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 12.Please. Lend the power!

 大きな部屋の中央に設えられているのは、やはり大きな椅子と応接テーブルだ。
 その一角に所在なさげに腰を下ろすのは、ダイチである。
「オイラじゃ、頼むだけしか出来ないからな? 会えなくても文句言うなよ?」
 普段の彼等の生活からすればどれも豪華な品々だったが、仮宮とはいえ王族の住まいにしては……そして木立の国の基準からすれば、どれも簡素としか言いようが無い物だった。
「分かった上で頼んでおるのじゃ。無理は言わぬよ」
 そして、ダイチとは対照的に優雅にソファーに腰を下ろすのは、モモである。
 明らかに頼み事をする時の態度ではなかったが、いつものモモの調子が調子なので、ダイチも何も言う気にはなれなかった。
「こら、ナナ。あんまりその辺走り回っちゃダメだよ」
「え? でもナナ、ノアがどこにいるか知ってるよ?」
 ナナトはそう言い残すと、勝手に応接間のドアを開け、ぱたぱたと部屋の外へ駆けていく。
「ちょっとー!」
 木立の国の仮宮だ。彼の国の貴族の末席に位置するダイチにとっては王宮と変わらない。
 慌ててナナトを追い掛けようとした所で、入って来たのは細身の影だった。
「え、ええっと……」
 呼んでもらったはずの、弟ではない。
「ウィズワールは所用があって隣町まで出掛けています。用事があれば、私が承っておきますが……どうしたのです? ダイチ・ウィズワール」
 あろうことか、王女仕えの侍従長である。
 ちらりとこちらを見下ろす視線に、おっかなびっくり歩を戻し……どこか機械じみた動作で、席に着く。
「いえ、別に何というか……なんとも」
 先日の入れ替わりの件もある。
 ダイチがウィズワール家の子息という事で、失礼があってはならないと、取り次ぎの兵士はそれなりに気を利かせて侍従長まで取り次いでくれたのだろう。もちろんダイチにとっては、弟がいないならいないで兵士がそのまま伝言を引き受けてくれれば問題なかったわけだが。
「ならば頼もうかの」
「モモー!?」
 そんなダイチの思いなど知ってか知らずか、ソファーに身を委ねたまま言い放つのは龍族の娘である。
「実はノア殿下に、秋祭りを控えて行われるお菓子コンテストの特別審査員を引き受けてもらえんかと思うてな」
 実行委員の忍には、昨夜の内に既に快諾をもらってある。故にこうしてダイチのツテを頼って交渉に来たのだが……ワンクッション必要なタイキではなく直接シャーロットが出てきたのは、交渉役のモモにとってはむしろ好都合であった。
「それをウィズワールから殿下に打診してもらおうと?」
「話が早いの。無論、最終的に判断するのはお主であろうから、今決めて貰うても構わんぞ?」
「ちょっとモモってば!?」
 見ているダイチとしては、内心気が気では無い。人間の権威に左右されない龍族ならではの振る舞いという事は理解していているし、知らない仲ではない事も分かるが……こんな振る舞いをダイチがすれば、即座に叩き出されて終わりだろう。
「それは、殿下の体調や、塩田襲撃があった事をふまえて言っているのですか?」
 小さく呟くシャーロットに掛けられたのは、ドアからの静かな声だった。
「引き受けさせてもらえない? シャーロット」
 ナナトに連れられて現われた、ノアである。
「ナナがちょっと来て欲しいって頼むから、何かと思ったのだけれど」
 どうやら話の大筋は、廊下にも聞こえていたらしい。ノアの言葉にシャーロットは再び押し黙り、再考を始める。
「久しいの、殿下。元気そうで何よりじゃが……ご機嫌は、あまり麗しゅうないようじゃな」
「そういうわけでもありませんが……」
「まずは笑っておれ。それが、国の長の仕事というものじゃ」
 龍族云々いう点を差し引いても、王族に掛ける言葉ではなかった。見ているダイチは、もういつ卒倒してもおかしくない顔色である。
「というわけで、頼まれてくれんか? いざとなればワシが護衛も引き受けよう。先日の実績は知っておろう?」
「いいでしょう? シャーロット」
 主の言葉に、侍従長は小さくため息を吐き。
「…………日程と警備計画を教えなさい。殿下の体調を鑑みて、前向きに検討します」
 モモの提案を、渋々ながらに受け取るのだった。

