-Back-

エクストラミッション
 2.ミラ


 難しい顔をしたままガディアの街を歩いているのは、白衣の男だ。
「やはり、消費エネルギーを限界まで絞ってもそれが限界ですか」
 施療院からの帰り道である。先日の古代兵の起動実験を受けて、その後の改善プランを考えていたのだが……動作効率を突き詰めても、それほど大きな改善には至らないのが現状だった。
「だからって、秋祭りの見世物で終わらせるってのも面白くねえよなぁ……」
 イーディスの魔晶石農場が順調に稼動している今、動作に必要な魔晶石を手に入れる事はさして難しくない。……問題は、そこまでして古代兵を動かす価値を、実験以上に求められるかであった。
 お互いに頭を抱えながら、くぐるのは宿の扉。
「おはようございます。ヒューゴさん……って、あれ?」
 声を掛けてきたのは、アギとセリカだった。エプロン姿という事は、恐らくターニャの店の準備を終えて朝食を食べに来た、といった所なのだろう。
「どしたんだ? そんな顔して」
 だがアギもセリカも、こちらを見て不思議そうな顔をしている。
「いえ。カイルさん、行かなかったんですか?」
「行かなかったって、どこに」
 施療院には昨日の晩から詰めていたし、もともと『夢見る明日』にはそう顔を出しているわけではない。それ以前に『夢見る明日』は朝の営業はしていない。
「忍さんの依頼」
 そのひと言に、カイルの表情が凍り付いた。
「ターニャさん達も出掛けたから、間違いないはずですけど」
 ターニャは律を連れて、王都に仕入れに向かっていた。そのついでに忍の護衛のフォローもすると言っていたから、出発の日は間違っていないはずだ。
「……む? カイル、おぬし忍と一緒に行ったのではなかったのか?」
 ふらりと顔を出したモモの言葉に、カイルは慌てて月の大樹を飛び出していく。

 ガディアからイザニア街道を馬車で進む事、二日。
 朝のうちに出立すれば、余裕を持った時間に宿場に泊まっても、翌日の昼には王都の城門が見えてくる。かつては乗合馬車を乗り継いで数日かかっていた行程も、ここ数年の街道の整備と長距離馬車の増便によって、大幅に短縮されるようになっていた。
「ここが王都か……」
 木立の国の王都は、その名の通り多くの林に囲まれたヤーマの地にある。
「なんか、城壁とか薄くない?」
 城壁は低く、城門もそれほど頑丈そうなわけではない。頑健な山岳都市で育ったルービィからすれば、それはいかにも頼りなく見えてしまう。
「身軽なエルフや飛行種族ニハ、高い壁ハ関係アリマセンから」
「それに強力な魔法や巨人族には、分厚い壁も意味ないしね」
 鉱山を都市化した山岳の国の街なら、都市全てを覆う分厚い壁と岩肌が難攻不落の鉄壁として機能するだろう。
 しかしヤーマのような平地に建てた城は、どれだけ壁を強固にしても鉄壁の防御を手に入れる事は出来ない。それが故に、こういった平地の城の防御は馬防柵や堀などでの防御がある程度で、全体的に軽装である事の方が多いのだった。
 やがて停車場に辿り着いた馬車から、乗客が次々と降りていく。
「それじゃ、また今度な! おっちゃんが働いてる店にも、寄ってくれよな!」
 そんな中、泣きながら手を振っている男が一人。
 律である。
「りっつぁん。誰? 友達?」
 泣きながら手を振って去って行く男を眺めつつ、ターニャは首を傾げてみせる。別れ際に涙を流すほどの友達なら、彼が働く『夢見る明日』にも何度か顔を出していても良さそうなものだが……。
「全然知らない人だよ。なんかこの辺で行商やってるんだと」
「へぇぇ……」
 どうやら旅の間に仲良くなったらしい。
 そこまで仲が良くなれるのを、才能と言うべきか何と言うべきか悩んでいると、停車場の向こうに見知った顔が一人いる。
「やあ忍ちゃん! 遅かったね!」
「あら、カイルさん」
 それは、朝内に月の大樹を飛び出したはずのカイルであった。
「なんだ。来てないと思ったら、先回り?」
 朝の停車場で見当たらないから、おかしいと思っていたのだ。間違いなく忍に同行すると思っていたら、まさか先回りだったとは。
「先に危険がないか調査して回ってたんだよ。おかげで、何もなかっただろ?」
 確かに馬車の行程は、ごく平和な物だった。竜や盗賊はおろか、獣すら見かける事はなかったのだから。
「忘れてたんじゃないのだ?」
「そ……そんなことあるわけないだろ! 俺が忍ちゃんとの約束を忘れるわけないじゃねえか!」
 リントの言葉に、誰もが同じように思ったが……面倒なので思っただけに留めておく者ばかりだった。
「さて。それじゃ忍さん。わたし達は市場に行ってくるね」
 そんなカイルを程々に放っておいて、ターニャは律を連れて別行動を宣言する。
「なあなあ! 市場っていうからには、うまい物たくさんあるのか?」
「そりゃまあ、食べる物を扱う所だしね」
 ターニャ達が向かうのはどちらかといえば材料を取り扱う所が中心だったが、それを調理したり加工したりする店は近くに幾つもある。食べ歩きには向いているだろう。
「じゃああたし達もそこに行きたい!」
 食べ歩く気まんまんの二人を連れて、ターニャ達は街の向こうへと消えていく。ターニャは王都の土地勘もあるはずだから、彼等が迷う事はないだろう。
「おめぇら、都会は危ないんだから、忍をしっかり……」
 そんな中、ただ一人残った律はそう言いかけて……。
「……あと、カイルからもしっかり守ってやれよ」
「お任せクダサイ」
 そう言い直して、三人を追い掛けて走っていくのだった。


