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 16.吹き抜ける凶風

 叩き付けた刃を弾くのは、漆黒の竜鱗。
「これが……アギ達の探していた奴か……」
 鍛え上げられた鋼の刃は、本来であれば男の力と併せ、竜の鱗さえも切り裂く威力を持つものだ。
 それが弾かれるという事は……目の前の相手の実力に、男は大剣の柄を握り直す。
「はぁぁああああっ!」
 相手は一匹。二匹で動いている時のフェイントなどはない。音も無くの機動から、一瞬で間合を詰めて襲いかかってくる。
 かざされる大爪、大きな動きからさらに巻き込みの破壊を見せる斬撃器官を紙一重で躱し、代わりに打ち付けるのは大剣を使ったカウンターの斬撃だ。
 高い硬度で知られる斬撃器官を正面から狙うような愚は犯さない。狙うのはそこからさらに踏み込んだ先、暗殺竜の体躯の中でも柔らかい部位とされる、腹の辺りだ。
(前の奴より、だいぶ硬いか……ッ)
 柔らかいとは言え、全身を硬い竜鱗で覆われた竜の基準での話だ。刃と腕が上げる悲鳴を強引にねじ伏せて、男は構えた刃を力任せに押し貫いた。
 踏み込んだ足と腕に残る痺れを無視し、大きく動く尻尾を回避。立ち上がりと同時に振り向けば、黒い暗殺竜は腹部に走る痛みに悲鳴を上げ、その場でのたうち回っている所だった。
 だが、相手もさるもの。腹の痛みで飛翔での離脱が難しいと悟るや、発達した両の前脚に力を込め、森の彼方へと跳躍する。
「む………しまった」
 追跡自体は問題ない。点々と続く血の跡を追えば、すぐに追いつけるだろう。
 けれど、その先に何があるかを思い出し……ゆっくり追おうと思っていた足を駆け足へ切り替える。
 だが。
 男が走ったのは、ほんの十歩に満たない距離だ。
「………ッ!」
 背後から迫る気配に、男は血まみれの大剣を構え直す。

「もうネイヴァンの言う事なんか絶対に信じないのだ!」
 ぷりぷりと腹を立ててみせるリントの様子に、苦笑したのはアギである。
「また何かやったんですか」
「ちょっと、社会勉強をな」
 そう言うネイヴァンは相変わらず意地の悪いニヤニヤを隠さない。それがリントの気に触るらしく、リントの表情はさらに険しさをましていくばかりだ。
「どうせロクなことじゃないんだろ」
 それだけは間違いない。ネイヴァンはそれが分かっているのかそうでないのか、やはり笑みを浮かべているだけである。
「昼からはどこを探すの? この辺りはだいたい探したけど」
 昼食を食べながらの作戦会議だ。
 水場の位置は概ね探し終わったが、リクガメの姿は未だに見つかっていなかった。他の地域に完全に移動してしまったとも考えづらいし、暗殺竜が全部食べてしまったというのも、痕跡がない以上やはり考えにくい。
「他に可能性があるとすれば、この辺りと……この辺りですが」
 ヒューゴは小さく呟きながら、街の地図に丸を書き加えていく。
 現在探した位置よりも北側で、日当たりなどの条件は悪くなってしまうが、今まで探した所にいなかった以上、次に可能性が高い場所を潰していくしかない。
「やはり街の外を探してみてはどうじゃ。日当たりは街の方が良かろうが、暗殺竜から逃れる気ならあえてそこを捨てると言う手もあろう」
「ですね。では、アシュヴィンさん達は街の外を探してもらえますか?」
 遺跡の南側には、小さいがリクガメの好む荒れた平地や、水の豊富な森がある。水場が遠かったり日当たりが悪かったりと候補の中からはあえて外していたが、街の外で考えるなら可能性は高い方だろう。
「承知シマシタ。ワタシは空から、荒れ地ヲ見てみマス」
「ならば、森の中はわらわ達ルードが回った方が良かろう。フィーヱも手伝え」
 人間では障害物の多い森の中も、ルードにとってはむしろ動きやすい場所と言えた。仮に暗殺竜と遭遇しても、逃げ切れる可能性が高い。
「分かった。後は、リントも…………」
 森の中の機動力で言えば、ぬこたまも人間よりも分があるはずだ。
 そう思って声を掛けようとすれば……。
「リント?」
 小さなぬこたまは、いつの間にやらそこから遠く離れた場所にいる。
「そこはあぶないのだ!」
「っ!?」
 瞬間、フィーヱも力一杯大地を蹴った。
 自身の意識ではない。右腕に備え付けられた自動反応のシステムが、反射的にフィーヱの体をその場から引き離したのだ。
「っ! ヒューゴ!」
 ちかちかと点滅する左目で、一瞬彼方に捉えたのは黒い影。
「っ!」
 そして、逆方向から吹き抜けたのは黒い暴風。
 強さと迅さを兼ね備えた一撃に、白衣の男の細身の体が抗う間も無く宙を舞う。


