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いかろすの翼 いん ないと・おぶ・すぴりっつ


「速水厚志……」
「ん? 何?」
 舞の何やら怒りの籠もった言葉に、厚志はとりあえず返事を返した。
「何故、貴様が私の前に座っている」
「?」
 ここは士魂号3番機の操縦席。複座型である3番機は、その名の通り操縦者と副操縦士
の二人乗りだ。本来は必要としない『もう1人の操縦者』が誘導ミサイルなどの強力な広
域攻撃装備を担当する事で、複座型の士魂号……真の名を騎魂号という……は一般の士魂
号『単座型』に数倍する戦闘力を発揮することを可能とする。

(注:運動性の低い士魂号複座型の本来の運用目的は、単座型の支援です)

「僕、3号機のパイロットなんだけど……」
 速水厚志はその複座型の操縦士。
 芝村舞は厚志をサポートする副操縦士だ。
「貴様、私をバカにしているのか?」
 その副操縦士の柳眉の角度が、ぎりりっと上がった。
「そ、そんなワケじゃないけど……」
 焦る、厚志。いくらぽややんとしている彼でも彼女のそんな雰囲気が理解できないほど
ぽややんではない。いや、最初は分からなかったのだが、何度も耳を引っ張られればいい
加減覚えもする。
「士翼号はどうした」
 先日5121小隊に配備された新鋭機。人型戦車に通常施される迷彩塗装すら必要とし
ない、神速の鬼神。この熊本でも数機と配備されていない軍の最新鋭人型戦車兵器だ。
「ああ、あれは新井木が乗ってるよ。何か、到着早々『これボクもーらい』とか何とか言っ
てたって、滝川が言ってた」
 何事もなくさらりと言った厚志の言葉に、さらに上がる眉の角度。
「新井木ぃ!? そこで何故新井木が出てくるのだ!!」
 というか、叫んだ。
「え? だって新井木、1号機のパイロットだし……」
「それも分かっている!」
 部隊の人員状況はそれこそ目に付く所全てと言って良いほどに張り出してある。それに
目を通さないほど舞はバカではない。
「あれは……あれは私がお前のためにイトコ殿に陳情したものだぞ。何故その士翼号に新
井木ごときが……。それに、あいつでは士翼号の力を発揮などできまい」
 そのバカではない舞の記憶からすれば、新井木の経歴は最初は整備士、次は大抜擢で司
令(何故善行元司令が彼女を後任に抜擢したのかは、5121小隊七不思議の一つに数え
られていた)、司令を解雇された後は整備士になっていたはず。
 というか、その経歴を見なくても……二本のGバズしか装備していない機体できたかぜ
ゾンビを二体撃ち落として撃墜数を誇っているような奴に、『士魂号』の機動性は必要な
いではないか!
「そ、それは反論しないけど。別にいいよ、新型なんて……」
「……仮にもアルガナを取ったのだろう? 相応の機体に乗るべきだとは思わんのか?」
 呆れるように、舞。同時に眉の角度がいくらか下がった。
 ちなみに、厚志の幻獣撃墜数は軽く200を越える。ぽややんと何も考えてないよーに
見えるが、これでも熊本屈指のエースパイロットなのだ、この男は。
「僕、この機体気に入ってるし、森さん達にも悪いじゃない。折角整備してくれてるんだ
し……」
「森?」
 森精華は士魂号3番機の整備班長の名だ。だが、女の名が彼の口から出てくる事は彼女
の精神衛生上、あまり……否、とても宜しいものではなかった。
 下がっていた眉の角度が、再び上がる。
「そ、それに……」
 流石に今度の殺気は気付いたのだろう。狩谷君の名前を出しとけば良かった。でも、ヨー
コさんって言わなくて良かったぁ……とまで思ったのかどうかは分からないが、厚志はジ
ト汗で呟く。
「舞さん、僕と一緒に戦うの、イヤ?」
 形勢逆転。
「そ、それは…………」
 しどろもどろで舞が答えようとした、その時。
「三番、展開遅すぎやで! 何やっとんの!」
 無線から気合の入った大阪弁が響き渡った。「あーっ。マイクとっちゃめーなのーっ!」
なんてののみの声がきこえてくるところを見ると、司令の加藤が直接マイクをもぎ取って
怒っているのだろう。
 そう。ここは戦場なのだ。
 その意識が、二人を『学生』から『軍人』へと引き戻す。
「早く行くぞ、馬鹿者。装備のチェックは済んでいるのだろうな」
「あ、うん。システムチェックは大丈夫だよね?」
 実戦を経験して一月。慣れた手つきでチェックを終了させ、後に問う。
「無駄な事を聞くでない」
 返ってきた返事は短い。芝村らしい、簡潔な返事だ。
「よし、起動準備完了。士魂号三番機リフトアップ。瀬戸口、ののみちゃん、配置誘導願
います!」

「な? あいつでは士翼の力など一片も発揮できまい」  滝川の二番機の手を借りてキャリアに搭載されつつある『士翼号』をモニター越しに見 遣りながら、舞はさも当然と言った風に呟いた。  戦闘は熾烈を極めた……というわけでもなかった。最強幻獣『スキュラ』はいなかった し、対士魂号用幻獣『ミノタウロス』も数えるほどしかいなかった。重幻獣『ゴルゴーン』 や空戦幻獣『きたかぜゾンビ』が主力の相手では、あまり苦戦にもならない。  だが、新井木は士翼号を『大破』させていたりする。Gバズ二本を撃ちきって敵陣に突っ 込み、こちらのサポートが間に合わないまま袋叩きにあったのだ。 「まあ、ロクに調整もしてなかったようだし……」  とは言え、『あの』滝川よりも仕事をさぼっていたような奴に同情の余地は一片もない。 もちろん、仕事を押し付けられていた厚志にも、それはなかったりする。 「……壬生屋の方がまだマシだ」 「……へぇ」  芝村舞と『芝村一族』に敵意を抱く壬生屋は犬猿の仲だと思っていただけに、厚志には その舞の意見が至極珍しく聞こえた。 「『芝村』は戦争に私情を持ち込むほど愚かではないぞ? 奴の『仕事に対する』馬鹿正 直さに関してだけは、評価に値する」 「……へぇぇ」  1番機パイロットから解任された壬生屋をスカウトにするよう陳情したのは誰だったか なぁ……と思いつつ、再び返事。まあ、『仕事に対する』を強調して言ったから、『戦術 に関しては』認めていないのだろうけれど。 「何だ、その相槌は」  舞の眉の角度がきりり、っと上がる。 「あっちゃん、はやくてっしゅーするの。おそいとめーなのよ」  と、今度はののみの元気な声が通信機から聞こえてきた。彼女の後では加藤が怒りのオー ラを漂わせ、隣では瀬戸口や指揮車運転手の善行が苦笑しているのは間違いない。 「だってさ。続きは帰ってからにしよ」 「……うむ。機体も壊してしまったしな。速水、今日は寝かせぬぞ?」  また森さんの小言に耐えながら機体調整か……などとちょっとブルーに思いながら展開 式装甲を畳み、両手の大太刀を収納。意志通りに動かない機体をゆるゆると回頭させる。 既に戦闘の緊迫感はないから、今は彼の性格通りののんびりした動きだ。 「はは……NEPも来るし、次からはもっと楽になるよ。戦い」  そして、彼等は運命の5月10日を迎える。  NEPの恐るべき破壊力を一度も確かめることもなく、再び一番機パイロットに復帰し た壬生屋(スカウトの穴は善行が埋めた)が士翼号を完全修復する暇もないままに。

< 単発小説 >



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