 ダイチ達が部屋を後にして。
「ねえねえ」
 足元から掛けられた声に、シャーロットは思わず首を傾げてみせる。
「ウィズワール達と一緒に帰ったのではなかったのですか? ナナト」
 モモと日程の確認を行っている間は、ダイチやノアと遊んでいたはずだが……その後、一緒に帰ったのだとばかり思っていた。そもそもノアとの契約も消失した今、新たな主を護るべきではないのか。
「ねえ、シャーロット。なんでノアがしんじゃったとき、ナナに自由になりなさいっていったの?」
 かつてノアが死んだ時、ナナトを城の外へと出したのは他ならぬシャーロットであった。
 故にナナトは各地を放浪し、ガディアの街へと辿り着いたのだが……。
「ノアはいまもげんきだよね?」
 ノアが今のように復帰する事が分かっていたなら、ナナトを城の外へ出す意味は無かったはずだ。記憶がなくなるなら分からないでもないが、彼女の記憶はナナトと別れた時と変わりないままだ。
「ねえ、なんで? ノアがげんきになるんだったら、ナナ、ノアがずっとげぼくでもよかったのに」
 もちろんアルジェントが嫌いなわけではない。けれど、ノアのもとにずっといるという選択肢があったなら、ナナトは粛々とそれを受け入れたはずだ。
「…………」
 ナナトの問いに、シャーロットは答えない。
 ただ、無言でそっと手を伸ばし……小さな頭を撫でてみせるだけ。
「ナナ。殿下を守って頂戴ね」
 触れる手と紡ぐ言葉に、悪意はない。
 ナナトに対するそれも、ノアに対するそれも。
「ナナ、ノアもアルも護るよ? ノアもアルもすきだもん」
 アルジェントも、ノアを護る事を望んでいる。
 無論ナナト自身も、それは望む事の一つだった。……故にナナトはアルジェントを受け入れたのだ。
「そう言ってもらえて嬉しいわ。なら、行きなさい」
 その言葉にナナトは小さく頷いて、階上へぱたぱたと走っていく。
「……今の味方はあの子一人だけ、か」
 小さく呟くその背中に掛けられたのは、嘲るような少女の声だ。
「誰の味方が一人だけなんですか?」
「盗み聞きは無礼ですよ、リデル」
 廊下の隅に立つのは、十五センチの小さな娘と、そいつを肩に乗せた小太りの男。
 姫君に仕えるルードの道化と、その下僕である。
「しばらく出掛けて来ます。行き先は教えませんけど」
「……せめて行き先くらい言いなさい」
「この間と同じですよ。北の遺跡に暗殺竜の残りがまだいるようなので、貴晶石を取りに行ってきます」
 前回の回収任務は、結局失敗に終わっていた。手に入れた貴晶石を彼女の意思で手放したわけだから、彼女個人としては失敗とは思っていないのだが……かといって、けっして面白いものでは無い。
「また私の部下を使ったの?」
 竜の追跡調査や討伐は、冒険者の間でも格段に危険度の高い任務である。前回の調査でも彼女の部下から数名の犠牲者が出ているし、これ以上部下を勝手に使われた挙げ句に減らされでもしては、冗談で済まないのだ。
 だが、表情を険しくする侍従長にも道化はくすくすと笑ってみせるだけ。
「街で情報収集しただけですよ。言ったでしょう? 貴女の部下はしばらくは使わないで済むって」
「……なら結構」
 勝手に動くのは気に入らないが、かといってシャーロットの指示を聞くような相手でもない。結局は、距離を取って好きにさせておくのが一番面倒がないのだ。