「暗殺竜って、こないだ一匹倒したって言ってなかった!?」
 報告では、先日の調査で現われた暗殺竜は倒して貴晶石に変えたと聞いていた。
 故に、今日の探索で遭遇する暗殺竜は、その一対の片割れである可能性が高いのだと。
「そうだよ!」
 その時に現われた暗殺竜は、フィーヱの目の前で貴晶石に変えられた。さらに言えば、そこで精製された貴晶石は今もフィーヱの手元にある。
 ならば、いま現われた二匹の暗殺竜は、別のグループか……。
(でもこの辺に、そんなに暗殺竜が出るなんて聞いたことない……ってことは)
 二匹ではなく、三匹で動いていたか。
 もっとも、何故三匹で動いていたのかなど、今の彼女達には分かるはずもない。分からないなら、まずは目の前に現われた二匹にどう対処するかが最優先だ。
 この場で恐らく最も頼りになるであろう白衣の学者は、既に吹き飛ばされて壁の向こうにある。無事かどうかを確かめる余裕さえ、今のこちらにはない。
「一匹は、ワタシが引き付けマス。まず皆さんは残り……ッ!」
 アシュヴィンがそう言い終える間もなく、暗殺竜は飛びかかってくる。先程のような奇襲ではないぶんマシではあるが、二匹の動きを見極めなながらの戦いは、不利なことこの上ない。
「向こうは分断されてやる気は無いみたいじゃな。……リント!」
「ま、魔法を使うのに距離を取っただけなのだ!」
 離れた場所から杖を構えていたぬこたまに、ディスは強く声を投げかける。
「そんな事はどうでも良い! ヒューゴの様子を確かめよ!」
「ほんとなのだ! ほんとなんだからなのだ!」
 そう言い訳しながら、リントは壁の向こうに飛ばされたヒューゴのもとへ慌てて走り出す。
 竜の動きに影響されづらい間合を取ったことは、タイミングの問題はあれ、間違った選択ではない。治癒魔法を使える彼ならば、なおさらだ。
「乱戦かよ……くそっ」
 次の暗殺竜の飛び掛かりを避け、忌々しげに呟くフィーヱだが……既にその時には、もう一方の竜が襲いかかる構えを見せている。当然ながらそんな流れで、こちらに攻撃を仕掛ける隙など見つかるはずもない。
「乱戦になるなら……分断すればいい」
「それが出来れば苦労しませんけど……出来るんですか?」
 向こうの攻撃は迅く、タイミングも合っている。けれど、ここでそう言うという事は、何か作戦があるのか。
 セリカはアギの言葉にも表情一つ変えず、相手の動きを伺っているだけだ。
「来るぞ!」
「避けて!」
 皆が一斉に避ける中、セリカだけは動かない。
「セリカ!」
 叫びと同時、足元から生まれるのは白亜の壁だ。ドーム状に広がったそれは、暗殺竜を呑み込むように展開し……。
「これはオマケや! ヒャッホォォォォォイ!」
 残っていた僅かな隙間から小さな玉を投げ込んだのは、ネイヴァンである。
 一瞬の後、白亜のドームの中から漏れてきたのは強烈な閃光と、視界を潰された暗殺竜の絶叫だ。派手に暴れる暗殺竜に、即席のドームはあっという間に内側から崩れ出すが……しばらくは連携して戦う事など不可能だろう。
「向こうの奴は逆に引っ張る! アシュヴィン、こちらの一匹は任せるぞ!」
「承知シマシタ!」
 迫り来るもう一匹の竜の動きを的確に引き付け、ディス達は少しずつ二匹の竜の間を離していく。


続劇

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