 酒場ギルドに書類を提出すれば、次の目的地は王都の技術院だ。
「ここにミラ様がいらっシャるのデスか?」
 もともとミラがガディアに住むようになったのは、古代技術の研究を行うためだ。その途中でカナンを拾い、副業でやっていた酒場を彼女に預けて自身は研究の旅に出た。
 その経緯を考えれば、確かに木立の国の技術研究を司る技術院に研究室を構えていてもおかしくはないが……。
「カナンちゃんからは、そう聞いてるんですけど……」
 門番に確認を取れば、短い確認の後に奥へと通される。
 その先にいたのは、見知った青い髪の女性だった。
「あら。ミスティさん」
 ミスティと、なぜかネイヴァンも一緒に居る。
「そういえば忍も来るって言ってたわね」
 確かカナンが護衛を付けて買物に行かせるとか言っていた気がする。……その割には、護衛の数が多すぎる気もしたが。
「ミスティはどしたんだ? こんな所まで」
「ちょっとミラの頼まれ物を忘れててね。ようやく直ったから、こっちの用のついでに持ってきたのよ」
 外側をマハエの実家で直してもらった後、中の修理が終わったのがつい先日。そこから乗合馬車で出掛けて、今日である。
 そして。
「忍とアシュヴィンか。久しいな」
 そんな彼女の向こうにいたのは、久方ぶりに見る月の大樹の主の姿。
「ミラさん、お久しぶりですわ!」


「これがカナンちゃんからの手紙ですわ」
 忍から渡された手紙を受け取ると、机の上にあったレターナイフで早速開き、本文に目を通し始める。
「何か用があるなら、言って構わんぞ? 皆も別に、忍の護衛だけでここまで来たわけではないのだろう?」
 店の常連は、彼女が資料や書類を読んでいる間も会話が出来る事を知っていた。
 もっとも最初は、こちらの話の合間に古代の資料や書類を読み始める悪癖でしかなかったのだが……どうやらその癖は、今も変わらず健在らしい。
「ミラ、この間は嘆願書をありがとう。おかげで助かったわ」
「ウチの客だし、ガディアをシャーロットに紹介したのは私だからな。出来る事はするさ」
 カナンの手紙を読みながら答える様は、お世辞にも行儀が良いとは言いづらいものの、返ってくる答えはちゃんとしたものだ。
「そういえば、何でシャーロットと知り合いなんだ? 随分シャーロットはあんたを尊敬してるみたいだけど……」
 普段はカイル達を呼び捨てにするシャーロットだが、ミラにだけはレディを付ける。冒険者を呼び捨てにするのは分かるが、ミラに関しては普段から敬意を払っている様子もたびたび見受けられるし、今もってよく分からない。
「草原の国で研究をしていた時、色々世話を焼いた事があってな。それでだろう」
 どうやら木立の国に来る前は、草原の国に居たらしい。月の大樹ではカナンがミラがどこにいるか分からないとこぼしている事もあるが、本当に自分の目的のためならどこにでも足を運ぶ人物なのだろう。この女性は。
「なあ。アリスってルードの事は知らないか? 千年のアリスっていうお尋ね者なんだけど」
「私だって何でも知っているわけではないよ。『千年』は噂くらいは聞いた事もあるが」
 そこまで言った所で、手紙を閉じる。話を聞きながら、手紙も読み終えたらしい。
「……そうか。じゃあ、ハートの女王って奴の事も、知らないよな」
 そして最後のコウの問いにも、小さく首を振ってみせる。
「力になれなくて済まんな。……問題ないなら何よりだ。二人とも、大変だろうがカナン達を助けてやってくれ」
 そんなミラの言葉に忍とアシュヴィンは小さく頷き。
 このオーナーはまだ当分は帰る気が無いのだと理解する。
「そうだ。ここって、木立の国の技術院なんだよな?」
 部屋を後にしようとして、今更ながらのカイルの問いにミラは小さく首を傾げてみせた。
「イーディスの魔晶石農場に、魔晶石二百個頼んだんだろ? それもミラの手回しか?」
 既にその魔晶石も、王都に向けて送り出されたと聞いている。今頃はこの建物の何処かで、何らかの実験に使われているのだろう。
 しかし、その問いにミラは初めて表情を変えた。
「……はて。魔晶石なら、山岳の国の魔晶石農場に注文するはずだが」
 もともと山岳の国には整えられた巨大な魔晶石農場がいくつもある。大きな街道でまっすぐ繋がっている事もあり、数百個程度の魔晶石ならさして時間を掛けずに手に入れる事が出来ていた。
 そのため、仮にガディアに魔晶石農場があったとしても、わざわざそんな聞いた事も無い農場に発注を依頼するはずがない。
「そうなんだ……。魔晶石農場を作った、草原の国の冒険者だったルードなんだけど」
「イーディスというのが何者かも知らんし、少なくともその依頼は私ではないよ。この件に関しては、こちらでも少し調べてみよう」
 ミラはいぶかしげな表情のまま、卓上のメモに幾つかの情報を書き記す。
 生まれた新たな謎を持ち、一同は今度こそミラの研究室を後にするのだった。


続劇

< Before Story / Next Story >


-Back-
C-na's 5th Dimentional Labyrinth! "labcom.info"
Presented by C-na.Arai