-Back-

 10.火中より地中へ

 燃えさかるのは、一面の炎。
 合成建材の天井を舐めるように這う黒い煙から身を守るように進むのは、男女の二人組だ。
「アヤキはあの時、庭園にいた。……大丈夫さ。お義父さん達も一緒だ」
 不安そうな女の表情を和らげるように、男は優しく囁きかける。その言葉に少しは落ち着いたのか、女は口元にハンカチを当てたまま、小さく頷いてみせた。
「さて。俺達は俺達で、何とかしないとな……」
 長い廊下の途中、明かりの消えた誘導灯の付いた扉を見つけるが、解除スイッチを押しても動作しない。
 小さく舌打ちを一つして、腰の銃を手に取った。
 響く音は、三発。
「第三開拓ドームの事故の原因は、配電盤の故障だったんだっけか……?」
 四発目のトリガーに指を掛けた所で、がちゃりという鈍い音がして……後は、ロックの失われたドアを力任せに押し開ける。
「……悪い。思い出させちまったな」
 当時の事故で失った、友人の事を思い出したのだろう。震える女の小さな肩を、男は優しく抱き直し。
「確かここに……あった!」
 部屋の壁に並べられているのは、金属製の棺状の物体だ。非常時にドーム都市の外へと退避し、救助を待つための避難ポッドである。
「よし、まだ動く!」
 もともとは宇宙船用の脱出ポッドを転用しただけあり、その堅牢性と安全性には定評があった。これに逃げ込んでおけば、例えこのドームが崩壊したとしても、助かる可能性は十分に残るだろう。
 一人用のそれを女は嫌がるが、なだめすかして半ば無理矢理に押し込んでやる。
 扉を閉めて、認識のコードを外部から入力。
「コードはこれで、確認……名前は……ジョウジ? なんで旧姓のままなんだよ」
 後で助かったら最初に修正してやる。
「それじゃ、また後でな!」
 そんな事を思いながら、男は女の入った避難ポッドを起動させた。

 夜の坑道を照らすのは、人工の光。
 冒険者の灯す、レガシィの明かりである。
 ゆっくりと坑道の奧へと進んでいたカイルを背後から照らしたのも、やはり冒険者の明かりであった。
「どうしたんだ、カイル。こんな夜更けに」
「ん? ちょいと夢見が悪くてな。りっつぁんも小便か?」
 掛けられた声に、掛けていたゴーグルを引き上げて陽気に答えてみせる。カイル自身は明かりを持っている様子はなかったが、どうやら掛けていたゴーグルがその役割を果たしているらしかった。
「……この歳で連れションってのもどうよ」
 そもそも坑道の中に入る理由にはならないではないか。
「冗談だよ。魔晶石狩りの邪魔にならないうちに、ちょいと調べ物がしたくてな」
 律の明かりがあるからだろう。ゴーグルを掛け直す様子もなく、カイルは奧へと進んでいく。無論、律も自然とそれに続く形となる。
「まさか、こっそり魔晶石を手に入れるとかか?」
「それじゃ調べ物じゃなくて泥棒だろうが。魔晶石はイーディスに分けてもらえるようにちゃんと頼んであるっつの」
 それ以前に、ルードなくして魔晶石の生成は行えない。倉庫に忍び込むならともかく、カイル一人で坑道を歩いても魔晶石は手に入らないのだ。
「この辺りだ」
 やがてカイルが足を止めたのは、第一層と呼ばれる領域の最深部だった。
「何かあったのか? だいぶ崩れた跡があるみたいだが」
 辺りを照らせば、崩落が酷い。地震で崩れたか、落盤事故でもあったのか……。
 ある程度の補強はされているようだったが、あまり長居したい場所でもない。
「施療院の古代兵が見つかった跡だよ」
「ここにあれがあったのか……」
 坑道の奧にあったとは聞いていたし、古代兵が飛び立つ所も目の当たりにした。
 それが一万年ものあいだ眠っていたのが、このような地の奧だとは。
「他に何か見つかればと思って……誰だ!」
 誰何の声に、彼方の明かりがゆらりと揺れる。
 どうやら敵意がないことを示したいのか、存在を隠す様子もなく大きめの身振りでこちらへとやってきた。
 ライトを下げただけの、軽装の青年は……。
「……何だ、ジョージか。どうしたんだ、こんな夜更けに」
「自分の台詞ですよ。どうしたんですか、二人揃って」


