婚式当日に殺され
たんです。落ち着けない気持ちは分かりますが……」
「ゴウイチさんは平気なんですか!? キヌヲさんが殺されて……それも、あんな
ひどい殺され方で……」
 そう。ウエディングドレスの女性……本折カオルコのパートナーとなるべき男性
は、既にこの世にいない。
 ほんの2時間前に、殺されたのだ。
 新郎の控え室で、心の臓を一発の銃弾に貫かれて。
「それで、黒逸ハルキ。彼女の弁ではないが、犯人は結局誰なのだ? 君が名探偵
というのは知っているが、君の説明は難解すぎて、我々の理解の範疇を越えるもの
でね」
 一人冷静なのは、細目のメガネを掛けた神経質そうな女性である。秘書のような
きっちりとしたスーツの胸ポケットから警察手帳が覗いているところを見ると、こ
の事件を調査に来た刑事なのだろう。
「では、端的に言いましょう。本折カオルコさんの花婿、村瀬キヌヲさんを殺した
犯人は……」
 軽く組んでいた腕を解き、青年……黒逸ハルキは一人の男を指差した。
「夕張ゴウイチさん、貴方です」


冤罪探偵ハルキ 〜白い花嫁衣装には黒い花束を〜
「な……何を一体……」  ゴウイチは探偵の青年の方に顔を向けたまま、ひきつった表情を浮かべる。 「犯人は貴方ですね? 夕張ゴウイチさん?」  再びその言葉を呟く、ハルキ。  まるで念を押すかのように、その名を僅かに強調させてみせる。 「何故私がキヌヲ君を殺さなければならない? 彼は私の大切な仕事のパートナー だぞ? 社長である彼がいなくては、我が社の経営は……」  ゴウイチは被害者の男と共同でかなり大きなソフト会社を経営していた。昨今の 不況で随分と経営は混乱していたのだが、それもようやく安定し始め、躍進を始め るのはこれから……という所だったのだ。 「おや? 村瀬氏はもうその会社からは手を引こうと考えていたと聞いています が? その事で貴方ともめていたとも……ね。違いますか? カオルコさん?」 「ええ。最近キヌヲさん、デートの度にその事ばかりこぼしていましたから……」  溢れてきた涙をレースのハンカチでふき取りつつ、ウエディングドレスのカオル コは頷いてみせる。再び婚約者の青年のことを思いだし、悲しくなってしまったの だろう。 「だ……だが、私では……」  今度は何を思いついたのか、ゴウイチはぱっと顔を輝かせて口を開いた。 「そ、そうだ。私にはアリバイがある! それは君自身が一番よく知っているだろ う? ハルキ君!」  被害者のキヌヲが殺された丁度その時間、ゴウイチは同じく結婚式に招かれたハ ルキと話をしていたのを思い出したのだ。  まさに完璧。何せ、探偵であるハルキ本人と一緒にいたのだから。これほど確実 なアリバイもないだろう。  だが、そのゴウイチの言葉にも、ハルキはやれやれ……と首を振って見せた。 「ええ。それですっかり騙されていましたよ。まさかこの僕をアリバイの証言者に するとは思ってもみなかったもので……ね?」  黒いタキシードに白いシャツ。シャツの方はアイロンを当てるのを忘れていたの だろうか、ややシワが寄っている。だが、ゴウイチの方を見据えて不敵に笑う青年 ……黒逸ハルキには、その格好が妙に似合っていた。  結婚式という晴の舞台に着て来るには、ややみっともない姿であったが。 「何……?」  あまりに突飛なセリフに呆然としたままのゴウイチに、ハルキは続けて口を開 く。 「忘れていましたが……村瀬氏の控え室から、こんな物が見つかったのですよ。サ ナエさん、お願いできますか?」 「ああ」  先程の神経質そうな女刑事……サナエは後ろに控えていた警官からビニール袋に 入った小さな箱を受け取る。その掌ほどの大きさの箱についたスイッチをてきぱき と操作し、サナエは最後に『再生』のスイッチを押した。 「!」  その音にカオルコが短い悲鳴を上げ、耳を覆う。  そこから流れてきたのは、銃弾の音と……キヌヲの絶叫。 「最近は便利なものでね……。何でもかんでも、『でじたる』と言う奴で作れてし まうそうですよ」  サナエから「携帯型MD」を受け取り、ハルキは再び再生させてみせる。  再び流れてくる、銃弾の音とキヌヲの絶叫。 「夕張氏の会社はこういう物に関しては朝飯前だとか……? 新郎の控え室には村 瀬氏の着付けが終わってから、式場のスタッフは誰も入っていないそうですし… …」  そう言いながら、一同の端の方に立っている式場スタッフの方をちらりと一瞥す るハルキ。 「ええ。我々が着付けを行ってから、このユカリ君が呼びに行くまで……我々はキ ヌヲ様のお部屋には入っておりません」  新郎の着付けを担当した東という男が、メイド服を着た少女の肩を抱いたままで そう答える。第一発見者となってしまった少女は未だにショックが抜けきらないの か、真っ青な顔で東によりかかったまま。アルバイトだから……というか、まさか 式場で銃殺死体など見るとは思っていないだろうから、ショックはさらに大きいも のとなっているはずだ。 「……だ、そうです。それから、そちらのお嬢さんは横になっておいた方が良くは ありませんか? もうここはいいですから、ゆっくり休ませてあげて下さい」  メイド服の少女と着付師の男がロビーから退席したのを見届けると、ハルキはゴ ウイチの方へと向き直り、言葉を続ける。  「そう言うわけで……あらかじめ消音器の付いた銃で殺しておいて、任意の時間に この音を……」  三度、銃声と絶叫。 「こう鳴らしてしまえば、アリバイは存在しませんよね?」 「バカな! そんなはずはない。そんなはずが……。そうだ、指紋だ!」 「確かに、指紋は発見されなかったな」  ゴウイチの言葉に、女刑事は小さく呟く。MDの表面はおろか、内部のディスク や電池、果ては磁性体に至るまで、指紋は検出されなかったのだ。 「ほれ見ろ! 私がやったという証拠はどこにもないではないか!」  その言葉を聞き、勝ち誇ったような笑みを浮かべるゴウイチ。  だが。 「……MD内部の著作権情報を除いてはな」  その笑みが、凍り付いた。 「最近の音楽データには、作ったソフトから自動で著作権の情報が付加されるよう になっているそうです。僕もさっきまではついぞ知らなかったのですが……。これ も時代の流れなのでしょうかね?」  こんな機能が付いたのは著作権がうるさくなってからのごく最近の事だ。まだ普 及率は低いが、そのうちあらゆる音楽メディアのデータに添付されるようになるだ ろう……と、鑑識の男が言っていたのをハルキは思い出す。 「こんな特殊な音楽を頼まれて作った……などと、言い訳は立たないでしょう?」 「バカな……バカ……な……。我が社のソフトに、そんな機能があったなんて… …」  呆然と呟くゴウイチの手が、白いタオルで覆われる。  その去っていく背中を見遣り、ハルキは小さく呟いていた。 「科学の進歩は日進月歩……最後に取り残されるのは、我々人間……か」
[URA・Storyへ]
< First Story / Next Story >



-Back-
C-na's 5th Dimentional Labyrinth! "labcom.info"
Presented by C-na.Arai