 ゼーランディア仮宮は、もともとガディアに住んでいた貴族の別邸を改装したものだ。
 庭もそれなりに広く、中には小さな森もある。
 しかし小太りの男とルードの道化が足を止めたのは、森の中などではなく、仮宮を出てしばらく行った所にある路地裏であった。
 森の中から飛び立つと、誰かに見られた時が面倒だと侍従長がうるさいのだ。偽名を名乗っているとはいえお尋ね者である事に違いはないし、彼女も彼女なりに気を使っているのである。
「さて。暗殺竜がいるとしたら、遺跡のどの辺りですかね……。やっぱり人手は勝手に借りておけば良かったですかね」
 翼を拡げ、背中に意識を集中させる。
 傍らでは小太りの男も、手元の指輪に力を込め、ゆっくりとその身を浮かび上がらせている所だった。
「見つけた!」
 そんな彼女達に掛けられたのは、路地裏に飛び込んできたマントの娘の声である。
「よくもまあ、上手いこと見つけますね。それも神の力ですか?」
 もう一人、彼女を執拗に追ってくる赤いルードの姿を思い浮かべるが……そいつは、ここまでの追跡精度を見せた事はない。この数日で二度も補足されるなど、魔法か特殊な力を持っているとしか思えなかった。
「だと思うなら、そう思っておけばいいんじゃない?」
「付いてくるなら止めませんよ。待ちませんけど」
 そう言い残すと、アリスはマッドハッターを伴って北の空へと消えていく。
「……暗殺竜のいる遺跡っていうと、メレーヴェか。遠いわね」
 アリスの呟きは聞こえていたし、飛んでいった向きは山岳遺跡の方角だ。傲慢とも言える彼女の性格から考えて、途中で進路を変えて行き先を誤魔化すような小細工はしないだろう。
 とはいえアルジェントは飛行魔法は使えないし、歩いて行っては絶対に間に合わない。
「どうしたんだ? アルジェント」
 さてどうするかと路地裏を出た所で、掛けられたのは見知った男の声だった。


 大きく黒い、澄んだ瞳を覗き込み。
 ダイチは、にっこりと笑みを浮かべてみせる。
「うん。この子とかいいんじゃないか? 目の前をウサギが横切っても、びっくりしそうにないし」
「一人で大丈夫か?」
 傍らで馬具と荷物を整えているのは、マハエである。
「元々一人だったんだもの。大丈夫に決まってるでしょ」
 マントの紐を結い直し、ダイチの選んでくれた馬に飛び乗った。
 最低限の荷物を受け取れば、出発準備は完了だ。
「向こうには海亀狩りでヒューゴ達もいるだろうから、合流して協力してもらえ」
「子供のお使いじゃないんだから、分かってるわよ」
 出会ってから厩までの移動中に事情を説明し、準備を終えるまで、三十分もかかっていない。月の大樹への連絡やナナトの面倒の依頼も、彼等がしてくれる手はずになっていた。
「ねえ、ダイチ」
「何だ? アルジェントのことはオイラがよーく頼んどいたから、大丈夫だと思うぜ」
 穏やかな気性である事は、またがった段階でよく分かっていた。草原の国で遊牧民として育った彼の馬を見る目は、間違いなく一流だ。
「ダイチがそうやって馬と気持ちを通わせられるみたいに……放浪竜とも気持ちを通わせる事って、出来ると思う?」
 草原の国の建国王は、建国神話で放浪竜とも心を通い合わせたと伝えられていた。
 それが彼女達の血に宿る力なら……その力の一端を、彼女も受け継いでいる事になる。
「竜の気持ちは考えたことないから、分かんないなー」
 ダイチは僅かに考え、へらりと微笑んで見せた。
「けど、オイラが馬と一緒に育ってきたみたいに、竜と一緒に育ってきた奴なら、そんな事も出来るんじゃないか? 建国王だって、通わせてたってあったろ?」
 建国王が特別な力を持っていたかどうかは分からない。
 けれど、少なくともダイチはそんな特別な力は持っていない。ただ物心付く前から共に過ごしてきたからこそ、馬の意思を、想いを汲み取る事が出来るだけだ。
「……そっか。ありがと」
 そう言い残し、アルジェントは北の街道へ向けて走り出す。
「一緒に行かなくて良いのか? マハエ」
「馬鹿言え。子供の使いじゃなんだぞ」
 その背中を見送り、マハエはダイチの言葉に思わず苦笑いしてみせる。


続劇

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