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6.一万年越しの再会

 『月の大樹』の朝は早い。
 普段ならばこの時間帯は、漁から戻った海の男達や、市場帰りの町人達で賑わうはずの時間だが……今日ばかりは、いつもと客層が大幅に変わっていた。
「なあ……カナン」
 そんな中、カウンターでフライパンを振るう娘に声を掛けたのは、馴染みの青年である。
 彼も普段ならもう少し遅い時間に顔を出すのだが、今日ばかりは既に朝食も食べ終えていた。
「何?」
「お前には、散々迷惑かけちまったな……」
「何を今更……。はい、コーヒー」
 タンポポで淹れられた代用コーヒーを口にしつつ、青年は小さくため息を一つ。
「すまんな。俺としてはこのまんまでもいいとも思ってたんだが……ちゃんとしときたくてな」
 普段の男の調子では無い。
 今の事態が尋常では無い事は店主代理の娘も理解しているが、それを差し引いても様子がおかしい。
「口説くんならあたしじゃなくて忍を口説きなさいよ」
「そういうんじゃないよ。仮にも、俺の娘なワケだし……な」
「…………は?」
 カナンが間の抜けた返事を漏らすまで、たっぷり十を数える時間がかかった。
「カナンさん、カイルさんの娘さんだったんですの?」
「違うわよ」
 空になった皿を運んできた忍に、カナンは即答。
「はぁぁ!? お前、本名って……」
「生まれてこの方、ずっと千海カナンだけど?」
 母なる地を発ち、ドーム都市の中で眠りにつくまでの間、所々欠落のある記憶ではあるが……それだけは間違いない。
「アヤキ・ジョウジじゃないのかよ! ショウ・カイル・ニューエントの娘の!」
「あたしは始まりの地生まれだって前から言ってるでしょ。アンタの子供なわけないじゃない」
 『月の大樹』が母なる地を出立した時、船内に子供の乗組員はいなかった。故にカイルの子供というなら、最速でも『月の大樹』の中で生まれた世代だろう。
「そりゃ、ジョウジって友達はいたけどさ……」
 乗組員だった技術者の一人だ。配属となるドームは違っていたが、『月の大樹』の艦内では仲良くしていたし、そこで素敵な相手と巡り会ったとも聞いていた。
 結局その素敵な旦那さまとは会えずじまいだったが……。
「……ああ、そうか。あの子の旦那さんって、カイルだったのね」
 そういえばその後、娘が生まれたという話も聞いた覚えがある。
「あっれぇぇぇ……? どこで間違えたのかなぁ……」
 だが、打ち明けた方としては散々な誤算である。
 この後は涙の抱擁くらいは期待していたのだが……。
「あの……」
 そんな一同に、遠慮がちに掛けられた声が一つ。 
「何だ? ジョージ」
 ジョージである。
「ジョウジ・アヤキって、自分の本名です。キャッスルの城にロードの路、下の名前は紋章の紋に、生きるの生」
「…………お前、男だろ」
「女ですけど?」
 周りを見回せば、やはり朝食を取っていたアルジェントや、忍も肯定の頷きを返してみせる。
「…………はあああああああ!?」


 魔方陣の中から現れるのは、鋼の甲冑をまとった騎士達と、揃いのローブをまとった魔法使い達。
「騎士団の到着か……早いな」
 少し離れた丘の上からその様子を眺めながら、マハエは小さく呟いた。
「じゃの。もう少々かかるかと思うておったが」
 報告が行われたのは、昨夜遅くである。組織戦を旨とし、迅速に動くことが出来るのが騎士団と言っても、その早さは特筆すべき所であった。
「なのに、森の中で竜を倒そうとは思わないんだよなー。信じらんねえ」
「あの重装備だと、森の中の展開は出来ない」
 いかに木立の国とはいえ、騎士達の重装を見る限り、街道や平野での戦闘を前提としているようだった。森の中はエルフの集落も多い国のため、そこでの戦闘は行いたくないのだろう。
 故に、水際であるガディアを防衛ラインとし、そこで竜の侵攻を食い止めるという作戦を取ったのだ。
「……まあ俺たちも、俺たちの出来ることをするしかないって事だな」
 冒険者には、冒険者にしか出来ないことがある。
 集団戦を旨とする騎士達とは、違うことが。
「ならば、わらわ達も行くとしようか。おぬしらも来るか?」
「オイラ達は姫様の所に行ってくるよ」
 ディスの問いにダイチも元気よく立ち上がると、丘の麓に向けて走り出す。
「あの姫様、まだ逃げてねえのか」
「アルジェントも後で行くって言ってた。……マハエも来る?」
「いいよ。おまえらで何とかしてやってくれ」
 ダイチに続くセリカの背中を眺めながら、マハエは小さくため息を吐いてみせるのだった。


「古代人で、ジョウジ・アヤキで、実は女の子……と」
 告げられた事実を、カイルは指折り数えていく。
 生まれた年代も、場所も、確かにカイルの娘のそれと一致するもの。ジョージの覚えていない細かなディテールも、幾つかの箇所はカイルの記憶で補完することが出来た。
「お世話になった人から、女の一人旅は危ないって言われたんで」
 ジョージとしては隠すつもりは無かったのだが、普段の振る舞いから誰も女だと思わなかったのだ。彼女の側もそれを特に否定すること無く過ごしてきたため、現在に至る……というわけだ。
「まあ、そりゃ確かにそうだけど……お前が、アヤキ…………こいつなのか?」
 そう呟いて、胸元から取り出したのは小さなロケットだ。
 音も無くフタを開けば、中にあるのは一枚の写真。
 少し若いカイルと、穏やかに微笑む女性。
 そして、二人の間ではにかむ、幼子の姿。
「あー。この写真、爺ちゃんちにもありましたよ。懐かしいな……」
「うわ……マジか……。え、このちっちゃいのが……こんなになるの?」
 言われてみれば、確かに面影はある。
 だが、いきなり数年後の姿と言われても、にわかには信じられないだろう。
「もうちょっと色気とかあった方が良かったですか?」
「いや、それはそれで良いと思うけど……えええ…………?」
「それで、古代兵の登録がされてた事も説明が付きますね」
「はい。まさか、父さんが生きてたとは思ってもみませんでしたけど……」
 ジョージの両親は、ジョージが幼い頃にドームの事故で行方不明になったままだった。それから古代兵を駆る道を選び、そこからの紆余曲折があって今に至る。
 無論、その道の果てに父親との再会があるなど、想像もしていなかったが。
「俺だって自分の子供がこんなにデカくなってるなんて、想定の範囲外だよ……」


続劇

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