 夜の森を照らすのは、月の大樹の穏やかな光。
 人工の大樹を生やした月から降りそそぐ、柔らかな光だ。
 水音を辿って森の中を進んでいけば、その先にあるのは小さな滝が一つ。
「あ、コウ!」
 そのほとりに腰掛ける十五センチの小さな影を見つけ、ルービィは小さく声を掛ける。
「なんだ、ルービィか。寝られないのか?」
 昼間とは違い、コウに苛立った様子は見られない。それが月の光のせいなのか、穏やかな滝の光景を目にしているからなのかは分からなかったけれど。
「コウも寝られないの?」
「ルードはあんまり寝ないんだよ」
「そうなんだ……」
 思えば、フィーヱも寝ている所はほとんど見たことが無い。ディスも夜中はふらふらと出歩いているようだし、コウの言う通り全体的に睡眠時間の少ない種族だと言われれば納得出来てしまう。
「冗談。何か、落ち着かなくてな……」
「綺麗だねぇ……ここ」
 小さな滝だが、月光を弾くその光景は神秘的ですらある。
 黙って眺めていれば、落ち着きのないルービィでさえいつまででも眺めていられる……そんな気さえしてしまうほどだ。
「昼間はもっと綺麗だけど……ナイショの場所だからな。他の連中には秘密だぞ?」
 どうやらコウは、作業をサボってこの辺りまで来ていたらしい。
「うん! わかってるってば!」
 本当に分かっているのか、そうでないのか。
 元気よく答えるルービィに苦笑し、コウは再び穏やかな滝に視線を戻すのだった。


 坑道の中に響くのは、地の底から漏れ出すような唸り声。
 だが、可能な限り近寄れば、その正体はカイルの漏らす唸りである事が分かるだろう。
「あの後、追加調査にも来られなかったからな。何かめぼしい物でもあればと思ったんだが……」
 古代兵が眠っていた場所なら、古代兵を整備するための施設や資材の痕跡もあるはずだった。特にここは、古代兵を信仰の対象として祭り上げていた場所だ。それなりの施設は揃っていたと思う方が自然だろう。
「特に変わった物はないですね……」
 けれど、周囲にそれらしき資材の跡は見られなかった。せいぜい朽ちかけた、古代兵の整備ベッドがあった程度だ。
「だな。明らかにハズレだなぁ」
 整備ベッドは移動式だったのだろうが、既に経年劣化を防ぐコーティングも剥がれているのだろう。律が蹴れば、ホイールらしき円形の部品もボロボロと崩れ落ちていく。
「そういえば、りっつぁんはどんな人に助けられたんだ?」
 その辺りを漁る手を止めないまま、カイルはホイールを蹴っていた律の名を呼んだ。
「どんな人……? まあなんつーか、普通だな。古代の研究をしてるヒューゴみたいな感じの人だったけど」
 そこでしばらく世話になった後、冒険者として旅に出たのだ。古代人の冒険者としては、ごく一般的なパターンだろう。
「そうか……。ジョージは?」
「自分も似たようなものです。一般的な生活の仕方を色々教わって、こうやって旅をしてるわけですが……。そういうカイルさんは?」
「一緒だよ。昔の事、ほとんど覚えてなかったからな。色々大変だったけどよ」
 けれど今はこうして一端の冒険者として、ガディアの街を根城に暮らしている。彼を目覚めさせて、冒険者として送り出してくれた人達には感謝してもしきれない。
「何の話だよ、いきなり」
 他の古代人がどうやって目覚めたかが気になるのは、分からないでもないが……実際の所、棺を発掘するのは大概が冒険者か研究者だから、目覚めた時のパターンも程度の差はあれ似通ってくる。
「いやな。これが、フツーの人じゃなくて、どっかの悪い連中に拾われてたらどうなってたかと思ってよ……」
「……あまり、考えたくないですね」
 現代に対する常識も、習慣も無い状態である。悪い事を吹き込まれれば、恐らくそれを信じてしまうだろう……というより、それしか頼れる基準がない以上、それを信じるしかないはずだ。
「お? 何かあった」
 懐から取り出していた機械をかざして辺りを確かめていたカイルだが、やがて機械から発する異音に足元を掘り始める。
「……うわ、ロックワームって、こんなモンまでかじるのかよ!」
「基板ですか?」
 出てきたのは金属製の基板であった。コーティングが施されている物はいまだ電子回路の輝きを宿していたが、半数以上は大きな穴がその半身をごっそりと削り取っており、そこから腐食が始まっている。
 もちろん、使い物になどなるはずがない。
「これが古代兵の規格に合ってればいいんだけどな……」
 昔見たことがある部品群だから、恐らくは大丈夫だろう。
 問題は、どういった機能を持った基板が残っているかだ。


続劇

< Before Story / Next Story >


-Back-
C-na's 5th Dimentional Labyrinth! "labcom.info"
Presented by C-na.Arai